10ー2 絶対に屈しない
「全然つかない………っていうか疲れた………」
天宮城はその場に寝転がりながら酷く疲れた顔をして呟いていた。
「どれぐらい歩いたんだろ………」
時間もわからなければ場所もわからない。隔離された空間ということはわかってはいるがそれだけだ。
いつも隣にいるはずの琥珀がいない事もまた不気味である。
体感時間ではかなりの時間が経過しているようで眠くて仕方がない。それなのに全くといっていいほど空腹を感じない。
喉すら渇かない。ここで生きていくことも可能なほどここ自体は快適である。暑くもなく寒くもない。腹は空かない。
ただ、動けば疲労はたまるようで眠気も感じる。
なにもない所を除けばかなり良い場所だ。
天宮城は横向きになって腕を枕にして目を閉じる。元々不眠症の天宮城は中々寝付けない。
眠くても寝られないのだ。
夢使いの能力を手に入れることが出来たのもこの不眠症のせいである。とはいってもかなり軽度のものなので生活に支障をきたすほどではない。
それでも本人はかなり辛かったので直ぐに眠ることができるのは本当にラッキーだったと喜んでいたのだ。
「…………寝れねぇ」
何度も寝返りをうちながら溜め息を吐く。
そうこうしているうち、だんだんと目蓋が落ちてきてなんとか寝ることに成功した。
天宮城は爆発音で目を覚ました。
「っ⁉」
どこからか聞こえるなにかが壊れる音やドタドタ、といった足音に耳を澄ませ、どこからその音が聞こえてくるのか必死で探していた。
「なっ⁉」
その瞬間、地面が跳ねるように動いて天宮城の体が吹き飛び、地面に再び落下する。
どこもかしこも真っ白なので壁や掴まるものが見つからず何度も地面に打ち付けられていく度、意識が遠のいていくのを感じた。
「ぐ、かはっ………」
何度か地面が動いた後止まったので意識までは失わずにすんだがその痛みに悶絶する天宮城。
「と、まった…………?」
切ってしまった口の端から血が垂れてくるのを強引に袖で拭いながらふらつきつつも立ち上がる。
足に強烈な痛みを感じ、小さく叫び声をあげながら再び座り込んでしまう。
「なにが………!」
自分の足をみてギョッとする。何故なら足首がおかしな方向へ曲がり、両足が真っ青を通り越して黒くなっている。吹き飛ばされたとき、変な落ち方をしたのでそれでやられてしまったのだろう。
「見た目のわりには痛くはないけど………これじゃ動けないな」
激痛が走る足をなんとか引き摺るようにして前に進む天宮城。すると突然辺りが明るくなった。
「………?」
頭上を見上げると見覚えのある人たちが天井に映し出されていた。
「あ、秋兄⁉」
【龍一⁉ 大丈夫か⁉】
「聞こえてるのか⁉ いや、そんなことはどうでも良いか……足が完全に折れてる!」
【絶対ヤバイだろそれ!】
天井に映し出されていたのは藤井達幼馴染と水野、それと小林の姿だった。
声は聞こえないがまるで絵本の会話文のように話した言葉が横に表示される。
【そこから出られるか⁉】
「………無理だ。足が動かないどころか能力すら使えない」
【能力もか⁉】
天宮城の能力はいまのところ消すことができていない。抑制するのが精一杯で使えないようにするなどもっての他だ。
しかも抑制はできても発熱や嘔吐、頭痛などの副作用が酷く、おいそれと使えるものではない。
今のところ天宮城にそういった副作用の兆候が出ていないのがまた凄いところである。能力を止めたりしたらほぼ確実に酷い頭痛がしているはずだ。
【今助けるから…………】
「秋兄?…………秋兄⁉」
突然映像が途切れた。元の天井に戻り、声も届いている様子はない。というかテンパりすぎてどうでも良いことしか話さなかった天宮城は今更になって後悔する。
「あー、もうちょっと俺の状況とか聞きたかった」
ここまで楽観的なのは幼馴染が全員揃っていたからだ。暴走状態の天宮城を押さえることができるほど優秀な人たちなのだ。
天宮城も、それをよくわかっている。だから、今何をすべきか頭のなかで整理していた。
「俺のやることは………ここから出ること」
目をゆっくりと閉じて暫く考えこみ、カッと目を見開く。左目が赤く染まっていた。
「さて、始めるか」
見てわかるほどの早さで足が回復していく。
「ここが別の空間だとして…………ここを改造するのは俺の十八番だし、大丈夫だろ」
ニヤリと笑って地面に手をつけた。
「これじゃない………だとするとこの組み合わせも駄目」
なんども地面とにらめっこをしながら眉間にシワをよせる。
能力は波長だ。それと真反対の波長を当てることでそれを相殺することができる。
天宮城はいつも誰かの波長を真似て力を使っていた。みたことのない能力の波長をだいたい分かるくらいにはその波長のパターンを覚えている。
今試しているのはこの能力がなんなのかを予想し、手当たりしだいにそれと真逆の波長を当て続けている。
完全に行き当たりばったりだがこの際仕方ないと考えているようで何度も何度も地面に波長を当て続けていた。
「駄目だぁ…………」
もう数えるのも面倒くさくなるほど挑戦して限界がきたので一時中断して溜め息をつく。
鼻から垂れる血を気にもせずやっていたのだが息がしづらくなるほど集中していたので体が勝手に中断したのだ。これ以上やるとそれこそ危険である。
天井を見上げるがそこになにかが映ることはなく、ただただ奥行きすらわからない白い天井が見えるだけであった。
「皆………大丈夫かな」
あれから相当な時間が経ったのだろうがそれをハッキリと知る術はない。もしかしたらまだ数分しかたっていないのかもしれないし、数時間経ったのかもしれない。
酷く痛む頭を押さえながら目を瞑る。
「無理だけはしないでくれよ…………」
これを他の幼馴染達が聞いたら、お前が言うな、と突っ込まれるだろうが、ここにはそれに関して話してくれる人などいない。
天宮城の小さくも強い言葉は、ただただ白い空間で誰に聞かれることもなく空気に溶けて消えてしまった。
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「本当にここに龍さんがいるのか⁉」
「そんなこと私に聞かないでよ………。でも、多分そう。だってことりが反応してるんだもん」
“ことり”と呼ばれた小さな芋虫がコクコク、と頷く。
「うへぇ……いつも思うけどことりの可愛さが判らん」
「あんたにはことりちゃんの可愛さがわからないわよ。だから副隊長にもなれないのよ」
「うるせぇよ! 余計なお世話だ! お前だって殆ど権力的には変わらないじゃないか!」
「ハンッ! 副隊長とその補佐じゃ大違いよ」
第6部隊の副隊長の横井双葉とその補佐、横井優也が言い争いを始めた。
この二人、天宮城達が協会を立ち上げて直ぐ、同時期に入社したのだが、苗字が同じということで二人でワンセットのように扱われることが多く、常にいがみ合っている。
実力もほぼ一緒でどちらが上、という分け方があまりできないのでどちらが強いのか、よく言い争いをしている。
立場的には副隊長とその補佐だが、これにも訳があり、この二人の能力は非常に相性がよく、離れて仕事をさせてもあまりよくないと天宮城達が判断したせいで二人揃って同じ部隊にいれるためにこういう事になっている。
別々の部隊で各々副隊長になるという案も出ていたのだがそうすると二人同時に動かすことができなくなるので今の状態に落ち着いている。
協会内でもこの二人の仲の悪さは有名だ。
最初天宮城達と会ったとき、特に小さかった天宮城のことを龍君と呼んでいたのだが、天宮城がそんなことを言って良いような立場ではなくなってしまったのでさん付けに変更されている。
それでもたまに龍君と言ってしまう二人なのだが。
「そんなことよりちゃんと隠してよね」
「言われなくてもわかってますぅー。龍さんが捕まってるから絶対に見つかるわけにはいかないしな」
双葉の手の上に乗っている芋虫を少し嫌そうな目で見ながら指先で空中に何かを書くような動作をする。
するとほんの少し二人の体が光り、周りからは全く見えないように存在そのものが薄れていく。
「早く帰って報告するぞ」
「言われなくてもわかってますぅー」
互いに睨みあいながらその場からなんの痕跡も残さずに去っていった。
暫く走ると白いワンボックスカーを見つけ、その後部座席に入る。
「どうだった?」
「多分龍さんは見つけたわ。バレるといけないからとりあえずポチを置いてきて帰ってきた」
「成る程。じゃあ一旦帰るぞ。迷彩は?」
「かけたぜ」
「サンキュ」
元々車に乗っていた男と軽く会話をしてから出発する。
「キリ、どう思う? 今回の事」
「どう、か………。あの人がそう易々と捕まるところは想像できないが………実際にそれを相手がやってのけているのなら驚異と言わざるを得ないな」
「まーた難しい言葉遣いしてる。もっと分かりやすく言ってよ。ねー、ことりちゃん?」
双葉の手の芋虫が同感だ、とでも言いたそうにコクコクと頷く。
「いつも思うが………双葉のネーミングセンスはなんとかならんのか」
「えー? 可愛いじゃん」
「それはないね。芋虫にことり、蛾にポチって」
「なにが駄目なのよー」
ポチ、とは蛾の名前だったらしい。
「っていうかお前の意思疏通ができるやつがなんで気持ち悪いのばっかりなんだよ」
「ひっどい! 気持ち悪くなんかないわよ!」
双葉の能力は虫使い。虫と言葉を交わす事ができ、その能力を飛躍的にあげることもできる上、一部感覚を共有することもできる。
この世で最も多い動物は虫なのでその点ではかなり使いやすい能力である。が。
「とりあえず気持ち悪いんだよな………。特に芋虫とか毛虫とか」
「うっわ、サイテー! 可愛いわよ!」
「すまん、俺も可愛いとは思えない………」
「キリまでそんなことを言うの⁉」
「ほらー。キリだって気持ち悪いと思うよな? な?」
キリ、と呼ばれている男は第7部隊の副隊長で横井二人組の同期である。名を、桐林孝太郎という。
「気持ち悪い、とまでは言わないが………」
「でも可愛いとは思えないんだろ?」
「ま、まぁ………な」
「サイッテー! 二人とも最低‼ 鬼畜! 馬鹿‼」
ことりと名付けられた芋虫も抗議するように上半身を持ち上げて威嚇のポーズになる。
「おい、優也。迷彩が消えかかってるぞ」
「っと、すまん」
言い争いをしているうちに能力が切れかかっているのに気付き、空中で指先を動かす。すると一瞬車内が光を放ち、また見えなくなる。
優也の能力は隠蔽。周りから認識されないようにする能力で、幾つかの分類に分けられる。
一つは迷彩。周囲の色に同化させてあたかも物がなにもないように見せかけるもの。
もう一つは証拠隠滅。これは予めかける必要があるがこれをかけているとたとえ泥のなかに足を突っ込んだとしても数秒後には足跡そのものが消え失せたり、移動したときに出る臭いすら消し去る事ができる。
これには効果時間や色々な制限があるのだがそれでもかなり良い能力である。
双葉と行動するのもこれが目的であり、双葉の虫達は体が小さく諜報向きなのだが残念ながら頭が悪い。
ここへ行け、と指示してもその通りに辿り着けないこともしばしばである。なので直接そこに赴く必要があるのだが、双葉がバレては意味がない。
そこで隠蔽が役に立つのだ。
「言い争いをするよりもっと迷彩に力を入れてくれ」
「キリは常時発動型だもんなぁ………俺の辛さはわかんないよ」
「ああ、まぁ、うん………」
桐林の能力は防御。これは常時発動型と呼ばれるもので、意識しなくても勝手に能力が発動する。
意識すれば勿論その力は顕著に顕れるが普段意識していない状態だと針が飛んできたりしても全く刺さることなく防ぐ事ができる。また、打撃にも強いので軽く殴られたくらいではびくともしない。
意識すればたとえ刃物でも防ぐ事ができるのだ。だが、火などは別なので燃えている場所に突っ込むという荒業は無理である。
「とりあえず龍さんをポチに見つけてもらわないと」
「「…………」」
ポチの外見を知っている二人からしたらなんとも言えない気分になる。
ポチを捕獲した方法も偶々電気に集まってきた蛾を虫取り網で捕まえたのである。
かなり雑な捕獲方法だった。
三人が協会に戻ると既に第2部隊を除く全部隊の隊長と副隊長が集まっていた。
「キリ、横井二人組。報告を」
「横井二人組って………いや、なんでもないです。龍さんがいると思われる場所を見つけました」
地図を指差し、赤色で丸を書く。
「ここは…………なんだったっけ」
「さぁ?」
神妙な顔でとぼけた発言をする隊長組に各々の副隊長が耳打ちする。副隊長の方が有能とはこれいかに。
因みに天宮城の第2部隊は未だに副隊長が決まっていない。何故かというと、天宮城の部隊は諜報活動が多く副隊長を間にはさんで報告するといちいち面倒なので直接天宮城に連絡が行くようになっているのだ。
「確かにここは灯台もと暗しだったな」
「灯台もと暗しってなに?」
「結城ちゃん………後で諺の勉強しましょうね?」
風間がアホの子発言をしたのだが、それにいちいち返答していると日が暮れるので一旦放っておく。
「侵入経路は」
「今探っています。とは言ってもポチならともかく人間が入れるような大きさの道は殆ど警備がおかれているみたいです」
「そうか。気づかれないように探してくれ」
「はい」
話を続けていると双葉が突然顔をあげた。
「どうした」
「見つけました‼ けど、中の様子はわかりませんでした」
「能力封じか………。地図は書けるか?」
「なんとか」
白い紙に大まかな地図が書かれていく。天宮城の居る部屋が大分奥の部屋だったことに全員が溜め息をつく。
「まぁ、地下じゃなくて良かっただろ。地上なら幾らでも転移できるし」
「でも能力封じがある以上、下手に手出しはできないね」
「そうだな。双葉。龍一はどんな様子だったかポチに聞けるか?」
「えっと………寝ていたそうです。中々起きていないようだとも」
その言葉を聞き、片山が少し考えるような素振りをする。
「そうね………じゃあ3日。龍一には3日耐えてもらいましょう。なーに、今までも死んでそうで生きてたんだから問題ないわよ」
「それは問題がないのか?」
「ないの。そもそもどれだけ殺したって死なないんだから、それほど急がなくてはいけないことはない。十分に準備をしてから向かいましょう」
片山のその言葉に全員が首を縦に振る。
「それじゃあ、各自準備をすること! みいなは亜空間の準備もね!」
「「「はい!」」」
そういって各々部屋を出ていった。
「……大丈夫かな、龍さん」
「大丈夫だって。あの人がやられてるところ想像できる?」
「…………出来ないね」
「だろ? 俺たちが助けにいったらもう既にアジトを制圧してたことって何回あった?」
「何回だっけ?」
「覚えてないよなー」
ケラケラと笑いながら天宮城の事を思い出す。
能力をフルで使って、近くに味方が居なければ天宮城はとんでもない強さを発揮する。
本人はそれに気づいていないのだが。