64ー5 賭け金を
ちょっと短いです。
ずっとここが夢なのか現実なのかハッキリしない。
そんな曖昧な感覚が不思議と嫌ではない。
「……おはよう。よく眠れた?」
「……すこし」
「そう」
どれ程の時間をここで過ごしているのかわからない。一日やそこらではないのは確かなのだろうが、それが数日なのか数十日なのか、下手したら数ヵ月なのか。
寝ても覚めても明るい天井に、相変わらず動かない左手と左足。時間を確認する方法もない。
「今日は氷を持ってきたの。どう?」
左の掌に氷を乗せてくるが、正直よくわからない。なにせ動かないのだ。感覚もほとんどない。
「……なにも……」
「そう。……残念ね」
ユウは何故かリュウイチの左手が何に反応するかを知りたがった。カイロを握らせてみたり、水をかけてみたりと色々とやっているのだが、一向になにか反応がある気配がない。
「どう、して」
「知りたいのかって? そうね……ただ単純に気になるから、ね。この硬い手で、なにを感じ取れるのか」
冷たさも熱も感じない、石に覆われた異常な手足。
確かに気にならないわけではないが。
リュウイチは、気になっているわけでもない。どちらかというと、時間を気にしている。
「……ユウ。ここ、どこなんだ」
「どこって……それ、どういう意味?」
「かえ、らなきゃ……みんな、まってる……」
「………」
数秒、ユウが口を閉ざし。
「それはないわ」
ハッキリとそう言った。
「え……?」
「誰も待ってないわ。君の事なんか、きっと皆忘れてる。忘れられた場所に行く必要なんてない」
リュウイチは一瞬言葉を失った。
皆忘れてる。その言葉にぼんやりとした頭で必死に否定する。
リュウイチは確信している。幼馴染達が自分を忘れないことを。自分も、皆を忘れないことを。
だからなのか、ユウにほんの少しだけ怒りを覚えた。
「あなたは……おれたちのこと、よく、しら……ない」
だからそんなことが言えるんだ。と、リュウイチは本能的に彼らを信頼している。
天宮城でなかろうが、リュウイチであろうが関係ない。
幼馴染に救われ、互いを兄弟に近いものとすら思っている。それはたとえ天宮城でなくなってしまった今であっても、頭のなかに残り続けている。
だからリュウイチのこの答えは至極当然なのだ。
「そうなのかもね。……でも、リュウイチ君。君、そんな【皆】のこと、覚えてる?」
「なに、を……いって」
忘れるはずがない。大切な、自分よりもずっと大切な友人のことを。
「確かに、君は今覚えているかもしれない。でも、それは【皆】の全て?」
リュウイチはユウの言葉に困惑する。
なぜなら、ほかでもない。
皆のことを、
「ほら、ちょっとずつ。思い出せなくなってる」
リュウイチは眠気を必死に堪えながらなんども頭のなかで繰り返した。
【皆】の名前、性格、思い出。始めはスラスラ言えていたはずなのに、徐々に沈黙の時間が延びていく。
一時、葉山の能力が完全に頭から抜け落ちて全然思い出せなかった。
その後思い出していく過程で葉山の能力が絡む出来事を思い出せたのでなんとか最低限の知識は消えていない。
だが、それも時間の問題なのかもしれない。
最低限は最低限でしかない。それ以上がもう思い出せないということは、下手したら、本当に全て抜け落ちてしまうかもしれない。
次寝てしまったら、本当になにも思い出せなくなる気がして、下がってくる瞼をなんとかこじ開ける。
これだけは、忘れてはならない記憶だから。
なんどもなんども繰り返す。
だがそれは、砂みたいに手の隙間からこぼれ落ちてしまいそうで酷く恐ろしかった。
(皆の事だけは……忘れるわけにはいかない)
そうして、時間は刻一刻と過ぎていく。