10ー4 絶対に屈しない
目を開けてみると目の中や口の中に砂が入ってきて、咳き込みながら吐き出す。
「ぺっ、ぺっ‼ ………今度はどこだよ」
寝る度に場所が移動している。軽くホラーだ。
口の中の気持ち悪い感覚を気にしないようにしながら立ちあがり、辺りを見回す。
どこかの小学校の校庭のような場所だ。少し離れたところには小さなプレハブのような簡素な小屋が建っており、その先は高い柵が囲っている。
空には半月が浮かんでおり、こんな時でなければ美しい眺めだと思えたであろう夜闇に星が散りばめられている。
「さっむ!」
服装は相変わらず薄い病院で着せられるような物だった。暖かくなってきたとはいえまだまだ夜は本格的に寒い。
吐いた息が白くなっているのを見ながら体を擦って止まらない震えを堪える。
このままこうしていても仕方がないのでとりあえず見える小屋に歩を進める。
小屋には小さな窓がついており、そこからは暖かみのある光が漏れていた。
どうするべきか、と悩んでいると独りでに扉が開いた。ある意味で自動ドアのそれをポカンと口を開けたまま見つめる。
「寒いだろ? 入ってきたら?」
奥から声が聞こえる。聞き覚えのある声だったが誰かまでは覚えていない。ここ以外に施設はなさそうだし、柵は高すぎて越えられないのでとりあえず入ってみるしかない。
「………お、お邪魔します…………」
ただ、本気で寒いのでこのままだと凍え死ぬ自信があった天宮城は意を決して中に足を踏み込む。
「あ、君裸足だろう? そこに雑巾があるからそれで足を拭いてきて」
若干温い雑巾で足を拭き、奥へと入っていく。そこには小さな、本当に小さな部屋があった。
中心には炬燵が置かれていてその奥には薄型テレビがある。
左端にはキッチンがあり、小さな冷蔵庫がとりやすい位置に置かれ、その上に電子レンジが乗っかっている。
右側にはトイレと思われる部屋への扉があり、お風呂もあるようだ。ここで全然暮らせる程の設備の揃いようである。
炬燵には既に人が入って寛いでいた。
「ああ、来たね。いらっしゃい」
「……………何故、こんなことを」
「まぁ、その話は後でね。とりあえず座って。コーヒーで良い?」
居心地の悪さを存分に噛み締めながら、部屋の端にあった座布団に正座する。
カチャカチャと何かをやっていたと思ったら黒い液体の入ったカップを天宮城の目の前においた。香りからして珈琲だろう。
「別に怪しいものは入ってないから。どうぞ」
「………信用できる訳がないとは思いませんか?」
「うーん。僕もそう思うけどね。少し君とは話がしたくてね」
砂糖と牛乳を大量に入れながらニコリと笑みを浮かべる。
天宮城は警戒は解かないままだったが、このままでは埒が明かないと炬燵に足を入れて珈琲に口をつける。中々美味しかった。
「君から質問でも良いよ」
「何故?」
「今の君に聞いても答えてくれなさそうだから」
「………じゃあ率直に」
一度目を瞑ってからゆっくりと言葉を選ぶように声を出す。
「貴方は、組織の人間ですか?」
その言葉を聞いて、表情が消えた。何を考えているのかわからない顔に一瞬困惑する天宮城。
「それは………どういうことだい」
「あいつらなら形振り構わずやって来る何てことはしない。でも貴方は正面から、被害を最小限にして向かってきた。もっと卑劣な行動に出ても良い筈なのに」
「…………」
「だから確認の為に聞きます。貴方は組織の人間ですか」
なるべく早口でそう話す天宮城。下手したら相手を激昂させる可能性もあるのだが、天宮城はそうではないと言う一種の確信があった。
「僕は思うんですが………貴方、本当はこちら側の人ですよね? 何故こんな強行手段に?」
反応を見ながら言葉を続ける。
「僕が捕まったと知れば組織の方でも何らかの動きを見せる筈ですし」
「なんでそう思うんだ?」
「やつらの狙いは僕だけですから。強い能力者でも権力でもない。僕自身を狙ってきているのは明らかですし、僕が自分から赴かなければならない状況を毎回毎回飽きずに作ってくるのもやつらですから」
「大分遠回しに言うんだね。つまり?」
「僕を監禁する振りをしてやつらの同行を見る、もしくは組織そのものの穴を見つける。これくらいですかね」
つらつらと述べる天宮城に苦笑を浮かべる。
「……お手上げだよ。そこまで見抜かれてるとは思わなかった」
両手をあげ、肩を竦めて小さく、凄いや、と呟く。
「流石は実質No.2だね。いや、実際にそうだったかな?」
「今のところはそうですね」
「君さぁ、僕の父に管理者パスワードとかどうとか言ったでしょ? 気づいていないのかと思ったよ」
なんでその時話さなかったの? と蜜柑を口のなかに放り込みながら訊いてくる。
「あの組織はどこで何を聞いているのかわかりませんから。下手にものが多いところで話さない方がいいかと思ったんです。それに………僕は貴方に訊きたかったから」
カップを傾けながらチラリ、と様子を見る。
「へぇ。なんで?」
「多分ですけど最初に僕を狙おうって言ったのって貴方だけじゃないですか?」
「え、なんでわかったの?」
「やっぱりそうですよね。僕の能力は未だに解っていないことが多すぎるし何より暴走したときのリスクが割りに合いませんし」
全員が消滅する危険があるのにわざわざ二番目に強いと呼ばれる天宮城を先に捕まえに来ている。
それがずっと腑に落ちなかったのだ。
「梨華姉とか上手く能力封じができれば結城とか。もっとなんとかなりそうな人は多いですからね」
渡された蜜柑を剥いて口のなかに入れる。もう抵抗はなかった。
毒などを盛ろうとしているなら、今ここで近くにある包丁でも使った方が早いし、珈琲の時点で入れている。
それ以前に、どこかこの人はそんなことをするような人ではないと思っているからというのもある。ただの勘だが、天宮城の勘は意外とよく当たるのだ。
「それで………なんで僕だったんです? 確かに組織に関係……というか関係しかないですけど他の人を人質にとって僕を誘き出すっていう方が楽だし組織も反応を示すのでは?」
「それも思ったけど………君と話がしてみたかったんだよ。ずっとね」
「それは………どういう?」
首を傾げているとコンコン、と入り口からドアを叩く音がした。
「あっ、不味い! 炬燵に潜って!」
「はい⁉」
「早く! 君をここに連れてきたのは内緒なんだよ!」
「え、ちょっ―――」
有無を言わさず炬燵の中に押し込められた。ジーッというヒーターの音が耳にはいる。
暑い、と小さく呟いてなるべくヒーターの温度を下げ、端に寄る。暑がりなのだ。
「ちょっとヨイチ! 人質がいないんだけど! あんた連れ込んでないでしょうね⁉ ボスに怒られるわよ!」
「い、いやー……? ナンノハナシカサッパリ………」
炬燵のなかで誤魔化すの下手すぎだろ! と突っ込む天宮城。
「入るわよ!」
「あ、ちょっとまって‼」
「なによ」
「ほら、あの………着替えとか散乱してるし! 見られたくないもの一杯あるし⁉」
「意味わかんないわよ。入るわよ」
「あっ…………!」
ずかずかと進み、部屋に入る。すると、テレビがついていてその正面にカップと食べ掛けの蜜柑が一つ。トイレの戸が開いていてそこを覗きこんだが誰もいなかった。
「そこはダメ‼」
「なによ」
「ほら、着替え! 下着とか乾かしてるから!」
「へぇー? 怪しいわね」
余計に怪しさしかないので炬燵のなかを捲って見た。
「………? 今のヨイチの反応だとここいいると思ったんだけどな………?」
「………?」
何故か二人揃って首をかしげる。
「まぁいいわ。ここからは逃げられないしね。見つけたらちゃんと報告しなさいよ。ボスに怒られるのはあんただけじゃないんだからね」
「ふぁい」
頬を引っ張られながら返事を返すとどこに居るんだろ、と呟きながら帰っていった。
「? ? ?」
去っていった扉をしばらく見つめていたが炬燵をもう一度捲ってなかを見る。ヒーターのオレンジ色の光がなにもない空間を照らし出していた。
「っと、もう大丈夫ですか?」
「え?」
上から天宮城が飛び降りてきた。
「えええええ⁉」
「ふぅ………ちょっと疲れた」
コキコキと肩を動かしながらそう言う天宮城に指を指しながら驚いている。
「いえ、見つかったらヤバそうだったので」
天宮城は自分が今何をしたのか話し出した。
要約するとこうである。
先ず、テレビをつけてギリギリまで動いてもバレないようにし、自分が飲んでいたカップを流しに置いて食べ掛けの蜜柑の皮をそれっぽく元に戻して籠の一番したに突っ込んだ。
そしてあたかも一人でテレビを見ていたかのような位置にカップと蜜柑を配置し、換気扇の真下と棚のところにあったスペースにジャンプして入り込んでひたすら息を殺していたらしい。
よくそんな判断と行動をあの一瞬で出来るものである。
「いや、もう駄目かと思ったよ」
「ええ。貴方が入り口で追い返していれば御の字だったのですが無理そうだったので」
「ああ、そう………」
ハッキリとそういわれて寧ろ傷付いた。