59ー2 来訪者の事情
「なんてことを……!」
握りしめた拳は行き場のない怒りを、表情は絶望を。彼の心境はそれらが混ざりあった激情。
ただ、見ているだけで良かった。
リュウイチというイレギュラーが育っていくのを見るのは面白いし、なによりワクワクした。
一体今日はどこに行くのだろう。なにをして過ごすのだろう。
大人に見守られながら、のびのびと自由に走り回る。
憧れだった。
消滅の危機から逃げるためだけに生きている自分と、リュウイチは真逆の環境で。
恵まれた生活に憧れと、ほんのちょっとの羨みを。
それでも、自分の子供と思えるほどには気にかけていた。普通ならたった1個体にそんなことありえない。
極稀に、自分の作った世界のものに気紛れでなにか与えたりする者も居ないわけではないが、ずっと気にかけることはまずない。
彼らからすれば、沢山ある自分の世界の中の更にまた数えるのも面倒なくらいの数ある生き物のひとつだ。
砂漠を所有しているからといって砂粒に目を向けるものは早々居ないように。
だが、ジャックはリュウイチに憧れてしまった。作者の意思なしに動き始めた世界。そこの特殊な固体に。
だが、ジャックを妬ましく思う来訪者の一人がとんでもないことをしてくれた。
ジャックの姿を真似、地上に降りた挙げ句にリュウイチ以外の最上位種族をほぼ根絶やしにし、リュウイチをラグーンに閉じ込めた。
リュウイチが今まで注目されていたのは珍しい生まれ方をしたというのと面白い行動を取るから、ということだけだった。
鳥かごに閉じ込めた珍しいだけの小鳥に、徐々に周りの興味は薄れていった。
来訪者からすれば、ちょっかいをかけたら面白くなくなった。
ただそれだけのことである。他人の悪戯でひとつ種族が滅ぼうが彼らは気にしない。種が絶えることなど数えきれないほど存在する『よくあること』なのだから。
根絶やされる本人からすればたまったものではない。
リュウイチは自分の家から出ることができなくなり、地上がどうなっているのかもわからなくなってから塞ぎ込むようになってしまった。
なんとかしてやることも出来ず、相当な時間が流れた。リュウイチは幸か不幸か鳥かごに慣れてしまった。狭い中庭の空だけが彼の憧れの場所になった。
ジャックは、手に届かないものを悲しげに見上げるリュウイチを見て、もう憧れなど抱いてはいなかった。寧ろ親近感に近いものを感じる。
誰だって、手に入らないものを欲しがる。二人は同じだった。
『ここでない、どこかに行ってみたい』
檻に囚われた立場も種族も違うが、状況は似通った二人。ただ、そこで大きく運命が分かれたのは偶然だったのだろうか。
これからもずっと手に入らないものに憧れるのだろうと思っていた矢先、リュウイチの前に子竜が現れた。紛れ込んできたと言った方が正しいかもしれない。
竜はやがてリュウイチを外へと連れ出した。願い続けて、恋い焦がれ、諦めかけた『ここでないどこか』へと。
ジャックには、レヴェルが居なかった。誰も助けてなどくれなかった。
同じだと思っていた相手に勝手に裏切られた感覚に薄暗い感情が蠢く。
ただの負け惜しみどころか、リュウイチ自身はジャックの事など知りもしない。それが余計にイラついてしょうがなかった。
当て付けのように世界をキラキラした目で見て回るリュウイチに無意味な怒りが沸き上がる。
「どうして、僕と君は違うんだろう……」
生まれた環境の問題? それともただの運?
理由なら幾らでも挙がってくる。だが、全部自分勝手な言い訳だ。リュウイチは全く関係ないし、彼からすれば迷惑なだけ。
それをわかっていても今の自分の置かれる理不尽な状況に、誰かに八つ当たりしたかった。
リュウイチのいる世界以外に、ジャックが作った世界は四つ。だが、その全てが作って数万年も経たずに崩壊してしまった。
介入をしすぎても、しなさすぎてもダメ。かといって完璧にコントロールしたところでシナリオが万人受けしなければ人気がでないのでやっぱりダメ。
勝手に住人が作り出すストーリーをどう面白くしていけるかが彼ら来訪者の生きがいであり、無に還されないための足掻き。
ジャックは、もうギリギリのところまで来ていた。
彼の世界のシナリオは人気が出ず、残されたたったひとつの希望も、もう誰も見向きもしない。
そしてとうとう次消されるのはジャックになってしまった。
美しい世界を作ることだけに固執した来訪者達。それを作れない者は、消される運命にある。
だが、ここでまた奇跡が起こった。なんとリュウイチが自身を崩壊させ、他世界に自分の一部をばら撒くという突拍子もない行動にでたのだ。
これにより再びこの世界は他の来訪者から注目されることになる。
……それでも、やはりリュウイチの起こしたただの偶然。ちょっと集まったくらいでは再び人は離れていく。
その世界というより数度の奇跡を起こしたイレギュラー、リュウイチという1個体に注目が集まった。
それ以外のものにはさして興味のない来訪者達はこう言い放った。
「この魂を使ってもう一度別の世界を作ればお前を消すのは延期してやる」
と。
つまり、リュウイチだけを残して全部をリセットしろ、と言われたのだ。
そうするのは難しくない。リュウイチに『周りを全部消させる』か、リュウイチを殺さないようにしながら『自分で壊しに行く』か。その二択だ。
リュウイチ本人に壊させることができればリュウイチ本人は傷つけずリセットが可能。だが、確実に本人が拒否する。
だから結局、ジャック自身が壊しにいかなければならない。
来訪者達のなかでは非力な部類に入るジャック。不安で仕方がなかった。これを成功させなければ自分は消される。だが、その前にリュウイチに消されるかもしれない。
ジャックは悩んだ末に自分をひたすら偽ることにした。
壊したくない世界をリセットし、子供同然に思っているリュウイチを絶望の淵に叩き込む罪悪感を紛らわすために。
それは奇しくもリュウイチ―――天宮城 龍一と同じ、自らの意思を演技で封じ込める哀しい選択だった。