66 エピローグ
ガサガサ騒がしく紙袋がいくつも運び込まれ、ほとんどなにもない部屋が埋まっていく。
運んでいるのは風間だ。
「もー、これいくつあんの?」
「黙って運ぶ。はい、次」
さっさと取りに行け、と葉山に追い出され文句を言いながらも能力を発動する。
その後ろでは苦笑を浮かべつつ眼鏡の位置を直すリュウイチと両手のものを抱え直したレヴェルが同様に荷物を運び込んでいた。リュウイチの体からは黒水晶が綺麗さっぱり消えている。まだ胸のあたりには残っているが、昔とそう大差ない大きさだ。
「それにしても、なんでこの部屋から荷物全部処分したのよ? おかげで色々と買い直す羽目になってるじゃない」
「俺にも何が何だか」
リュウイチが首をひねる。
あの時、ユウと共に消えるはずだった。少なくとも、リュウイチとほぼ同種族のユウの存在を消したのだから同族であるリュウイチも消えるだろうとは思っていた。なのに、今ここにいる。
完全に計算違いだった。
種族の概念そのものを消し去ったのだから、その種族は消える。そう考えていたのに。
簡単に言えば、この世に虫という概念を消したら虫は文字通り絶滅するどころか、歴史からも消えて誰の記憶からも削除される。理論上の話でしかないが。もちろんそんなことするつもりは全くない。
何か消せば何かが増えるのだ。そうやって世界がバランスを取っている以上、無闇矢鱈に消すことはできない。
外から入ってきたものは別なので、ユウを消すことにそこまで戸惑わなかったのだが。
「……能力が発動しなかったのかな」
実は不発して、ユウもまだどこかで生きているという可能性もないわけではない。それはそれで危険かもしれない。
「まぁ、良いではないか? 個人的にはこれで良い。友が居なくなるのはもうこりごりだ」
レヴェルが小さくそう呟く。
かなり態度が大きいから分かりにくいが、レヴェルは寂しがりやである。
唯一の友達であるリュウイチを何十、何百年と待ち続けることができるくらいには。
「能力を使う方としては、大失敗だけどね。色々と」
結果は、これ以上にないほど最高だ。だが、あまりにも予想外のことが起きすぎて計画立案者としては落第点だ。
予想外のことを予測して計画を練らなければならないのに、色々と予定が狂っている。
まず一つ目に、なぜかリュウイチが死んでない。これはもう本当によく分からない。
確実にこれは予想に反しないだろうと思っていたのに、回復までするというおまけ付きだ。
二つ目に、リュウイチの持ち物が全て消えた。流石にその時着ていた服とかは残っているが、それ以外のものが全部消えた。
パソコンや、本。机から重要書類まで。何から何までリュウイチの持ち物だけが綺麗さっぱり消えた。
普通に大惨事である。リュウイチのパソコンの中身は機密情報だらけだ。能力が変な形で働いて崩壊したとかならまだ良いが誰かの手に渡っていたら真面目にやばい。
おかげでありとあらゆる場所を駆けずり回ってパソコンを捜索する羽目になってしまった。しかもまだ見つかっていない。
三つ目に、目が悪くなった。
そんなことか、と思うかもしれないがリュウイチにとってこれは朗報だった。
あまりにも目が良過ぎるせいで他人の寿命すら見えてしまう体質だったリュウイチは、波長を読み取ることもメガネなしで生活することもできなくなってしまったが、精神的にかなり楽になった。
そのせいでコピー能力も使用不可能になってしまうということはあるが、寿命を見なくて済むということはそれに勝る喜びだ。
寿命を知ってしまえば、もうあと残り少ない人にどう接せれば良いのか分からなくなる。それが本当に嫌だったし、見るだけしかできないので余命宣告しかできない。医者ではないのだから、寿命の引き延ばし方も分からないのだ。
「それで。これからどうする?」
「どうって?」
「帰らんのか?」
「………」
帰るとは、言わずもがな元いた世界だ。
リュウイチにとってこちらの世界は天宮城 龍一の世界だ。それも自分であることは間違いないが、リュウイチという存在は本来異物でしかない。
だが、なぜかこの世界はリュウイチがいることを認めた。概念を消したはずなのに、消えなかった。
リュウイチの能力で消せないだけだったのか、なんらかの思惑でリュウイチだけが消されなかったのか、それは分からないが。
「この世界には、俺という存在を表す言葉がない。人間でもないし、神でもない。同族がいないということは、ある意味じゃ名前のつけられていない新種の生物だ」
種族にまだ名前はない。
この世界にはリュウイチ一人しかいない、人間ではないまだ概念の存在しない種族。
「それでも俺が消えてないってことは、何かやるべきことがあるのかなってちょっと思ったりするんだ」
本当になんの役目も与えられていないのならあの時消えていただろうから。
「だからもうちょっとこっちに居ようと思う。あっちはみんな長命だからゆっくりと待ってくれるさ」
「それはどうだかな……アインあたりが乗り込んでくるかもしれんぞ」
「あぁ……確かにありそう」
クスクスと小さく笑いあう。
家具やら小物やらが全て消え去って殺風景なリュウイチの部屋に、拳くらいの大きさの黒水晶が入った箱が一つ置かれていたが、
いつの間にか中身だけ消え去ってしまった。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。完結です! 一応は。
私の他作品読んでくださっている方はわかると思いますが、完結しておきながら番外編とか書きます。
だからまだ投稿しますよ。物語としてはここで一旦終わりということではありますが。