60ー4 ほんの少しの後悔
今回大分短いです。
指先になにかが触れた。
それと同時に辺りが暗くなる。
うっすらとしか開けていなかった目をほんの少し開くと白い物体がリュウイチを覗きこむようにしてこっちをみていた。
「おい、勝手に死ぬのは許さんぞ」
そう言いつつリュウイチそっくりに変身したのはここ十数年連れ添ってきたレヴェルだった。
なにも説明せず出てきたので追いかけてきてしまったのだろう。
「……どうにもならないさ……」
勝手に死ぬのは許さない、と言われてもどうしようもない。
一回回復させてしまったためもう一度あのもとに戻す能力を掛けなおすこともできず、普通の回復魔法ではリュウイチの破壊する能力の性質上殆ど効果がない。
進化の方はホワイトに後天的に与えられたものなのでそれで体の崩壊を免れているだけだ。
相殺されているにすぎないため自分自身にこれ以上進化の能力は使えない。
「……そうか」
レヴェルは目を伏せ、リュウイチの横に座った。
どうしようもないという言葉が冗談でもなんでもないことに気付いたのだろう。これ以上の手の施しようがない。
「なにか、して欲しいこととかあるか?」
「もう……一度……あの時みたいに、飛んでくれないか? 今度は、ゆっくり……」
あの時みたいに。憧れていた下界へと初めて降りたあの時。
何もかもが美しく見えた。あれを、もう一度だけ。
「お前の体が持たんぞ」
「遅いか早いかの違いだろ……頼むよ」
レヴェルは小さく頷いて元の大きさに戻る。リュウイチを両手でそっと掬い、負担のかけぬよう細心の注意を払ってゆっくりと羽根を動かす。
体を起こす体力もないリュウイチは指の隙間から見える景色を目に焼き付ける。
リュウイチの力によって作られた半透明の世界樹。巨大という言葉では当てはまらないほどの大きさのそれのせいで昔とは全く違う景色に様変わりしていた。
だが、リュウイチの目にはやはり美しく映った。
暫く無言だった二人だが、かなりの高度まで昇ったときレヴェルが話しかけてきた。
『……これから、どうする』
「さぁ……どうなるんだろうね」
『借りた力は返さなくていいのか』
「……秋兄達の? それならなんとかなるから大丈夫だ……」
もう手は打ってあるらしい。リュウイチの目はひたすら外を見続けている。
「……ねぇ、レヴェル」
『どうした』
「俺さ、嬉しかったんだ、多分……色々と。レヴェルと会って、外に出て、色んなものを見た……秋兄達と釣りをしたり、アイン達と船で旅したり………楽しかったんだ」
リュウイチの目はもう外など見えていない。
焦点のあわない目でどこか……ここではないどこかを見ている。
「俺……此処に居て良かったんだって、そう思えたんだ……」
人は誰かに存在を認めてもらえなければ生きていけない。その言葉の意味を誰よりも確りと理解していたのはリュウイチかもしれない。
ラグーンに閉じ込められ、居ないものとして扱われた。
叔父から酷い仕打ちを受け、死にかけ疎まれた。
自分を肯定してくれる人を心の底から欲していた。リュウイチという一個体をちゃんと見てくれる人を。
そしてその人は運良くリュウイチの前に現れた。レヴェル、そして幼馴染みの九人だ。
彼らは知らず知らずのうちにリュウイチを本当の意味で救えていたのかもしれない。ただ外に連れ出し、虐待から救っただけではなく。
「……ありがとう、レヴェル……」
きゅっとかなり弱い力でレヴェルの指を握る。竜のレヴェルの指は一本でリュウイチの背丈ほどもあるので全く握り込めないが、今入れることのできる力を限界まで手に込めた。
『……こちらも楽しかった。またいつか、今度は……そうだな。別の世界にでも旅をしに行こう』
「ああ、それ、いいな……」
クスリと小さく笑ってゆっくり目を閉じる。
「今度は……みんなで、いっしょに……」
風が吹く。煽られるほどの強い風でもないが、微風でもない、花や木々を揺らす程度の柔らかい風。
風が通り過ぎたあと、長い沈黙が流れた。
数分間レヴェルの羽ばたく音だけが辺りを包む。
レヴェルはゆっくりと、行きよりも更に遅いスピードで再び地上に戻っていった。