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60ー3 ほんの少しの後悔

 キリのいいところで切ったので今日はかなり短めです。

 落下しつつ、名も無き来訪者は考える。


 先程の矢はやはり特殊なものだったらしく、突き刺さった状態から抜けてくれない。このままでは心臓が止まる。


「だからと言って、なんなのだろうか……」


 だが、引き抜こうとは思わなかった。


 もう疲れてしまった。


 何百、何千とある世界の中から埋もれさせないストーリーの世界を作らなければならない苦しみと。いくらやっても無駄に終わってしまう無力さに。


 このまま消えるのも、悪くない。顔も知らない他の来訪者に殺されるよりは、ずっと見守ってきたリュウイチの手で死ねるなら。


 そのリュウイチは力を使い果たしたのか、同時に落下していく。大火傷と皮膚を食い破って体を侵食する黒水晶のダメージによるものだろう。


 まさに満身創痍。普段なら落下しただけでは掠り傷程度で済む筈のリュウイチだが、あの様子では落下時の衝撃で死ぬだろう。


 ……来訪者も思ったよりずっと傷が深いのでそうなるだろうことは予想できる。


「リュウイチ……借りは、返すよ」


 リュウイチのお陰で夢を見られた。彼の自由奔放な生き様は途中で歪められてしまった物であっても、来訪者からすれば世界の美しさを教えてくれた。


 自分の作った世界を好きだと言ってくれた。それだけで、十分すぎるほど借りができてしまっていた。


 返せるのは今しかないだろう。


 体勢を変え、リュウイチに近付く。目を開ける体力も残っていないのかリュウイチはまだ接近してくる来訪者に気付かない。


 来訪者はリュウイチの足を掴んだ。これには流石にリュウイチも反応したがほんの少し目を開けてこちらを見てきただけだった。


 恐ろしいほど澄んだ目だった。なんの迷いもない。


「負けたよ、リュウイチ」


 落下の直前、リュウイチを全力で上に投げた。反動で背を強かに打ち付けたが、ほんの少し勢いが弱まったリュウイチの体はそれほど激しい音もたてずにすぐ近くにポトリと落ちた。


「……なんの、つもり」


 助けられたことに、純粋に何故と問いかけてきた。互いに意識も危うい今の状況で暢気にお喋りするつもりはなかったが来訪者も小さく笑って言葉を返す。


「借りを返しただけさ」

「意味が……わからない」


 リュウイチと来訪者は大の字に寝転がったまま、小さく呻く。双方限界が近いのは、その呻き声でわかった。


「この矢は?」

「俺の……仲間に巫女がいる。彼女に……魔力を込め続けた矢を託してあのタイミングで俺の……手のなかに飛ばしてもらうよう話をつけていた」


 魔力を込めた矢は、かなり分かりやすいほどに発光したりしてしまうためあまり持ち歩けない。だからリュウイチは戦いの場に赴かないアインに託したのだ。


「そっか。確かに僕がこれを君に会った瞬間に見つけていたら最初に壊すだろうね。……用意周到だ。完敗さ」

「俺も死ぬだろうから勝負なんて関係なくなるけどな……ゥグッ……」


 堪えきれなかったのか、リュウイチが横を向いて吐血した。口を拭うことすら出来ないほど疲弊していた。


「最後に……あんたの名前、聞かせてよ」

「僕、名前無いんだ」

「なんで……?」

「必要ないからじゃないかな」


 呼ばれる必要がない名など、意味がない。名は呼ばれるためにあるのだから。


「……じゃあ適当に……ホワイト・ダフニーとかってどう?」

「沈丁花か……面白いこと言うね君」

「別に……」


 沈丁花。白い花を咲かせ、毒性のある赤い実をつける花だ。


 花言葉は『永遠』『栄光』『不滅』


「いいね。じゃあこれからはそう名乗ろうかな」


 そう言った来訪者……ホワイトの手は淡い光の粒子になって少しずつ天に昇っていく。


「もうこれで、全部消えて終わりだ……」

「……あんたのことは、俺が覚えておくよ。……ホワイト」

「そう? ……ありがとう」


 口からでたのは心からの感謝だった。誰かに存在を認められた気がして嬉しかったのだ。


「ほんの少し後悔があるなら、君と戦うしかなかったことかな」

「俺も……嫌いじゃなかったよ、あんたのこと」


 どんどん削れて空に昇っていく自分の体を見ながら、小さく笑みを浮かべる。


「ありがとう。リュウイチ。君のお陰で、僕はやっと解放される」


 それが最後の言葉だった。


 リュウイチは黙ってホワイトが消えていくのを見届けた。最後の一片が飛び去ると急激に辺りが暗くなった気がした。


 もう終わったというのに、運命とやらはリュウイチを逃してはくれないならしい。


 元より動けない体で大分無茶をした。見届けられただけ良かったのかもしれない。


「寒……い……」


 呼吸すら苦しくなってきた。地面の冷たさが体を芯まで冷やしてくる。震えることすら出来ないほど衰弱していた。


(結局……最後は一人か……)


 ホワイトが消えていった空を見上げながら、そっと目を閉じた。

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