表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/237

58ー4 終わりが始まりである保証はない

 リュウイチはきっかり三分で目を覚ました。


 顔色は相当悪い。ほんの数分休んだとはいえ致命傷を治した時に減った体力はほとんど戻らない。


 立ち上がる動作さえ息が切れている。


「頼みがあります」


 動ける全員を集めてリュウイチが改めて作戦を告げる。だが、その内容は博打も良いところだった。


「リュウイチには悪いが正直、無理としか」

「ではどうします? あの来訪者があの扉悪戯にいつまでも引っ掛かってくれる可能性に賭けますか?」


 結局、なにやっても賭けの1手だ。


 あの扉悪戯は破りかたが存在している。リュウイチがやって見せた裏技もそうだが、元々ただの迷路だ。出口がある以上そこから出られてしまう可能性も十分ある。


「それは……」


 無理だろう。あの存在は、理解の外を行く。


「……リュウイチの、案に乗りましょう。これしかない」


 静かにそう言ったのはリュウイチの母親だった。


「……いいのか、それで」


 セドムが目を細める。その言葉の意味はその場に居るもの全員が理解していた。


 新しく作られたこの作戦、元から組まれていたものよりずっとリュウイチの負担が大きい。それに、なんとかなる保証は一切ない。


「よくない、に決まってんでしょ……っ!」

「………」


 グッと両手を握りこむ。母の絞り出したその声を聞いてリュウイチは小さく目を逸らした。


 自分が作った策とはいえ、とんでもないことを言っているのは理解している。成功したらどうなるか、それもよくわかっていた。


「誰か居なくならないと存続できない世界なんて、滅んじゃえばいいとか思ってるよ……!」


 100人の為に49人殺すような世界ならいっそ無くなってしまえばいい。母の言葉はある意味で正論なのだろう。だが、リュウイチは100人の為に49人殺すという判断ができてしまう性格だ。


 しかも、その49人に自分を含める。


 一人でも多く生き残れる道を探すのは大切なことだ。


 だが時にそれは酷く冷徹な行いになってしまう。リュウイチは自分が親不孝者になるとわかっていてこの案を提案した。


「……リュウイチがやるって言ったんだ。支えない親なんて、それこそいない方が良い」


 それが、彼女の決断だった。リュウイチの目は伏せられたままだった。最後まで。








 セントレンドの扉が破られたのは作戦を告げた十分後だった。思ったよりてこずってくれたらしいが、そのぶん確実にキレている。


「やってくれたね……ここまでイラついたのは久しぶりだよ」


 子供にしか見えない目の前の人物を前にして、手の震えが止まらない。冷や汗など、身体中の水分がなくなりそうな程かいた。


「一人? 舐めてるわけでもあるまいに」

「ああ。舐めてない。これが最善だと思ったからそう行動しているだけだ」

「自分一人残して全員逃がすってことがかい? ヘドが出るほどの自己犠牲だね」


 リュウイチの周りにはさっきと違って誰もいない。リュウイチ自身も傷は治っているものの限界が近い。顔色は悪くなる一方だ。


「そうさ。ヘドが出るだろう? 俺を作ったっていう、あんたの黒歴史になったりするか?」

「そうだね。君の性格を作ったのは僕だし。でもその黒歴史はお前を殺せば抹消できる。……ああ、あとの全員も直ぐに追わせてあげるから安心してよ」

「なるほど、そりゃあ安心できるな」


 どうせ、リュウイチはもう動けない。立っているだけでも辛いのだ。弓を構えることすらできない。


 それは来訪者本人もよくわかっていた。


「……強がりはやめなよ。震えてるじゃないか」

「ああ。怖いさ。だけど昔程じゃない」


 ポケットに手を突っ込んで即座にそこに入っていたものを飲み込む。あまりに急なその行動に一瞬来訪者がビクリと反応するがリュウイチがなにかを飲み込んだだけでそれから特になにか変わった様子はない。


 だが、なにかしたのは間違いない。


「おい、なにを飲んだ」

「さぁな……」


 ニヤリと笑うリュウイチ。


 なにかをやらかそうとしているのか、カマをかけているのかわからない。曖昧な笑みを浮かべるリュウイチに来訪者は迷う。


 誘い受けだったら今ここで動くと不味い。なぜならリュウイチ以外の者がどこにいるかわからないからだ。


 下手にこの場を動けば罠に嵌められるかもしない。


 だが、今飲み込んだものがなにかわからないのは危険だ。不確定要素はなるべく排除しておきたい。


 ……来訪者はよくも悪くも用心深い性格だ。リュウイチはそれをなんとなくわかっていてこの行動をとった。


 もし短絡的に動くタイプだったら飲み込む前に殺されているし、自分の身を省みないタイプの冷徹……それこそリュウイチみたいなタイプだったらその場から動かずにまず周囲ごと巻き込んでなにか攻撃するだろう。


 自分の身を守ることを考える用心深さを逆手にとることができた。


(ここから先、完全にその場しのぎの賭けだけど皆うまくやってくれよ……)


 時間は稼いだ。あとは運に全て任せる。


 薄れる視界に苦笑いしつつ、軽く目を閉じた。


(誰も俺に近付かないでくれ……)


 どこかに落ちていくような感覚を覚えながら意識を手放した。








 リュウイチがなにかを飲み込む動作をしてから15秒、突然リュウイチが倒れた。


 なぜかと一瞬驚いたがよくよく考えてみれば先ほどまで致命傷に近い傷を負っていたのだ。治したらその分体力を使うことも知っている。


 顔色も酷く、血の気がなかった。倒れて当然だろう。


 来訪者はそこまで考えてほんの少しガッカリする。


「なんだ……本当に仲間を逃がしただけなんだ。つまらない」


 本音がポロリと溢れる。


 そもそも、彼もこんなことするつもりはなかった。リュウイチには色々嘘を話したが、実際のところはリュウイチの出した結論と同じ理由でここにきた……いや、来させられた。


 彼はこの世界を作ったが、実はそんなことができるのは彼が知っているだけでも数万人いる。


 世界はそれだけたくさんあるのだ。だがその彼らの中でも序列がある。


 彼は現在序列最下位の所謂【落ちこぼれ】なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ