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63ー2 一難去って二難

 リュウイチが部屋に戻ると、エミリアが洗濯物を畳んでいた。


 最近家事を全てこなしてくれているのでとても助かるのだが、幼馴染み達がそれに甘えてエミリアに全部任せるので正直困っている。


「どうしたの?」

「いや、別に……」


 杖を壁に立て掛けて椅子に腰かける。その様子はいつもより少しだけ雑な動きに見えた。


 どうやら苛立っていると普段取り繕っている所作が雑になるらしい。


「なにかあったの?」

「……まぁ、そう言えるかな……。明日から暫く、留守にする」

「どれくらい?」

「わからない。二日で帰ってこられるかもしれないし、一週間かかるかもしれない」


 エミリアは深く聞かなかった。


 実は藤井達から既に天宮城が時々数日間いなくなることが定期的にあると聞いていたからである。


 その理由を天宮城は頑なに言わないし、周りも問い質すことはしない。ただひとつ確実なことは『決して喜ばしいことではない』ということだ。


 帰ってくると天宮城はやけに疲れているし、帰ってきてから数日は珍しく感情を表に出す。


 数日たてばもと通り笑みの絶やさない仮面をつけ続けるのだが、どうやら自分で自分の制御ができないくらいには参ってしまうらしい。


 そんな話を藤井達から聞いていた。


「着替えは?」

「いい。多分大丈夫だから。留守の間は家のこと頼むよ」

「それは気にしないで」


 ただでさえ急に動かなくなった体を引き摺って動き回るのに苦労しているリュウイチの手を煩わせることはあまりしたくなかった。


 ある程度休憩してからリュウイチは再び外へ出ていった。打ち合わせがあると言っていたので、恐らくそれだろう。


 エミリアは社員共有スペースに向かう。ここには結構沢山知り合いがいるのだ。


「エミリアちゃん、どうしたの?」

「ユウキさん」


 突然話しかけてきたのは風間だった。相変わらず神出鬼没である。エミリアはリュウイチが数日留守にするという話をした。


「あー、りゅうが居なくなることってたまにあるよね」

「なにやってるんですか、あれ」

「さぁ? ただ、私たちのために戦ってくれてるんだと思うよ」

「戦う?」


 風間は右手を握って前につきだす。


「そ。見えない敵と戦ってんの。だから教えてくれないわけ。りゅうって意外とカッコつけるの好きだから」








 静かな廊下に、カシャン、という音が響く。


「龍一。どうした? 探し物なら手伝うぞ」

「別にいいよ。最悪見つからなくてもいいから」

「意地張るなよ。なに探してるんだ?」


 藤井は目の前の棚を見上げる。


 ここにはあらゆる能力者の個人情報がつまったファイルが大量に保管されている。


 リュウイチは一度資料を見たら大抵忘れないが、情報を外に持ち出すときや間違いがないか確認するためにたまに利用する。


 この資料室に入ることができる人はかなり限られているので警備も固い。ここの情報が外に漏れでもしたら大問題では済まない。


 下手をしたら協会そのものがなくなる可能性がある。


「……5年前の抗争覚えてる?」

「ああ、幹部が下剋上を仕掛けたとかいうやつか」

「それの資料が欲しい。あのときは力の制御で手一杯だったから、書類仕事は近藤さん達に任せっきりで俺も把握できてない」


 藤井がきょとんとしてリュウイチを見つめる。


「なんで今そんな前の事件を?」

「……なんだっていいじゃないか」

「それはそうだけど」


 何故と訊きつつもリュウイチの資料探しに手を貸す藤井。


 左手が不自由なリュウイチよりも早くファイルの中身を確認できる。ファイルを取り出すという動作ひとつとってもリュウイチの動きはかなり遅い。


 体の半分がうまく動かないと体の軸すら崩れてしまう。


「……もしかして、あのときの犯人を探そうとしてたりするか?」

「………。確かに、それに近いかもね。あの場の人は俺が全員消したから」


 リュウイチが、能力を暴走させたあの時。


 自分で自分を見失い、怒りに任せて暴れまわり、人を殺し、藤井を傷付けた。


 未だにリュウイチは自分を赦せてなどいない。


 人を殺したのも、藤井の足に後遺症が残るくらいまでの怪我を負わせたのも、確かに全てリュウイチの力だ。リュウイチの力で成ってしまった事だ。


 いくら周りがリュウイチには非がないと慰めようと、結果は変わりはしない。死んだ人は死んだままで、藤井の足は今でもたまに痛む。


 あの時からリュウイチは人と関わるのを極力避けて過ごす道を選んでしまった。だからなのか、あの出来事は調べる気すら起こしていなかったはずなのに。


「いい方向に向いてきたってことかな……」

「え? 秋兄なんか言った?」

「いやなんでもない」


 少しは自分にも興味が出てきたということなのだろうか。


 もしそうであるのならば、藤井にとってそれはとても喜ばしいことである。


 できることなら、完全に忘れて欲しいとも思う。


 贖罪の意識に囚われすぎてなにもできない弟分に、呆れたため息を返すしかなかった。

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