65ー11 助けるために
ユウが小さく眉を顰めた。
それも仕方がないのかもしれない。普通は他人の為にそこまで尽くす人はなかなか居ないからだ。
他人を守ることに命を懸ける人など早々居ない。
それは美徳とされはするが、本気で実行できる人がいないから美徳なのだ。
利益を求めるのは人間の性であり、リュウイチ自身それを理解出来ない訳でもない。
だが、その理想を限界まで追い求めるのはリュウイチが決めた事だ。
幼馴染皆で求めると決めた理想だ。
「それを、諦めるわけにはいかない!」
『いいのか。本当にそれで』
「いいよ。俺は皆を守る。たとえ俺が死んだとしても」
リュウイチの意思を汲み取ったレヴェルが大きく頷く。
空中でレヴェルが口を開ける。その動作に嫌な予感を覚えたユウが大きく距離をとる。
その動きは正しかった。飛び退いた直後に青い炎のブレスが放たれる。
魔法の力の込められた炎は、普通の炎よりも数段威力が高く一瞬でユウのいた場所を溶かしてしまった。
「……容赦ないわね」
「容赦して……大人しく捕まってくれないでしょ……」
息も絶え絶えな様子のリュウイチがレヴェルの背中で歪な笑みを浮かべる。
レヴェルの炎で近づくことができないユウに向かっての突然の笑み。
ユウにとってその行為は、バカにされていると考えるより先に何か猛烈に嫌な予感がした。
「いくよ、レヴェル」
リュウイチが自分の腕に噛み付いた。最早体の大部分を覆ってしまっている黒水晶が腕から欠けて飛び散る。
この黒水晶は本来龍一の力の源泉であり、他の能力者の能力を底上げすることのできる劇薬だ。
龍一が心臓にこれを取り込んでしまったのは、能力が強すぎるからであり、リュウイチとして龍一の記憶を取り込んだ際に一緒に全て流れ込んできてしまった。
龍一の時の能力は、今も引き継がれている。それなのに夢に渡れないのは、種族そのものが大きく変化してしまったからだと思っていた。
「これは、他人の能力を拡張する……! なら、自分に使えないはずは、ない」
だが、力が使えなくなったのは種族の問題ではなかった。
単純に使い方が大きく変わったから使い方が分からなくなっていただけだ。
「俺の力は、崩壊……。物質の、制限がない以上、どんなものにでも崩壊は使える。……この世に、人間を超えた人は要らない」
「だから消すっていうの……? そ、それは理論上の話でしょう⁉︎」
そう。理論上の話だ。
リュウイチの能力は基本的には『触れた物質を崩壊させる』能力だ。触れられないものや小さ過ぎるものは崩壊させることができない。それはユウも知っている。
「そもそも生物に発動できないでしょう」
「今は、ね」
その確信めいたリュウイチの言葉に、ユウは身震いした。このリュウイチという男は、本気でやるかもしれないと感じ取ったのかもしれない。
能力を拡張する能力に、触れた物質を崩壊させる能力。これがリュウイチの手札にある以上、危険極まりないのは確かだ。
しかも恐ろしいことに本人も成功するか失敗するかは分からないという。
「これから、ユウの存在を……概念を消す」
「わかって言っているの? それは私だけに適応されないわよ」
「勿論。ぜんぶ。わかって言ってる」
ユウの概念。それはリュウイチ含む神の概念だ。宗教観の混じってくる話になってくるとまた別種の存在なので、神話の類が消えることはないだろう。
リュウイチ自身もなんとなくわかっていることだが、ギリシャ神話や古事記などに載っている日本神話などで登場する神はリュウイチやユウとは全く別の存在だ。
あれは創作物にまで美化されていることでわかる通り、人とは全く交わらない『異次元』の存在だ。
普通に人間社会に溶け込んで働いているリュウイチとは違う。
種族の名前が偶然その一種なだけで、存在してるだけで偉いとか、尊重されるとか、そういうものでもない。
ただ、人間とは違う別種の生物であるだけだ。少なくともリュウイチはちょっと異質であることを除けば、人間にかなり近い。
だが、それでも異質、異物であることは疑うべくもない。
「俺と一緒に、この世から消える。それでは不満か……?」
ならば、排除するしかないのだ。本来ここに居ていい存在ではない。
「や、やめなさい! 概念を消すなんて大それたこと、本当にどうなるか分からないのよ!」
リュウイチが虚空に手をかざし、柔らかに微笑んだ。
「俺は、みんなが無事なら、それでいい」
このままなんとか逃げおおせたところでまた追っ手がくることもわかっていたし、これ以上は自分の体を上手く動かせなくなると判断してのことだった。
もう誰も、自分のことに巻き込みたくなかったのである。
「これで、全部終わらせるんだ」
限界まで使ったことのない二つの能力を、本気で使うのはおそらく最初で最後になるだろう。
このまま死ぬのか、それともまた違う形で生きながらえることが出来るかは分からない。
ただ一つわかるのは、ここまでレヴェルが付き合ってくれたことだ。
記憶がない間の龍一をずっと守ってくれていた。ずっとずっと昔の約束を、最後まで果たし切ってくれた。
レヴェルの翼を掴みそっと目を閉じる。これが友と過ごせる最後の瞬間になるかと頭の端で考えずには居られなかった。