65ー7 助けるために
リュウイチは立っているのすら奇跡的なほど消耗している。
それをユウも知っている。リュウイチ自身、勝てるとは微塵も考えていない。
「その体で、なにをするつもり? 精々建物を壊すくらいしかできないのに」
リュウイチの力は無機物を壊すことに特化している。
以前自分の体を壊そうとして、軽く手を崩壊させる程度しか能力を使えなかったのはその為だ。
生き物を壊すのはリュウイチの力では難しい。
家をまるごと消滅させるのと、人を一人殺すのはリュウイチにとって難易度が圧倒的に違う。
人を壊そうとすると、自分もある程度壊れてしまうのだから使い勝手が悪い。
無機物にはほぼ無敵なので、リジェクトの時みたく数で押されさえしなければゴーレムやロボットには勝てるのだが。
消耗戦に持ち込まれれば、毎回能力を発動し直さなければならないという手間がかかるので勝率は下がる。
リュウイチは対無機物の短期決戦に於いては無類の強さを誇るが、対人の消耗戦では雑魚に近い。
天宮城の時もそうだったが、あまりにも極端なのだ。超遠距離攻撃しか使えない戦士はバランスが悪い。
戦闘員として優秀なのは、近接戦闘から中距離までを満遍なくカバーできるスラ太郎みたいな人材である。スラ太郎は人ではないが。
「……確かに、俺は戦いでは基本的にお荷物だ。敵に視認された時点で形勢は一気に悪くなる」
他の神に比べ、リュウイチは身体能力に劣る。純粋に神としての格が低いからだ。
ラグーンで暮らしていた時期が長かったために経験も少なく、ただ弓の技術がちょっとだけ優れているだけで、大した筋力も瞬発力も持ち合わせていない。
種族故に人よりも壊れにくく強いところはあるが、相手が神であれば基本性能は全て劣るといってもいい。
「わかっているなら、諦めなさいな」
「諦めて、どうにかなるの? 俺は最後までどこまで醜くても足掻くよ」
生き延びる努力をする。それがリジェクトと戦う前にアロクと交わした約束。
たとえどれだけ見苦しくとも、生きることは止めない。双方が互いにそれを約束させた。
「……本当は、もう少し経ってから言おうと思っていたのだけれど。リュウイチ。あなたを助けたいのよ」
「意味がわからない」
「そう? 同類同士、助け合っていきたいじゃない。ただでさえ数が減っているのよ? 少ない仲間。協力しあわなくちゃ」
ただでさえ数が減っている。生まれながらにして人を越えた存在が、そう簡単に増減するものなのだろうか?
そこまで疑問に思い、気がついた。
恐らく、もっと上の存在が絡んできている。
「……創造主の掌の上、か……」
その言葉はユウには聞こえていなかったのか、ユウが再び語りだす。
「あなたが手伝ってくれるのなら、それ相応のお返しもする。私たちが消えないためには認知度をあげるしかない。その点、人間の中に既に潜り込んでいるあなたがいればかなり効率よくコトが進む」
ユウの目的は自身の存在を守ることだ。
リュウイチの世界では、神は種族のひとつであり、リュウイチという例外を除けば基本的に増えも減りもしない。
来訪者であるホワイトと戦って瀕死となりながらも両親含めた神々が生き残っていたのがいい例だ。
ホワイトがある程度手加減していたからとはいえ全員無事だったのは嬉しかったが、最初すこし不思議に思っていた。
だが、なんてことはない。そういう仕組みだったのだ。
基本的に増えることも消えることもない。世界がそういうシステムで動いていたのだ。
どれだけの大怪我でも、時間さえ費やせば癒せる。リュウイチの種族はそういう仕組みで動いていた。
世界変わればシステムも変わる。
この世界では認知度が全てなのだ。
人に知られれば知られるほど強く、認知度が低ければ低いほど弱く、存在も希薄になって最後には消えてしまう。
そういう世界だった。神話が改竄されようと、忘れられようと生き残れる世界ではない。
そうなるように、創造主が作った。
目の前の彼女はその事実に脅されている。
消えたくないと叫んでいる。
「その体も、直してあげる。傷も治してあげる。あなたの大事な人だって助けてあげる。悪い話ではないでしょ?」
リュウイチは数秒考える。確かに悪い話でもない。
仲間に手を出されていないのなら、そこまで怒ることもない。
体が治せるのなら、治したい。
リュウイチは静かに答えを言った。
「……断る」
きっぱりと、首を振った。
「どうして?」
「こうなることも承知の上でこんな体を許容した。俺はこの痛みに後悔しないって決めたし、不便でも別にいい」
ユウには理解できない回答だった。
だが、リュウイチにとってはとうに決めていた回答。
痛みと傷を背負って生きる。
生きることから逃げ出そうとしていた過去の自分を捨てることはできない。もうそれは自分の一部だからだ。
だが、リュウイチはそれを恥じようとも思わない。ホワイトの一件があってから思わなくなった。
自分が誰を傷つけたのか忘れてはならない。
傷つけることを強制され、苦しみながら守ろうとしてくれた、嘗ての創造主への手向けだ。
「俺は逃げない」
リュウイチは堅い床を爪先で蹴る。床が一瞬で崩れて消えさり、地面が消えた。
「逃げないし……逃がさないよ」




