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63ー3 一難去って二難

 殆ど荷物も持たずに外に出ると、空はどんよりとした灰色になっていた。


 早く移動しなければ一雨来そうだ。


 杖をついたまま傘をさすのは難しい。例えさすことが出来たとしても、足を少し引き摺るので水はねは避けられない。


 雨は色々と面倒なのだ。


 負担軽減の為バネを使っている金属製の杖はカシャカシャと金属音を撒き散らすが、周りの足音や車のエンジン音、人々の話し声で雑踏に埋もれて消えていく。


 人混みはあまり好きではないが、こういうのは楽でいい。リュウイチは……いや、天宮城は昔からそう考えていた。


 人混みは、人を間近に感じるのに、誰もが隣の人には無関心だ。関心はあるのかもしれないが、儀礼的に無視している。


 あまりにじろじろ見ると失礼だ、と誰かに言われたわけでもないのに暗黙の了解を心得ている。


 周りに人が多いと、人は周囲から自分を切り離そうとする。


 天宮城からしたら、この雑踏はむしろ喜ばしいものだった。ここにいる間は、誰も自分を傷付けないし、傷つけてしまうこともない。


 触れられるほど近くにいるのに、皆が周りとの関係を自ら断っている。都会ならではの感覚。


 ここでは笑顔の仮面を被って取り繕う必要もない。


 誰とも関わらない代わりに誰とも傷つけ合わない。この感じが、嫌いではない。


「ふぅ………疲れた」


 慣れない長距離の移動に、足が疲れてしまった。勿論、肉体的にはかなり丈夫なので気分的に、ではあるが。


 バスに揺られながら何をするでもなくひたすら景色が過ぎるのを待つ。


「あの」

「……? 僕ですか?」

「はい。……席、代わりましょうか?」


 中学生くらいだろうか、長い黒髪を1つに纏めセーラー服を着た女の子が話しかけてきていた。


 どうやら杖をついているリュウイチの為に今まで座っていた自分の席を譲ってくれようとしているみたいだ。


 一瞬断ろうかとも思ったが、好意を無下にするのもなんだか悪い気がして礼を言って彼女が座っていた席に腰を下ろした。


 思いの外緊張していたらしく、座ると急に怠く感じる。一息つくと席を譲ってくれた女子が笑みを浮かべて次のバス停で降りていった。


 リュウイチはそこから2つ先のバス停で下車する。


 降りる際も、偶々同じバス停で降りる人が手を貸してくれた。その人もリュウイチを手伝ってすぐにどこかへと歩いていった。


 リュウイチはバスに乗って降りるまでに二人もの人に手助けしてもらった事に苦笑する。


「手助けする側だったのに、してもらう側になってるな……」


 軽くではあるが、パラパラと雨が降り始めていた。








 洒落たエレベーターの扉が開く。時間を少しかけて箱のなかから出ると、自動で扉が閉まり次の客を迎えに行った。


 絨毯が敷き詰められた廊下では、杖の音もかなり軽減される。


 誰もいないのであろう部屋を次々と通りすぎていく。普通なら、他の観光客だったりがここに泊まっているかもしれないが、ここはそうではない。


 なにせたった一人の客が最上階を丸ごと購入して暮らしているのだから。


 しかもここは拠点の1つでしかない。泊まるだけの為に一体いくら使ってるんだろうと気にならないことがないわけでもないが、買い取っている本人に聞くつもりも特にない。


「………お迎えにあがりました。天宮城様。奥でお待ちです」


 スーツを着た男性が車椅子を持ってきて、リュウイチに座るよう目で示す。


 車椅子を持ってきているということは、今のリュウイチの状態も知っていての呼び出しなのだろう。なにもかも見通されている気がして、少し不快だった。


「結構です。歩けますから」


 男性を無視して遅い歩みを進める。


 歩くのがかなり遅いこともわかっているし、正直に言えば疲れているので休みたいのは山々だ。だが、その車椅子には乗りたくない。


 そして恐らく向こうもリュウイチが乗らないであろうと計算してこれを寄越している。


 嫌な性格だ。


 リュウイチの後ろを特に文句も言わずについていく男性。歩幅を合わせてくれているので、全然前には進めていないようにすら見える。


 リュウイチが扉の前につくと、男性がノックをして扉を開けた。いつもならノックもなしで勝手に入るリュウイチだが、今回は左側にあるドアノブを握れなかった。


 右側だったら掴めたのだが。


「……ずいぶんと遅かったね、天宮城龍一君」

「……時間をかけてきたからな」

「それはそれは、いつも通りだね」


 数名の男女を侍らせ、不敵な笑みを浮かべるのは……天宮城が唯一、本気で嫌っている男、遠藤だ。


「さぁ、話を聞かせてよ。有意義な情報交換といこうじゃないか」

「………ああ」


 リュウイチはどれだけ遠藤が嫌いでも逆らえない。


 この狂人がいなければ、協会の存続も危うい事態に陥る可能性もある。そもそも協会の収入源はかなり少ない。


 能力者の管理や仕事の斡旋なんかはほぼ無償でやっていることだ。警察の依頼なんかがあったりすると謝礼金はもらえるものの、それほど大きな額でもない。


 あれほどの組織と施設を運営するには全然足りない。


 だから、遠藤のような資産家に支援してもらわなければならないのだ。


 天宮城は支援の条件として提示された【呼び出しに必ず応じる】ということと【情報の開示】をずっと守り続けている。


 正直に言えば、目の前の相手が憎い。今こうして対峙しているだけでも嫌気がさす。


 この男は目的のためならなんでもする。下手したら人殺しだってやる。


 リュウイチはそれを身をもって知っていた。だからこそこの呼び出しには自分が赴くしかないのだ。


 幼馴染みの誰も、こんな思いはして欲しくない。

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