64ー3 賭け金を
避けられる気がしない。リュウイチは深く息を吸い込みながら精神を安定させるのに努める。
「……人の秘密を暴くのが好きなんですね」
「そうだ。隠し事は私には通じない」
面倒な相手だ、と内心舌打ちする。
リュウイチは藤井や上田みたいなパワーファイターじゃない。
あくまでも好き勝手できるのは夢の中だけなので起きているときにはほぼ非戦闘員だ。
回復力が異常に高いお陰で無駄にタフではあるが、一般人ならともかく能力者相手では戦えない。
だからこそ相手を夢に引きずりこむ必要があったわけだ。
だが、その行為は自分の身も危険にさらす。何せ相手だけでなく自分も眠ってしまうのだ。無防備に倒れていられるのは相手が一人しかいないときしか使えない。
敵が一人なら無類の強さを誇る天宮城だが、複数の犯行だったら一気に形勢が逆転してしまう。
まして今は天宮城ではない。リュウイチだ。
唯一の切り札だった能力は使えない。もし使えたとしても、使ったところで寝てしまうので無意味になってしまう。
「ひとつ聞かせてください……どうして俺を狙う」
「どうして、とは?」
「確かに俺は能力者としてはかなり異質です。自分だけの夢を作って、他人をそこに引きずり込んで好き勝手やれる。でもそれだけといえばそれだけです。なにか魅力的なものですか、これが」
それ以前に、もうその力は使えない。リュウイチはずっと疑問だったのだ。なぜ狙われるのか。
リュウイチを付け狙う根拠など石くらいしか思い当たらない。能力だけをみれば『怪我の治りが異常に早い』のと『他人の能力を真似できる』のと『自分の夢を他人にも見せられる』というもの。
便利ではある。便利だが、ほぼすべてリュウイチ個人で完結している。
怪我の治りが早い? 特をするのはリュウイチだけだ。
能力を真似できる? 本来の能力者の方がもっと上手く能力を使えるし、リュウイチが能力をコピーするのにも時間がかかる上レベルが6を越えると真似できない。
夢世界を作れる? 作ったところでなんになる。
他人からしてみれば、リュウイチの能力はあまりいいものには見えないだろう。
仕事に使えるかと言われると、まぁ、使えはする。くらいの感じである。
実際、リュウイチの仕事はほぼ書類仕事。事務作業だ。
一日の大半をパソコンとにらめっこの毎日である。
他の幼馴染達みたいにパトロールとかもあるわけではない。
パトロールしたところで複数に囲まれては打つ手がないからだ。
「そんなこともわからないでいたのか」
「あなた達襲ってくるだけで誰も教えてくれませんからね」
リュウイチをみてニヤリと笑い、付け加えた。
「君は、イレギュラーだからだ」
「イレギュラー? なんの話です」
「君がいると未来が変わる。君がいさえすれば未来が大きく変動する」
「未来が、変わる?」
なにをいっているんだ、と眉を潜めるリュウイチ。未来視ができるのは片山くらいしかいないはずだ。
あとは人の死を予見できるリュウイチくらいだろうか。
それに、片山の見る未来は結構途中で大きく変わる。片山の力はまわりの環境で絶えず変動する未来の、もっとも確率の高いひとつを見るだけでそうなるとは限らないのだ。
だから未来を変えるのはそう難しいことではないはずだ。
「未来は簡単に変わります」
「違う。私が言っているのは君の幼馴染みたいな中途半端な能力者の言う未来なんかではない。この世界のあらすじだ」
世界のあらすじ。その言葉を聞いたとき、いますぐここから逃げねばと本能が告げる。
だが、左足は動かないし身じろぎするだけで周囲が過剰に反応する。
「……来訪者、なのか」
「私は違う。もっと上のお方だ。その方が君を大層気にかけている」
来訪者。リュウイチの世界を作り、勝手にも壊そうと画策してきた者たち。
その一人とは最後わかり合えた気がしたが、他の者たちとは会ったことすらない。
恐ろしいことに、彼らは自分の世界の者をなんとも思っていない。
本当にただ自分の作った世界で勝手に暮らしている生きものという認識しかない。
だから不要と思えば消すし、なにか大きな問題があっても基本的に無視だ。気付いてすらいないかもしれない。反応をみて面白がっているだけかもしれない。
そう、子供に向ける愛情、みたいなものが全くないのだ。
その為彼らから向けられる興味というのは、かなり恐ろしい。興味のあるもの以外を消し去ってリセットしようと考える、恐ろしい連中だ。
「……それで、あなたはいいんですか」
「いいさ。あの御方が全てだ」
絶対的な忠誠。それこそリュウイチがもっとも苦手とする相手だ。
話し合いに応じず。応じたところで聞く耳を持たず。大事なものまでその尽くすと決めた相手に捧げる。
リュウイチはそれが理解できないのだ。
自由が欲しくてたまらない毎日を、ただ生きるだけだったリュウイチは。
欲しいものは欲しいし、大切なものは絶対に手放したくない。
それを手放したら最後、帰ってこないのをわかっているから。
だから許せないのだ。
息子でさえ『駒』としか見ていない、この鬼頭清吾という男を。息子を切り捨てて、来訪者にすべてを捧げているこの男を。