1ー2 超能力者は夢使い
「明日会えない?」
「ごめん。明日は約束入ってるんだ。明後日にしてくれない?」
「りゅうが約束!? あのりゅうが!?」
「失礼だな。俺だって約束のひとつやふたつするって」
「嘘でしょ?」
「なんで嘘つくの?」
「まじ?」
「まじ」
天宮城はパソコンを弄りながらスマートフォンを頬と肩に挟んで通話していた。
「まさか女? なわけないよねー」
「女性だけど?」
「え?」
「え?」
通話しながら物凄い速さで指がキーボードの上を滑るように動いていく。
「いつの間に彼女出来たの?」
「いや、バイト先の常連さん」
「問題はそこじゃないって! 狙われてるんじゃない?」
「そんなわけないと思う。多分」
「嘘! だってりゅうモテるじゃん」
「言われるほどモテてないよ」
「それは……美鈴がいるからでしょ」
「あー……それはあるかもな……」
ガタガタとなり続けるタイピング音と通話口の声が被る。
「レポート書いてるの? 今は止めてよ。そっちの声聞こえない」
「残念。論文」
「どっちでもいいよ!」
やっと音が止まる。
「もう……話しながら他のことに集中できるりゅうは凄いけど、場をわきまえてよね」
「それ美鈴にも言われた……」
「とま、どうでも良い話は置いといて、彼女だよ」
「彼女じゃないって」
「デートでしょ? 人生初でしょ?」
「これがデートなのか?」
「鈍! 相変わらず鈍いな」
「一言余計だ。……そうか、これがデートなのか」
その独り言が付け加えられている時点で鈍い男確定なのだが。
「大丈夫なの?」
「なにが?」
「発作」
「あー……。最近抑えられてはいるから」
「無理しないでよ」
「……ありがと、結城」
「うん。りゅうが居なくなったら実験体が減るから」
「最悪だ!」
その後も普通に話し続けていたら突然、
「わっ!」
「どうした?」
「やつが出た!」
「やつ?」
「黒い皆の嫌われものだよ!」
「ああ、ゴキ―――」
「やつの名を出すな! 殲滅しに行ってくる! じゃあね!」
プツッ、と音がして通話が切れた。
「相変わらず騒がしいな……」
少し笑ってから再びキーボードを鳴らし始めた。
水野は約束の二時間前にコンビニに来た。
「早く来すぎちゃった……ってぇええ!」
「あ、水野さん。どうされました?」
「いつから居たの!? まだ約束の二時間前よ!?」
物凄く早く来たつもりが更に早かった天宮城。
「僕ですか? 今さっきですよ」
「嘘だよね?」
「いえ、レポートの提出等をついでに済ませてきたので」
「あ、そうなんだ」
待たせてはいないか、とほっと息を付く水野。しかし水野は知らない。天宮城は本当にレポートを提出してきたのだが、出してきてコンビニ前に来たのは6時。
天宮城は4時間待つつもりだったのだ。恐ろしすぎる。
「それでは、行きましょうか」
「そうね」
因みに。天宮城、水野が張り切ってお洒落している事に全く気付いていないのである。スーツ以外の格好を見たことがないからなのだが。
本当に鈍い男だった。
「えっと、確か博物館に行くという話でしたね」
「ええ。私好きなの」
「そうですか。僕も結構好きでたまに近藤さんとかと一緒に行くんですよ」
「え。近藤さん?」
「はい。なんか、歴史はロマン、らしいです」
「意外ね……」
「行くと大抵怖がられるので落ち込んでますね……だから僕がいないと行かないんですあの人」
少しあの厳ついサングラス男がしょんぼりする姿を思い浮かべて笑ってしまう水野。
「おもしろいんですよ、顔は怖いけど。あ、目は可愛らしいですよね」
「初めて見たときはあれは恐怖の方が先に来るけどね」
「僕も最初怖がって泣いてました」
「天宮城君泣くの?」
「最初会ったときは中学上がるか上がらないか位の時だったので」
「へー。じゃあ6年位の付き合いなんだ」
「そうですね」
電車を乗り継ぎ博物館へ。
「今日なんか混んでますね……」
「そうね。チケット買うだけでも時間かかりそう」
「あ、それは大丈夫です。ペア持ってますので」
「昨日言ったわよね? 博物館行こうって」
「はい。いつも近藤さんに貰うんですよ」
「あー。そう言うこと」
天宮城の家にはチケットが大量に眠っていたりするのだろうか。
「あ、今日は特別展示品があるみたいですね」
「特別展示品?」
「確か、世界最大級の猫目石だとか」
「キャッツアイって猫の目みたいな形の宝石?」
「よくご存じですね。その通りです」
「へー」
特別展示品のある方向は混んでいたので後で回ることにして先に通常の展示物を見る。そこには巨大なサメの模型があった。
「大きい……!」
「これはメガロドンですね」
「もしかして見ただけでわかる?」
「はい。なんとなくですが」
少し照れくさそうに笑う。その笑みに一瞬目を奪われる水野。周りの女性達も一瞬天宮城を見る。
「つ、次いきましょうか」
「ふふ。そうですね」
勘づかれただろうか、と少し早歩きしながら頬を触る水野。勿論天宮城は全く気付いていないが。
「楽しかったです」
「あそこまで大きい宝石だったとは思わなかったわ」
「本当に大きかったですね」
最後に寄ったキャッツアイの話である。
「今日は楽しかったです。誘ってくださってありがとうございまし―――」
お礼の言葉を言い掛けたところで天宮城のスマートフォンがバイブレーションで着信を知らせる。
「すみません。いいですか?」
「ええ。大丈夫よ」
一言断ってから電話に出る。
「はい。天宮城です」
「龍一‼ 今どこにいる!?」
「どこって、博物館の前」
「今すぐそこから離れるんだ!」
「え? なんで?」
「覚―――」
そこまで聞いたところで通話が切れた。
「え? 秋兄? 秋兄!?」
呼び掛けてもツーッ、ツーッという電子音がなっているだけだ。
「えっと、天宮城君?」
「水野さん! なにも言わず付いてきてください!」
「え、あ、うん!」
そのまま、天宮城は水野の腕を取り、走り始める。来たときの方向とは真逆の方へ。
「天宮城君!?」
「後で説明します!今はとにかく―――」
ガシャアアン!
水野が状況を理解するより早く事は起こった。空に車が浮いている。これは、
「能力犯罪!?」
「走って!」
天宮城が手を掴んで走る。何度か転びそうになると、天宮城が支えてくる。
「どういうこと!?」
「今は説明出来そうにありません! 取り合えず能力者協会が来るまで逃げましょう!」
車が、飛んできた。
「きゃあああ!」
「大丈夫ですか!?」
破片がピシピシと足に当たるが、痛みはない。恐怖で叫んでいるだけだ。
「もっと走りやすい靴にすればよかった!」
「今それ言ってても仕方な………危ない!」
大分路地裏に入り込んだのにまだ車が飛んでくる。
「はははは! なんて楽しい能力だ! これがあれば俺は日本を支配できる!」
こんなんで支配できたら誰かもうやっているだろうが、それは今のところどうでも良いようだ。
能力犯罪はその名の通り、能力者がその力を使って犯罪を起こすこと。
これは能力を持たない人間が押さえることはほぼ不可能で、犯罪を犯した場合、その場で能力を消される上、普通に捕まるので直接起こす人は極端に少ない。
それでも犯罪には本当に使えるものなのでかなりの確率で間接的に犯罪に使われていることがある。
「はぁ、はぁ」
能力者協会ならほぼ確実に捕らえられるが、如何せん能力者の数がそんなに多いわけでは無いので来るのに時間がかかってしまう。
「いた!」
「あ……やばい」
「天宮城君! 知り合いなの?」
「水野さん。すみません。今まで隠していたことがあるんです」
「ここで突然!?」
「僕……能力者に好かれる体質なんです……」
「えええええ!」
車を周囲に浮かせた男が手を前に出し、高笑いをあげる。
「はははは! 楽しい! なんて面白い力だ!」
「あの人別に好きになってないわよ!?」
「正確にいうと好かれるっていうか、狙われるというか」
「それ体質!?」
言い争っているところに車が飛んでくる。
「きゃあああ!」
「ふぅ……使うつもり、無かったんだけどな」
天宮城は落ち着いた様子で悲鳴をあげることもなく右手をゆっくりと前に出す。
「同調」
開いた手をグッと握ると、グシャッ、と空き缶のように車が潰れ地面にガコン、と落ちる。
「「………へ?」」
水野だけでなく能力者も動きが止まる。
「………」
天宮城はそのままあげた手を下に降り下ろす。
「な……にが……」
そのまま崩れ落ちる犯人。盛大に音を立てながら宙に浮いていた車が次々と落ちていく。
え?という顔をした水野も、地面に倒れ込んでしまった。手を出したままの天宮城も。
そこは、倒れた三人と空き缶みたいに潰れた車、地面に落ちた車が散乱する事故現場と化していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん……?」
目を覚ますと、草原に倒れていた。
「ええええええ!? ここどこ!?」
「わっ! って、え? なんで水野さんここに居るんですかあぁぁぁ!?」
「あ! 天宮城君! きっちり説明……」
そこから先の言葉は出なかった。何故なら、少し離れたところに犯人が立っていたからだ。
「すみません、水野さん。後でしっかり説明します」
すっと上に手をあげると、上空から巨大な蜥蜴が降ってきた。
「蜥蜴……じゃない。ドラゴン?」
「その通りです。水野さん」
純白という言葉が相応しい、真っ白で気高いドラゴンだった。
『ここに客とは久しいな』
「しゃべったぁあ!」
『食らうのはあちらで良いのだな?』
「ああ。手短に頼む」
『それはいいのか』
顎で示されビクッと大きく震える水野。
「いい。というか駄目。なんでここに水野さんが居るのか不明だけど、まぁ、多分大丈夫」
『了解した』
「程々にな。痛いから」
『そうだ、な!』
いつの間にか逃げ始めていた犯人の方を見て、
「……逃げられるとでも思ったら大間違いだ」
手を下から上に振り上げる。すると地面が突然局地的に隆起し、犯人の胸に突き刺さる……いや、それは表現が間違っているだろうう。
地面から突然、青透明な鋭くも美しい宝石が原石の状態で突き出てきたのだ。
『容赦ないな』
「どうせここは現実じゃないし。好きなだけ暴れても大丈夫だろ」
『また暴走するぞ』
「う……発作と言ってくれ」
突き刺され、身動きが取れなくなった犯人は無理矢理体を宝石から引き抜き、よろけながらも走り出す。
「だから、無理だって」
一歩一歩ゆっくりと歩いていく天宮城。歩く度、足を置いたところから宝石が生えてくる。
天宮城が歩いたところは宝石の道ができていた。
『乗れ』
「ああ」
後ろから凄まじい速さで飛んでくるドラゴンにまるで打ち合わせをしたかのようにタイミングを揃えて飛び乗る天宮城。
「綺麗……」
そんなことを言っている場合でないことは十分分かっているのだが、水野はそう言わずにはいられなかった。
「はい、アウト」
ドラゴンの首辺りに立ったまま、天宮城は手を振り下げる。天宮城の周囲に浮いていた槍のようなものが犯人目掛けて飛んでいく。
「ぎゃああああ!」
足を見事に貫かれ、犯人は地面に転げ落ちる。
「お前は下手したら博物館にいた人の命を奪ってたんだ。食らうだけじゃ恐怖心は育たないだろ?」
「ひぃ!」
数十メートルは確実にありそうなドラゴンの首からスッと音もたてずに飛び降りる天宮城。
「もういいだろう。食え」
『そうだな。精々足掻くがよい。……もう遅いがな』
「ぎゃああああ!」
眼前に迫る凶悪すぎる牙。それが犯人を口に加えた瞬間、犯人は目の前が真っ暗になった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………え?」
「あ、まだ安静にしていてください! 検査が済んでいないので」
「え、あ、はい」
辺りを見回すと、病院のベットだと判った。少し離れたベットに天宮城の姿が見える。
「夢、だったのかな……?」
そうに違いない。ドラゴンなんて非現実的過ぎるもの。と自分で自分を納得させる水野。
「あ、起きてました?」
ガラガラ、と戸が開いて若い男性や女性が計9人入ってくる。
天宮城の見舞いだろうか、水野がと考えていると先頭にいる男性が水野に声をかけてきた。
「水野麗さん、で宜しいでしょうか」
「あ、はい」
「能力者協会の者です」
「あ、お疲れさまです」
「いえ。巻き込んだのは此方ですので。お怪我は……無いんだよね?」
「無いわ。通常よ」
水野がなんの話をしているのかときょろきょろと見回す。
「ああ、すみません。彼女は予知夢の能力者なんです」
「最初の10人!?」
「ご存知でしたか」
「勿論です。っていうか、あ! 能力者協会の会長の藤井秋人さん!?」
「ええ、そうです。病院ですので、お静かに」
「あ、すみません……つい、興奮しちゃって」
興奮と言うより日本の中心人物に会えたことの戸惑いが主なのだが。
「っ……? ………!?!?!?」
「おお。起きたか龍一」
「秋兄……? なんで?」
「ばーか。夢発動させてそのまんま寝てたんだよ」
びしっ、とデコピンをする。しかし、音はデコピンのそれではない。相当強く指が当たっているのだろう。
「ぁう! いつも言ってるけどそれ痛いからやめてよ!」
「一番チビの癖に生意気だぞー」
「俺結構こん中でも背は高い方……ぁう!」
再びデコピンを喰らい、ベットに倒れ込む。
「全く……電話に出ないと思ったら」
「ほんとよねー。いつでも出れるようにしておきなさいっていつも言ってるじゃない」
「寝てるとかあり得ない」
「いや、寝てたっていうより気絶の方が正しいからね?」
流石に狭い部屋に11人はキツい。そう思った水野が一番の疑問を口に出す。
「あの……天宮城君とお知り合いなんですか?」
「「「………え?」」」
「………」
ゆっくりと全員の顔が天宮城の方にスライドしていく。それに合わせて天宮城も窓の方に……
「いってぇ!」
向こうとしたのを無理矢理グリンッと頭を向かせられる。
「龍一。怒らないから。……水野さんに言ってないのか?」
「……言ってない」
罵倒と説教の嵐だった。
当事者であるはずの水野が置いてきぼりになったのは言うまでもない。