65ー5 助けるために
女性二人が資料室を漁っている頃、遠藤と上田はとある場所へ向かっていた。上田は手錠のかかっている両手を、退屈そうに引っ張ったり上げ下げしたりする。
「壊さないでよ、それ」
「さすがに壊さねぇよ。うちのリーダーみたいに怪力じゃないんだから」
大型客船ですら片手で持ち上げることのできる藤井と、大型客船の重さを極限まで軽くして片手で持ち上げることのできる上田は、出来ることは似ていても過程が全く違う。
どちらも個人の力で重いものを持てるが、上田の場合は物に干渉して事象を引き起こす能力で、藤井は自己の身体強化だ。
物の重さを変えられるだけで怪力にはならないので手錠の部分に一気に重力をかけて壊すことはできるが、自分自身ではなにもできない。ただ無意味に手錠を軽くするだけだ。
軽くしたところで脆くなるわけではないので、壊すことは結構難しい。
「それにしても、君の重力操作ってどこまで操れるんだい?」
「あ? ……言う必要ないだろ」
「少なくとも今は協力関係だろう? 知っているのと知らないのでは大違いだとは思わないか?」
遠藤の目が光った気がした。
天宮城が頭の隅で『こいつと関わらない方がいいって』と警告してくる。もうおせぇよ、と悪態をついた。
ほぼ同時刻。
リュウイチがゆらりと起き上がって、頭を右手で押さえながら立ち上がった。
「ある程度、順調か………予定通りに進んでるなら6分後に秋兄が暴れてくれるだろうから……今は大丈夫か」
動かない左半身を引き摺りながら部屋の奥へと入っていき、本棚の横、壁際に座り込む。
「もう少しだけ、休憩、しないと……」
ゆっくりと目を閉じた。
数分後、藤井のところに風間と川瀬が現れた。
「うわー、なんていうか、いかにも牢屋っぽい。っていうか……」
「檻に入れられたゴリラみたいだよね」
「あ、わかる」
到着して早々、藤井がゴリラだと告げてきた。
「誰がゴリラだ」
とはいえ、意外とその手の弄りは幾度となく経験済みである。
ダメージも軽微だ。それをわかっていてゴリラネタを持ち出してくるのだから、意地が悪いというか、なんというか。
少なくとも敵陣ど真ん中ですることでもないのは確かではあるが。
お互いに肩の力を抜けるという利点はあるが。
「それで、どうだった」
「結構分かりやすいところにあった。これだよね?」
風間から一冊のファイルを受取り、頷く藤井。これで前提条件はクリアした。
ファイルのあるページを何度も読み返し、そのファイルを鞄にしまう。
「それじゃやってくれ」
「おっけ! 吹っ飛ばないように気を付けてね」
扉に小型の爆弾を取付け、川瀬と風間が即座に転移で離脱する。
2秒後、埃を伴った爆発音とけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「全く、貧乏くじを引くってこういうことをいうのかな」
藤井が開いた扉から脱け出す。手には能力を封じる手錠がかかっているので能力は使えない。
この作戦がうまくいくかは藤井の攪乱にかかっている。
万が一にも失敗できない。
扉を蹴り開けてパイプだらけの部屋に入る。
事前に風間と川瀬の二人が鍵を開けておいたのでスムーズに侵入できた。
「えっと確か、このスイッチきって、それから……そうだ、パスコードいれて、えっと、ああ、このパネルだ」
先程読んだばかりのファイルの中身を思い出しながらうまく動かせない手錠つきの両手で作業を進めていく。
数度目にすればほぼ完璧に記憶できるリュウイチとは違い、藤井はあくまでも能力以外は基本一般市民と大差ない。
なんとか覚えようとしたところで、忘れるものは忘れる。
たかだかパネル一枚に必死である。
「で、ここを押す……開いた‼」
がちゃん、と音がして小箱が出てきた。
開けてみると、中には小瓶が一本だけ入っていた。この小瓶ひとつのために、相当厳重な警備をしいていた。
それだけでこの小瓶の価値としての重さが半端なものではないことがわかる。
「おい、そこでなにをしている!」
「おっと」
藤井は容赦なく警備員のみぞおちを蹴りあげる。
「悪いな。お前に恨みはないけど、大事な弟盗られて黙ってるほど俺は優しくないんだ」
蹴りあげられたせいで気持ちが悪くなったのか嘔吐している警備員を放置して部屋から離れる。
秋兄なら、能力封じてもとにかく暴れまくって壊しまくることできるでしょ? と脳内で天宮城が笑う。
お前だって本気出せばできるだろ、と言いたくなる。
能力封じの手錠をかけたのは、波長で位置を特定されないようにするためだ。
藤井自身の波長はかなり強い。天宮城は以前「秋兄がどこにいるかは波長ですぐわかる」等といっていたので相当分かりやすいのだろう。
だからそれを目立たなくさせるのが狙い。そしてもうひとつが風間と川瀬をギリギリまで隠すためだ。
今回の計画で二人の能力は外せない。二人が行動不能になってしまえば計画そのものが破綻するので、藤井が暴れまくって周囲の目を集めることが目的だ。
要するに、囮である。