65ー10 助けるために
レヴェルは飛んでくる瓦礫を滑らかに避け続ける。
これでも龍種の中でもかなり飛ぶのに長けた種だ。
人一人乗せているくらいではたいして機動力に問題はない。
「どうした、当たらないぞ?」
「うるさいわね蜥蜴擬き」
ユウが焦りを隠そうともせずに瓦礫を投げ続ける。
そう、なぜか焦っているのだ。
恐らくこの建物の崩壊よりも彼女にとって重要視すべきことがあるのだろう。
だが不思議なのはさっさと逃げてしまわないところだ。
レヴェルの飛行速度がかなりなものだとはいえ、もっと速い移動手段も勿論ある。
リュウイチというお荷物も居る以上、本気で逃げてしまえば追い付けないのは明らかだ。
なのになぜかここに留まり戦い続けている。
必死にレヴェルにしがみつきながらリュウイチが問う。
「ユウ……どうして、戦う。ここが……それほど重要ではないんだろう……?」
崩壊の能力を力ずくで止めに来ない時点でこの拠点が壊れること自体はどうでもいいとすら思っているのであろう。
彼女にとってどうでもいい場所を守る意味がわからない。
それとも他に理由があるのか。リュウイチもしらない理由が。
「……話したところで、どうにかなるのかしら。もう引き返せないの。貴方も、私も」
すいすいとユウが投げる瓦礫を避けていくレヴェルだが、そろそろその上に乗っているリュウイチが限界を迎えつつあった。
首にしがみつく力が大分弱まっている。下手に大きく旋回でもすれば踏ん張りきれずに落下してしまうだろう。
まだ余裕はあるのだが、いつ手の力が抜けてしまうかわからない。早々にけりをつけたいのはこちらも同じだった。
「……そう、か」
「なにかわかったのか」
「なんにも……ただ、ユウの目的は、ユウのためのものではないことは……確かだ」
リュウイチはレヴェルに向かって小声で会話する。
ユウは自分のために動いている訳ではない。誰かの命令か、それとも誰かのために動いているかのどちらかだろうとリュウイチは結論付けた。
他人のためを想っての行動は先が読みづらい。
直情的なものではなく理論的なもので動くことが多いからだ。
理性でしっかりと自分を抑え込められてしまえば挑発にも乗らないし、口も堅くなる傾向にある。
上からの命令で嫌々従うといったものであればまだ隙が見えるのだが。
「とりあえず、まだ避け続けて……」
「それは構わんが、お前が持つのか」
「持たせる。頼む」
まだ情報が足りない、と歯噛みする。
時間もなければ情報もない。
下手に情報を引き出そうとして地雷を踏みでもすれば寧ろ悪手だ。迂闊に踏み入った話はするものではない。
「……ひとつ、聞きたいのだけれど」
なにを話そうかと考えていたらユウの方から話しかけてきた。
一瞬驚くリュウイチだが、直ぐ様切り替える。
「なに」
「どうして利益にならないことを平然とできるの?」
利益にならないこと。そういわれた時に、一気に体温が上がるのがわかった。
その言葉は、何度も何度も大人達に投げかけられた言葉だ。
『組織を作るなんて子供がやることじゃない』
『意味もないことをやってどうするんだい?』
『世間はそんなに甘くはないよ。もっと将来の役に立つことをしなきゃ』
意味がない? 利益にならない?
そう言われ、いつも藤井達がなんとか抑えてくれていたのを知っている。
やることなすこと無駄だと言われてしまえば誰だって傷つくのだ。
「……利益にならないと、やっちゃいけないのか?」
それがリュウイチの答えだった。
利益も意味も度外視で協会を運営している。
そんなもの、端から気にしていない。やりたいからやっているという返答でなぜ納得しないのか、不思議で仕方ない。
「俺たちは……誰よりも、優しくなろうって……決めたから」
幼い日の遠い約束。もう覚えていない人の方が多いかもしれないくらい昔の話だ。
世間が甘くないのなら、誰よりも甘い人になりたいと心から願った。