65ー2 助けるために
それから遠藤はその『人を越えた存在』のことを話し始めた。
曰く、その者は歳をとらない。
曰く、その者は特殊な力を持っており、あらゆる奇跡を体現することができる。
曰く、その者は人に力を授けることができる。
曰く、その者は異常なまでに知識欲と独占欲が高く、人の知っていることは全て知っていて、決して自分の物は手放さない。
「歳をとらず、力を授けることができる……か」
リュウイチも似たようなことを言っていた。
自分は天宮城ではなくなったと話した後に、種続柄不老で、特殊な力を持っていると。
特殊な力というのは、物を壊すことに特化した能力だ。
一度だけこの目で見たが、明らかに藤井が知っている能力の域を越えていた。
どんな大きさでも質量でも、触れれば塵になって消えていく。そんなこと、他の能力では不可能だ。
そもそも、その消えた物は一体どこにいったのかという話である。物理的に壊すことは可能だ。跡形もなく燃やしきることも、能力者の力量によっては不可能ではない。
だが、リュウイチの崩壊の力はそんなものではない。
無から有を産み出すのが不可能なように、有を完全な無にすることも本来なら不可能なのである。
火を燃やすには、燃料と酸素が必要で、燃料と酸素がなくなっても二酸化炭素が発生する。なにか減ればなにか増えるのだ。それが自然現象というものである。
リュウイチの場合、それを全てすっ飛ばしてまるっと存在を消し去ることができるのだ。過程も準備もなしに『ただ物が無くなる』という現象を起こすことができる。
本人はそれを喜ばしいことだとは全く思っていなかったが、破格の力であることは間違いないのだ。
「それで、その人と今のこの状況になんの関係があるんだ」
「だから、僕は龍一君の石を止めてもらえないかと頼んだんだよ」
「なんで」
「それは勿論、龍一君が死んでしまったら困るからね。彼が居なくなったら日本は立ち回らなくなってしまう」
それに関しては、藤井たちも同意見だ。
龍一が日本をギリギリのところで支えていると言っても過言ではない。
それだけ能力者の影響力は強いのだ。政府が見放しでもすれば暴動が起こって大混乱間違いなしになってしまうはずだった日本を、たったひとつの協会をつくることによって阻止したのだから。
異常な集団だと世間が認識するより早く、能力者の駆け込み寺を作ったのだから。
もっと行動が遅ければ、能力者は迫害を受けていた可能性がある。
能力者は怖いから排除するという動きが出てしまわないよう、コントロールしていたのだから恐ろしいものである。
「それに、個人的に彼は興味深いからね。何度言ってもこっちには来てくれなかったけど」
「それで?」
「……神と呼ばれている人は、龍一君に興味をもったらしい。連れてきてくれれば何とかしてやろうと言われた」
だが、龍一は用心深いということをよく知っている遠藤は、拉致という形でリュウイチを捕獲した。
正直やりすぎではと思わないこともないが、藤井ですら「ああ、確かにそれが一番手っ取り早いな」と思ってしまったのだから正しいのかもしれない。
真面目にその話をリュウイチにしたところで「怪しいし裏をとるからちょっと待って」などと言って何ヵ月も先延ばしにされる未来が目に見えている。
とくにリュウイチは自分のこととなると急に面倒くさがる傾向にある。怪我しているから療養しろなどと言われても仕事を理由にその言葉を無視してくるタイプだ。
「じゃあなんで……りゅうはこんなことになってるの」
怒りのこもった風間の声に一瞬目を伏せ、遠藤は頭を下げた。
「それは、申し訳ない。僕の考えが甘かった。組織の連中が、まさかあそこまでだなんて」
組織。やっぱりここで絡んでくるかと苦虫を噛み潰したような表情になる藤井。理由はよくわからないが、天宮城を付け狙ってくる連中。
「組織は、龍一君の石に目をつけたんだ」
「これか」
周囲にびっしり生えているそれを上田が指差すと遠藤も頷く。
「それは高密度のエネルギーの塊だとか言って、無理矢理に量産しようと言い出したんだ。勿論反対したけど、止められなかった。『神』も組織に荷担していたらしい。一度様子を見てみたいと言われて連れていったら隔離されてしまった」
川瀬が眉を潜めてため息をついた。
「間抜けね、あんた」
「ああ。間抜けだったよ。ここまで自分の行いを後悔したことはない」
リュウイチの石はストレスを与えると抵抗が弱まるのか急激に侵食することが発覚した。
なにをしたのかは引き離されていた遠藤も知らないという。
だが、ここまで黒水晶がまわりに広がっているのをみると、相当な負荷がかかったのであろうことは想像に難くない。
リュウイチの体の外に広がった黒水晶はかなり脆く、少し力を加えただけで砕け散ってしまうほどだった。量産化には失敗したということだろう。
「だから龍一は用済みって訳か」
ここまでひどい状態にしておいて、使えないと判断した途端切り捨てる。
つくづく、あの連中とはわかりあえない。
「ああ。今はね」
「今は?」
遠藤は改めて龍一に視線を向けてから、藤井たちの顔をみる。
「頼みがある。龍一君を僕に預けてはくれないだろうか」
「………何を言ってる?」
藤井の堪忍袋の緒は、もう切れかかる寸前だった。