64ー2 賭け金を
三日目。
相変わらず解放してくれる気配はない。当然のようにやるだけやってなにもないゲームを繰り返させられる。
四日目。
「……龍一君。すこし来てくれるかな」
「拒否権は」
「ないよ」
そうだと思った、とため息をつきながら腰をあげる。
ここ数日とは違う動き。確実に何かある。というか、何かされる。
杖がないとまともに歩けないリュウイチだが、遠藤は杖を返してくれそうにない。その代わりに車椅子を用意してきた。
こいつの意思で動かされるのも癪なので無視して壁に手をつきながら前へ進む。
「素直じゃないね、君は」
「そう思ってるなら杖を返せ」
「なに仕込んでいるかわかったものじゃないからそれは無理だよ。君の場合用心深いから、スタンガンとかが杖のなかに入っててもおかしくないし」
スタンガンは入れてない。能力波を記憶させたカード、スキルカードは数枚仕込んであるが。
どちらにせよ今ここでは能力の一切が封じられているのであったところで役にはたたないが。
壁を支えにして歩くのでは、やはり速度が違う。
それなりに体力も使うし、いっこうに足が前に出てくれないのだからかなり辛い。
「やっぱり車椅子に乗ってよ」
「嫌だ」
「頑なだねぇ」
そういう頑固なところもいいけどね、とニヤリと笑う遠藤。
あの変態専属医といい、なぜこういう人種に狙われるのだろうか。
ただ単純に顔がいいからというわけではないのかもしれない。
「ここだ」
たっぷり時間をかけて辿り着いたのは、両開きの大きな扉だ。
大きな、といっても横幅三メートルほどの物だが。
遠藤が後ろに立っている人に扉を開けろと指示を出す。
それなりに大きな扉ではあるがきちんと手入れされているのか、さして音もせずにすっと扉が開く。
「遅かったな、遠藤さん」
「いやいや。精一杯急ぎましたよ」
なかで待ち構えていたのは、見知った顔だった。
……ずっと探していても見つからなかった、リュウイチの知られてはならない秘密を知っている人。
「っ……!」
不味い、と考えたのが先か、足が動いたのが先か。
リュウイチがすぐに方向転換して逃げ出そうとしたが、遠藤がそれを許すはずがない。
「遠山。逃がすな」
「はい」
左手を乱暴に掴まれて強制的に歩を止められる。
そのまま脇に抱えられて部屋のなかにと連れ込まれる。
「は、なせ……!」
抵抗するがびくともしない。それもそのはず、この人は常時発動型の身体強化の能力者だ。
タイミングが来たら能力を使って体を強化する藤井の身体強化とはすこし違い、常に怪力なのである。
その代わり、あまり強い力を出すことができないが一切のタイムラグなしに能力行使ができるのはかなり利点がある。
常時発動ということは、コストパフォーマンスも非常にいい。
体力もかなりある。
「久しぶり、天宮城君。会いたかったよ。あいつは元気か?」
「……それはもう、確りと十分すぎるほど有能ですよ」
リュウイチの秘密……能力を底上げする石の使い方を知っている男、吉水の父親の鬼頭清吾だ。
吉水からたまにこの男のことは聞いていたが、話を聞けば聞くほどイカれているとしか思えなかった。
息子である吉水ですら、あの人はおかしいと何度も言っていたのだから。
「それは良かった。あいつは役に立たないときもたまにあったからね」
「………」
左手を見て、くくっと笑う。
「……だが、あいつは君というとてつもない贈り物を寄越してくれた。今までの失態を全て帳消しにするほどのな」
吉水は監視されていたのだろう。本人にその気はなくとも、間接的に組織に情報を流してしまっていたのかもしれない。
鬼頭はリュウイチを自分の目の前に座らせる。
抵抗らしい抵抗もできずに椅子に縛り付けられた。かなりキツく縛り上げられたので微妙に苦しい。
「君の石は、血で削って飲むんだったな? それ以外のことを教えてくれないか?」
石のことはなにがあっても教える気はない。
教えるつもりは、ないのだ。
「……能力の、無効化……波長を、相殺し、て……打ち消す……」
鬼頭の目を見たまま、譫言のように呟く。
直後、顔を逸らして荒く息をする。
「あんたの能力……なんなんだ……!」
前にも、同じ状況で石のことを話してしまった。何を話したのかは殆ど思い出せない。
相手の秘密を聞き出せる、精神干渉系の能力。そんなものが実在するのだとしたら。
能力者全体の地位が下がってしまうかもしれない。
そもそも心を読むタイプの能力者は世間ではあまりよく思われていない。黙秘の権利がなくなったも同然だと最初は酷く叩かれた。
今では能力を制御する方法も確立されているのでその辺りはあまり問題にはなっていないが、この能力は不味い。
知られたくないことを自分の口で喋ってしまうなんて、精神干渉の粋を越えている。
(どうすればこの人の能力を避けられるんだ……!)
縛り付けられ、左半身動かない今は右手を握りしめることくらいしかできなかった。