59ー1 来訪者の事情
来訪者……彼に名前という概念はない。
そもそも男と女という概念すらないので彼という言葉も間違っているかもしれない。
偶々体つきが人間の男の子っぽいからといって性別など彼には当てはまらない。
彼よりも年下に老人っぽい者もいるし、女性男性様々で獣そのものの姿だったり霧のように細かく曖昧な存在もいる。
まさに千差万別。十人十色。
各々が各々で存在している半永久的生物。それが来訪者だ。
勿論生きるという概念があるからこそ、その反対の意味のものも存在する。だが彼からすれば生の対義語は無である。
死ではなく、無。
死というのは肉体が限界になったときにそれを入れ換えるための経過に過ぎない。リュウイチが天宮城として生きていたみたいに、また次がある。
だが、無というのは存在の消去だ。次もなにもなく、ただそこに存在していたという記録だけが残る。いや、もしかしたらそれすらも残ることはないかもしれない。
来訪者はそれを酷く怖がった。
ほぼ死ぬことのない安全な生が約束されていながら、それにすがるしかない。いつか訪れるかもしれない無をできるだけ見ないようにしたいからだ。
来訪者達は、ひたすらに生きることに集中した。
だが、生きるとはなんなのだろう。ただそこに存在していることか? 消滅していないということか? それなら、無であることとなにが違うのだろうか。
来訪者達は、そういう結論に至る。答えなどない問いに、彼らはこう答えた。
「自分が存在している価値を見つけられれば、自分が生きていると実感できるのではないか」
と、至極当たり前のようで中々そう考えることが難しい答えに行き着いた彼らは即座に行動を開始した。
自分の価値。それは自分では肯定できない。自分の価値など誰かが決めるものだ。
彼らはその誰かを我先にと作り始めた。
世界という枠を空間的に作り出し、また別の世界をその枠に隣接させつつ作り出す。
平行世界、パラレルワールドと呼ばれるそれは彼らのステータスとなった。
自分の作った世界の住民がどれだけのことを成したか、それで競うようになった。逆に言えば、なにもなく平然と過ぎる日常のみしかない世界を作った者は除け者にされる。
序列が出来、底辺のものは底辺のもの、高位のものは高位のものとハッキリと分かれてしまった。
この序列は、嫌なことに消滅の危険性に直結する。
下の者から徐々に消えていくのだ。正確に言えば、消されていく。
彼らは存在絶対数が決まっている。つまり、一人死ななければ次が産まれない。そして優秀な人材はいつ産まれるかわからない。
世界など片手間で作れてしまう彼らだが、優秀な世界を求めて人を求める。
自分の存在価値を見付けるために始めたことが、いつのまにか娯楽になっていた。どこかの世界を見て、皆で楽しむためのテレビドラマみたいなものである。
どれだけ素晴らしいドラマを提供するかで自分の生存率が変化する。より良い脚本家がいたらそちらに仕事が回されるように、底辺には興味をもたれない。
来訪者にはそんな上下関係があるのだ。
リュウイチの世界を作った来訪者――便宜上解りやすくするためにジャックとする――は、初めて作ったのがセドムをはじめとした神々だった。
不馴れな生物の創造。どこで何を間違えたのか、人間という種が非常に脆くできてしまい、いつの間にか絶滅してしまったり獣系種族が妙に数を増やしたり。とにかくハプニング続きだった。
想像していた方向と全く違う方向へ歴史を紡ぎ始めた世界に、ジャックは少々驚いた。
それでも、自分の1から作った世界。つまりは彼の最初の作品だ。見ているのは楽しかったし、ジャックからすれば小さな箱庭の住民が様々な些細なことで一喜一憂する様は、とても興味深く面白かった。
最も驚いたことと言えば、リュウイチの存在である。
これ以上箱庭の神を増やす気が無かったのに、勝手に増えたのである。
子供が産まれ、普通に育っていくのを見ているなど、思いもよらぬ事だった。
リュウイチは完全にイレギュラーな個体だった。崩壊という自分の力の制御も出来ず、触れただけで物を塵に還してしまう。
このままでは可哀想だと思ったジャックはもうひとつ、進化の能力を与えた。
これがうまい具合に作用し、リュウイチ自身を進化させ能力制御を可能にした。
リュウイチはもう覚えていないだろうが、あの時はヒヤヒヤしたものだ。あのまま放置していたらラグーンすら消滅させてしまっていただろう。
イレギュラー個体のリュウイチは来訪者達の中で相当有名になった。そりゃあそうだろう。書き手の意思なく進んでいく物語など聞いたことがない。
しかもそこそこ面白いので結構人気だった。
それでもそこそこ、でしかないのでジャックは中の上辺りの序列だった。丁度いいラインだろう。
だが、もしジャックの台本通りに世界ができていたら、多分こうはならなかっただろう。もしかしたらリュウイチが産まれる前に世界が終わっていたかもしれない。ジャックごと消し去られるという意味で。
運で出世したようなものである。それは当然下の序列の者から嫉妬の目を向けられる結果になった。
「あいつの力じゃないのに」
「偶々イレギュラーが産まれただけで」
「卑怯者」
陰口をどれだけ言われようと、ジャックは気にならなかった。
それよりもちょっと悪戯っ子なリュウイチを見ている方が万倍楽しかったからだ。
リュウイチは勝手に産まれた特殊個体だが、恐らく他の者と同じように寿命がないだろう。このままずっと見ていられるならそれはそれでいい。
もしも、そこから更になにかやってくれるのなら。それに期待し続けてずっと見守っていよう。
……そう、考えていた。
あの事件が起こるまでは。
名無しの権兵衛という意味でジャックです。流石に権兵衛はダサいので英国風に。
……英国風になってますか?