67ー2 でーと?
柏木の携帯にナビをさせながら少しだけ距離のある喫茶店へ向かう。
待ち合わせ場所に設定したところが少々人の多いところだったので、わざと少し距離を取ることにしたのだ。
歩かせているうちに少しは柏木も落ち着くだろうと考えたというのもある。
柏木を近づけすぎると危険と判断したのか、二人の間にリュウイチが入り三人横一列で歩く。
邪魔をするつもりはないが、小林に迷惑をかけることをもっとも危惧すべきことである。
最初は柏木を雰囲気に慣らすためにも少し遠いくらいが丁度いいだろう。
(なんで俺、休みなのにこんなに気を張らなきゃいけないんだろう……)
別に柏木は正常な判断ができると信頼できるのなら付いて来る必要は全くない。
だが、前回の様子からして緊張から何をしでかすかわかったものではない。見張りにきて正解なのは確かだが、疲れるのもまた確かである。
「あ、ここです」
通り過ぎる寸前で柏木の携帯が到着を告げる。
茶色の看板が木に引っ掛けられている。きちんと手入れされているらしく、枝で看板の文字が隠れていたり、看板が斜めになっていたりもしない。
扉の横にある小さな黒板には、スコーンの写真と共にいくつかの商品の値段が書かれていた。
飴色の扉を引くと来客を知らせるベルが柔らかい音色で店内に響く。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「三人で。なるべく周りから見えない席がいいんですが」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内された先は、中庭がよく見えるテーブルだった。
洋風な店内に比べて庭は少し和風で、若干の違和感を覚える。
時間帯のせいもあってあまり他の客は多くない。小さくジャズのピアノ曲が店内を流れているだけで、それ以外の音はあまりしない。
「さてと、じゃあ何か食べる?」
「そうですね。……おい、晋也。そろそろ復活しろ」
いまだにガッチガチの柏木を軽くつつく。
「私はカフェモカがいいかなぁ。柏木くんは?」
「へっ⁉︎」
とっさに決められなかったのか、あまり考えてなかったのか。
「お、同じので」
多分パニックであまり話を聞いてなかったのだろう。
「俺は……ブレンドでいいかな」
メニューを見つつ、とりあえず飲み物を頼む。
三人の元にそれぞれ頼んだものが届いた。柏木は未だ緊張している。
「晋也。そろそろ何か話せよ」
「何かってなんだよ! 俺はお前みたいに女慣れしてないんだぞ!」
「俺も別に女慣れしてないよ」
どちらかというと幼馴染に囲まれて過ごしている感覚なので女慣れという言葉はあっているのか間違っているのか。
そんな様子の二人を見て、小林が小さく笑った。
「仲いいんだね」
「まぁ、そうですね。悪い方ではないと思います」
「なんかその言われ方だと俺ちょっと嫌われてるみたいじゃないか?」
悪い方ではない、ということは、いい方でもない、とも取れる。良くも悪くもない仲、というのは確かに一番微妙だろう。
自分の能力のせいで中々周りに関われなかったリュウイチはその辺りの距離感が未だに掴めない。
「いや、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
「わかってるよ、お前の言いたいことは」
しょうがないなぁ、とでも言いたげに呆れる柏木。
なんだかんだ言いつつリュウイチのことをよくわかっている友人だ。
「いいなぁ……私あんまり友達いないから羨ましい」
「えっ、みゆりん友達少ないんですか?」
「あんまりいないかな。色々あったから」
どうやら小林にも何かしら事情があるらしい。言い辛そうにしている相手の話を深く聞こうと思うほど空気が読めないわけでもない二人は、この話題を変えることにした。
「そういえば龍一とはどこで知り合ったんですか?」
「え、今その話する?」
「だめ?」
「だめではないけど。それでいいのか?」
柏木と小林のデート(?)なのに仲介人のことで盛り上がってしまって大丈夫なのだろうか。
話題の見つからない今なら確かにいい話題かもしれないが、後々なんでリュウイチのことで盛り上がってしまったんだと柏木が後悔する気がする。
結局いい話題も見つからず、なぜかリュウイチの話で何十分もの時間、会話を弾ませる二人。
一応口出しせずに横で見ているだけのリュウイチだが、なんだか申し訳ない気分になってきた。
「えっと、そろそろ晋也も落ち着いてきたみたいなんで場所移しますか?」
「ああ、そうだね。せっかくだからどこか行こうか」
このままでは明日以降柏木に恨まれると悟ったリュウイチが場所を変えることを提案する。
面白い場所がある、と柏木が突如言い出したので少々の不安を覚えつつもそこに向かった。
「面白い場所ってどこだよ」
「着いてからのお楽しみに決まってるだろ」
なんだろう。途轍もない不安感。リュウイチは密かに心の中で祈った。
(神様どうか、万事無事に終わりますように)
心の中ではあるが、神が神に祈るという意味のわからない行動だ。
そもそも誰に祈っているのだろうか。
未だに人間感覚が抜けないのである。