65ー1 助けるために
最早出し惜しみはしていられない。
こっそりと能力者であることを隠す装置を外してから上田が周辺の重力を限りなくゼロにする。
「⁉」
急に無重力状態になったせいでそこらじゅうの物が宙に浮く。
「ナイスタイミングッ!」
上田の能力範囲外にいる藤井が、軽く身体強化を使って周囲の男たちを殴った。
本気でやったら首が吹っ飛ぶどころでは済まない藤井の殴打だ。軽くでもかなりの威力がある。
それに加え上田の能力で踏ん張りが効かないのだ。面白いくらいに抵抗できず壁に叩きつけられて失神する。
「これは……流石というべきか」
最初に入ってきた男が小さく笑う。
何故か戦わずに観戦している。
「お前か、龍一を連れ去ったのは」
「まぁそうだ。その子はとても興味深いが昔から頑固でこちらに来てくれなかったから、少し手荒だけど招待したんだ」
招待というわりには酷いことをする。
藤井達が敵意を露にした。
リュウイチの状態はあまりにも酷すぎる。先ほどから周りでこれだけ音を出しているのに反応が全くない。
普段のリュウイチは過去の体験からか物音がするとどれだけ眠くとも異常に反応するのだ。
周囲の環境の変化に敏感なのである。
「そんなに怒らないでよ。……といっても、無理かもしれないけど」
「当たり前じゃない。龍一に手を出しておいて、私達が黙っているとでも?」
男の茶化したような言葉に、川瀬がリュウイチを抱え直しながらかなり怒気の籠った声で静かに告げる。
リュウイチに手を出した時点で敵なのは確定なのだが、リュウイチを物扱いしている口振りに酷く腹が立っていた。
リュウイチは大切な友人であり、弟だ。
少々可愛いげがなくとも彼らにとっては家族の一人なのである。
その弟をただの面白い物としか思っていない相手が、今のところ一番腹立たしい。自分が貶されるより怒りが沸いてくる。
「ああ、そういう意味で言ったわけじゃないんだ。玩具としか見えていないチンピラとは違うんでね」
「俺たちからすればお前ら皆チンピラだ」
「かもね。けど僕の目的は【組織】とは少し違う。……僕はね、龍一君を助けたいんだ」
そんな感じに都合のいいことを言って騙そうとしてくる輩は今までも結構居た。
リュウイチほど人を見るのに慣れてはいない藤井だが、その言葉は信用してはいけないことを知っている。
「そんなこと言って、どうせ後ろから俺達を殺そうとしてるんじゃないのか」
「まさか。君達殺しちゃったら龍一君に今度こそ縁を切られる」
両手を挙げて肩を竦める男。交戦のつもりはないらしく、そのまま地面に腰を下ろした。
藤井は第六感を働かせながらではあるが、ほんの少し周囲の警戒を弱める。
あまり気を張りすぎていても逃げるときに感覚が鈍っては意味がない。感覚の強化は使った後の反動が大きいのだ。
できることならなるべく能力は温存したい。
「……龍一を助けたい、だと? こんな瀕死にしておきながら何を今さら」
「それに関しては申し訳ないとしか言えない。龍一君がそんな状態になっているなんて知らなかったんだ」
連れ去ったのはお前だろうと声を荒らげようとした瞬間、風間が藤井の服を軽く引っ張る。
「どうした」
「多分あの人嘘ついてない」
「はぁ?」
「本当にこうなるって思ってなかったみたい」
風間は転移の能力者故にあらゆる場所に赴いている。
少し遠出するときなんかは基本的に風間の能力だよりだ。勿論可能であれば新幹線や飛行機なんかもつかうが、協会のメンバーはあまり暇ではない。移動時間を短縮したいと思うのが普通だろう。
そのために風間はありとあらゆる場所に移動役として着いていっている。
本人はそれを別にいやがってはいない。
これが自分の役目だと割りきって仕事をしているからだろう。
いろいろな場所でいろいろな人に出会ったせいだろうか、嘘を見抜くのが得意なのだ。
天宮城の演技までは見抜けないが、大抵の人が嘘をついているか本音で話しているかくらいはなんとなくわかる。
その風間が藤井に嘘をついていないとハッキリと伝えたのだ。
ということはほぼ100%その言葉は本当だろう。
「詳しく話を聞かせてもらおうか」
「それは勿論。僕は遠藤。これでもそこそこの資産家でね」
それから藤井達は龍一が遠藤と取引をして援助金やあらゆるお偉いさんへのコネを得ていたことを知った。
相変わらずの行動力と豪胆さだが、ここまでくると考えものだ。
「今回龍一君を連れ出したのは僕だ。だが、その子を助ける可能性を見つけたからなんだ」
「助けるって、どうするつもりだったの? そんな方法あったら私達がとっくに見つけてると思うんだけど」
川瀬の言葉に遠藤も頷く。
藤井達はこれでも天宮城を助けるためにかなり手を尽くしているのだ。
能力者でもない一般人が暴けることを暴けないとは思えない。
そもそも『石の侵食を止める』方法なんてどう探したって見つからない筈だ。
「そりゃあそうだろう。だから僕も黙って連れてきたんだ」
「どういうことだ」
「僕は、この子の特別なところが好きなんだ。この石だってとても美しい。……だが、それ以上にこの子の考え方が好きなんだよ。だから殺すわけにはいかない。殺させやしない」
その言葉は、風間に聞くまでもなく本心だとわかった。
遠藤は両手を握りしめて大きく息を吐いた。
「……この子には、生きてほしい。他の……なにを犠牲にしたとしても」
他のなにを犠牲にしたとしても。それは、自分自身ですら含んでいる。
遠藤にはどんな手を使っても成し遂げようとする危うさがあった。
「だから僕は見つけたんだ。人を越えた存在を……神と呼ばれる人を」
その言葉は、リュウイチが以前言っていたのと少し似ていた。
自分は人を越えた存在なのだと。本来皆とは一緒に居てはならないのだと。
人を越えた存在。それが齎す出来事の意味を、彼らはここで知ることとなる。