62ー1 やっと、これで
扉を抜けると、琥珀として龍一について回っていたときの部屋に着いた。なんだか妙に懐かしく感じる。
レヴェルは天宮城をベッドにそっと寝かせて部屋を漁り始めた。
「確か、ここに……これだ」
龍一は元々あまり持ち物をもたないタイプなのでどこに何がしまってあるかは大抵決まっている。
3段目の引き出しを開けると鍵のかかった箱が出てきた。
数字を合わせると開く南京錠型の鍵である。
こういうものに鍵をかけるときの暗号はいつも決まっていた。携帯のロックとかもこれだった。
「5、8、9……と」
カチン、と金属音がしてロックが解かれた。
中には緊急時に使うための知り合いの名刺や連絡先を書いた紙がぎっしり詰まっていた。
目当ての人物の連絡先は、すぐに探せるように箱の蓋の裏側に貼られていた。
急いで机の上に置いてある子機を取って書いてある番号に電話を掛けた。
「もしもし、秋人くんかな?」
「いや、秋人ではない。琥珀という者だ。今すぐにリュウイチの部屋に来てくれ。リュウイチが死にそうだ」
「は、はぁ⁉ え、ちょっとまって君誰⁉」
いろんな事情を端折って事実だけ伝えるとむしろ伝わらないらしい。だが、焦らなければならない。
「頼む。リュウイチが本当に死にそうなのだ。脈もかなり弱い」
「……わかった、今からそっちに行くから。なるべく安静にして待機していて」
正直、信じてもらえてるかは半々だろうが琥珀の必死さとリュウイチという名前に反応しとりあえず来てもらえることにはなったらしい。
連絡終え、次は二段目の引き出しから携帯電話を取り出して電話帳の一番上にある名前の相手に電話を掛ける。ロックはやはり589だった。
2コールで出たのは藤井だった。
「龍一か⁉ 今どうしてる」
「リュウイチではない。琥珀という者だ。リュウイチは今死にかけている。龍一の部屋に来てくれ」
「っはぁっ⁉ ……わかった‼」
藤井の方は決断が早かった。通話が切れて三秒後に現れたのだから。
風間の転移で葉山と藤井、風間の三人が直接部屋に飛んできたらしい。
状況の説明をしようとした瞬間、レヴェルは風間に抱きつかれた。ほとんど突進してくる勢いだったのでそのまま後ろに倒れこむ。
「りゅう! よかった、無事だったんだね! 髪の色とか大分違うけど……」
「違う。リュウイチはそっちだ」
ピッとレヴェルが指差す方には確かに死にかけているリュウイチが横たわっている。
「おい、大丈夫なのか龍一‼」
「りゅう!」
「龍一‼」
どうやら今の一瞬はなかったことになったらしい。
リュウイチは辛うじてまだ息はしているがかなり危険な状況だ。それは三人も直ぐにわかったらしい。
「直ぐに魚住さんを」
「もう電話はした。直ぐに来ると言っていたが」
電話の内容をそのまま話すと、
「それじゃあ準備が多分足りない。ここまで酷いとは誰も思わないだろうし」
藤井が直ぐに携帯で魚住に電話を掛け、リュウイチの状況を事細かに伝えた。
そうしている間、藤井以外の三人はずっとリュウイチの近くにいた。
「りゅう、無茶しちゃったんだね……」
左半身を侵食している黒い石にそっと触れながら悔し気な顔をする。
能力の入った紙だけがリビングの机に置いてあったから、勝つか負けるかはしていたと思ってたんだけど。と、葉山が付け加える。
どうやらリュウイチは能力だけ早めに送り返していたらしい。確かにそれは誰だって心配になるだろう。
「リュウイチを病院の方に運ぶ。ここじゃ機器不足だから。結城、担架持ってきてくれ」
「わかった」
風間が転移で消え、すぐに戻ってくる。リュウイチに負担をかけぬよう四人がかりでリュウイチを裏口にそっと迅速に運ぶ。
車に乗せ、急いで魚住が働いている病院へ向かう。
すぐ近くにある病院なのでそれほど負担はかかっていないはずだが。
入口では魚住が待機していた。
ストレッチャーなども用意してあり、リュウイチの様子を見てすぐに周りに指示を出して院内奥へと連れていった。
普段は強引にアプローチしてくる面倒な医者だが、医者としての腕は相当なものである。任せても全く問題ないだろう。
だが、リュウイチがこの世界の医療に当てはまる存在なのかはわからない。体の作りは人間に近いとリュウイチに聞いてはいたが、どれがどこまで似ているのかはさっぱりわからない。
確認していないだけで臓器がなかったりするかもしれない。
「とりあえず、俺たちができるのはここまで、だな」
藤井の台詞に全員が小さく首を縦に振る。
それから、藤井と風間が他のメンバーへの連絡、迎えに行った。
その場に残されたのはレヴェルと葉山の二人である。
レヴェルはベンチに腰掛けながら、なにを話したらいいのかと迷っていると葉山がポツリと言葉をこぼした。
「……なんで私は天気なんだろう……」
その言葉は、どこか悲しげに聞こえた。
「天気を操る能力のなにが嫌なのだ?」
「だって……こういうとき、私は役に立てない」
目を伏せて目元をぬぐう。不安でしかたないのか、先程から何度もそれを繰り返していた。
ただ横で見ていることしか出来ない自分が不甲斐なくてしかたないのだ。
「……それを言うなら、こちらもそうだ」
「……?」
「なにも出来ない。戦うことができても、人を救うのは、できない」
戦うのと守るのは別物だ。
後者は誰かの安全だけではなく自分の安全も護らなければならない。自分が倒れたら誰かの安全が護られなくなるから。
自分の事すら考えなくてよくなる気になってしまう前者の方がよっぽど簡単だ。
「……我々にはなにができるのだろうな」
「………」
二人はそれきり、風間たちが帰ってくるまで言葉を発しなかった。
葉山は特に、レヴェルが何者なのかとかも知りたかったはずなのに。
リュウイチが危険な状態と考えると、それ以上のことはなにも考えられなくなってしまっていた。