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62ー7 やっと、これで

 水の中は嫌いではない。リュウイチは体を水の流れに任せながら、よくそんなことを考えていた。


 種族柄呼吸を必要としないので、いくらでも沈んでいられる。


 音が周囲から遠ざかり、音のない場所でふわふわと浮いているような気分になるのがなんだか悪い心地ではない。


「おい、いつまで沈んでいるつもりだ」


 唐突に飛び込んできたレヴェルが、さっさと上がってこいとばかりに不満げな表情を見せる。


 いつまでも少し傲慢不遜なその態度に軽く苦笑するリュウイチ。


 思えば、レヴェルだけはなにがあっても傍にいてくれている。それはリュウイチにとってとても嬉しいことだった。


 だが何故だろう。今はこのまま沈んでいたい。


「俺……なんか疲れたんだ……。ごめん、もう少し待って……」


 声に出すと余計に疲れを認識してしまった。


 動きたくない。


「待ったぞ。……待ちきれんくらいな」

「君は昔からせっかちだなぁ……そんなに急がなくていいじゃないか、時間は沢山あるんだから……」


 そう、時間なら沢山、腐るほどある。


 永遠に等しい時を生きる両者。寿命などという煩わしいものなど気にする必要はない。


 だから今はしっかりと休みたい。色々ありすぎて体がバラバラになってしまいそうなほど忙しかった。


 思考がまとまらない。まとまらないほど疲れているのだ。


「いや、もう待てない」

「……だから……。……君って本当人の話聞かないよね……」


 ため息をつきながらゆっくりと目を閉じる。


 このままどこかに流されていくのだろうか。それも悪くはない。流れに逆らうのは性分ではない。ゆっくりと時間が過ぎていくのを感じつつ無駄に怠けるのも悪くはないかもしれない。


「別に、いくらでも待ってやるさ。お前と私の仲ならな」

「……どういう意味?」


 薄く目を開けてレヴェルを見やるリュウイチ。飛び込んできてから殆どしっかり見ていなかったレヴェルの姿を見て、目を大きく見開いた。


 まるでここに満たされている水がリュウイチ以外の存在を消し去ろうとしているかのように、レヴェルの手足が端から水に溶けて消えていく。


「それ、一体……⁉」

「……さぁな。だが、徐々に消えていっているのは確かだ」

「何やってるんだ⁉ 早く外へ―――」

「お前もだ、リュウイチ。一緒に帰るぞ」


 レヴェルの言葉に出かかった台詞が止まる。


 そして、小さく口を開いた。


「……行かないよ。俺は、行けない」


 その返答が予想外だったのか、肘から先がない手を振って何を言っているんだとリュウイチを軽く叱る。


「駄々でも捏ねるつもりか」

「そんなつもりじゃないよ……ただ……俺は」


 レヴェルはリュウイチの言いたいことが何となくわかった。


 長い付き合いだからだろうか。


「別にお前が厄介事を引き付ける体質というのは誰だって知っているだろう。それは天宮城 龍一であれ、アレキサンダー・ロードライトであれ、リュウイチであれ変わらないのだからどうしようもない」

「……ああ、もう呪いかなんかだと思ってるよ」

「だからといって周りと距離を置くというのは間違っていると思うが、どうだ?」


 リュウイチは口をつぐむ。実際、そのつもりだったからだ。


 このままでいれば、呪いに近いトラブル吸引体質をとめられるのではないかと思ったのだ。


 事実問題、リュウイチは立場やその特殊な力から狙われることも多い。


 誰も巻き込みたくないというのなら、確かにこのまま誰とも関わらなければそれでいいのかもしれない。


「それでは、あまりにも不幸だぞ」

「いいんだよ、これで。俺は、行けない」

「……自分の行いに嘘をつくな。お前の外を見て回りたいという言葉はすべて偽物だったのか?」


 そんなはずはない。ラグーンにいた頃は自由を渇望していた。


 心から世界を旅して回りたいと思った。吐いた言葉は何もかもが自分にとっての真実で、心からの本音だった。


「お前が本当にやりたいことはなんだ」


 ほんとうに、やりたいこと。


 体を文字通り磨り減らしながらレヴェルが目を細めてリュウイチを見る。その目はとても優しい光を湛えていた。


 親が子を見守る、そんな眼差し。


 事実、年齢は圧倒的にリュウイチの方が上なのだが、感覚的に言えばそんな感じなのかもしれない。


 案外子供っぽいまま生きてきているリュウイチをそっと助けてきたのがレヴェルなのだから。


「少しくらい我が儘になれ、リュウイチ。面倒事というのは、長い時間を生きる我々には楽しい暇潰しでもある。何事も見方を変えれば面白い発見があると私に教えたのはお前だぞ」


 リュウイチは数秒視線を辺りに巡らせ、深くため息をついた。


 答えが決まったのだろう。


 良くも悪くも頑固なリュウイチは一回決めたことは滅多に曲げない。恐らくこの答えは、これから先の未来にも関わってくる。


「……別に教えたつもりもないんだけどね」


 自由奔放に生きていれば、教えられることもないでしょう? そう笑って手足の殆どないレヴェルを抱えて上へ上へと泳いでいく。


 水面が近付くにつれて辺りが明るくなっていく。


「ありがとう、レヴェル。お陰で大事なことを思い出せたよ」

「……何をだ?」


 フッと笑って、軽く目を瞑った。


「君と初めて外に出たときのこと」

「……何かあったか?」


 思い当たる節がないレヴェル。リュウイチは懐かしそうに表情を綻ばせて水面に顔を向ける。


「……ナイショ」


 光が辺りに溢れ、視界が白に染まった。

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