10ー1 絶対に屈しない
「やぁ、莉乃」
「あ、ボス!」
東雲が扉に歩いていって相手を出迎える。
(いや、誰だよ)
天宮城はボスと呼ばれた相手を見るがまたしても知らない人だった。
「君が………龍一君、でよかったかな?」
「………そうですね」
「そんな警戒されてもな………。僕は鬼頭清吾。ボスと呼ばれている。好きに呼んでくれ」
ニコニコと天宮城に話し掛ける鬼頭。
「……ここはどこで、貴方は一体何者なんですか」
「最初の質問がそれか。まぁ、その気持ちもわからないでもないけど」
クスクスと笑う鬼頭。話し方では分かりにくいが恐らく外見から判断して50代後半だろう。
「莉乃。彼と少し話がしたい。席を外してもらってもいいかな?」
「ん? わかった。後でお茶しようぜ」
軽くそう答えて莉乃が部屋を出ていった。その後、天宮城と鬼頭の間に沈黙の時間が流れる。
「「…………」」
すると突然鬼頭がティーポットに入っている紅茶をカップに注いで飲み始めた。
「君には………少し、悪いことをしたと思っている」
「それは………どういう」
チラ、と鬼頭を見やる天宮城。
「君は何故僕の息子に狙われたか………わかるかい?」
「息子だったのか…………。まぁ、おおよそは」
「聞いても?」
「………管理者パスワードと協会内の人員数及び見取り図、それから………いや、これは言わないでおきます」
「ほぅ………何故そう思ったか」
天宮城は少し考えるように黙り、再び話し始める。
「管理者パスワードは普通に考えれば直ぐに。あれは身分証明になりますから。毎回拐われるときは大抵これ目当てですし」
「…………成る程」
「協会内の人員数は公表していない上、僕と秋兄………藤井しか知らないから。それと………協会の施設内を完璧に把握しているのは恐らく僕だけですから」
藤井でさえたまに道に迷うのだ。それに占領されにくいように入り組ませているのでその情報が流出しないよう、基本幼馴染達のプライベートスペースにしか地図を置いていない。
しかも面倒くさがって誰もそれを見ないので結果的にそれを覚えているのは天宮城だけだったりする。
社員にさえ全ての道を公表していないのだ。
「流石だね。第2隊隊長」
「………先に言っておきますが僕は絶対に言いませんよ?」
「それぐらいわかっているさ。君達の中で一番責任感が強い君を選んだのは僕たちが馬鹿だからというわけでもないしね」
カップを傾けながらふわりと笑う。
「君を選んだのはね………それだよ」
天宮城の胸を指差して意味深に笑う。天宮城は無意識にそこを掴みながら、
「………これがなんなのか、僕らも知りませんよ」
「ああ、それならわかっているさ。君が寝ている間に少し見させて貰ったからね」
天宮城が顔を少ししかめた。
「特にこれといったことはしていないさ。それがなんなのかこんな短時間でわかるようなものでもないしね」
要は、わからないのだ。それが天宮城の恐怖心を煽る。それが自分の体にあるのだから。
「…………それの使い方を、教えてくれないかな」
「何故です。使い方を知ってもどうにも……」
「駄目かい?」
「…………嫌です。何に悪用されるか――――」
その瞬間、まるで時間が止まったかのように天宮城の口が言葉を紡ぐのを止めた。
ピタリと呼吸すら止めてその場を動かない。否、動くことが出来ない。
「―――血を……垂らして………それを水で薄めて……飲むか波長の強いところにかければ………直ぐ、に―――」
ぼんやりと鬼頭に目を合わせたまま、うわ言のようにそう言った。
言い終わった直後、目を見開いて首を押さえつつその場から飛び退くように後ずさる。ベッドの上なのでそれほど移動していないが。
何度も咳き込みながら激しい運動をしたかのように汗をポタポタと滴らせながら荒い呼吸を繰り返す。
「そうかい」
「なんで………俺、今………」
なにか恐ろしいものを見るような目で鬼頭を見る天宮城。
(俺は今………何を口走った……⁉ クソ、思い出せない……! でもこれは絶対に何らかの能力だが…………)
赤目状態から戻って数日は波長が見えない。目が使いものにならないのだ。磨りガラスが目の前にあるかのように掠れて見えないのだ。
(少しくらいなら…………!)
力を使うほど目は良くなる。天宮城は無理矢理に目に力を流しながら波長を見ることに全神経を集中させる。
「がっ………⁉」
だが、目に力を流すどころか目を使おうとした瞬間に猛烈な痺れがが天宮城を襲う。
(これは…………能力を抑える薬の副作用と同じ………いや、もっとヤバイ……)
身体中痺れてベッドに倒れこむ天宮城。指一本でさえ動かせない。
薄れゆく視界の中、鬼頭の手に本のようなものがあるのが見えた。なにかに沈んでいくような感覚に陥りながら天宮城は完全に意識を失った。
「ん………うぅ………」
目を開ける。目の前には文字通りなにもなかった。
「…………?」
キョロキョロと辺りを見回しつつ首をかしげる。
「なんだここ…………」
体が動くかどうか確認してから立ちあがり、とりあえず真っ直ぐに歩いてみる。
「…………………は?」
徐々に目が覚めてきて今自分がどんな状況におかれているのか大体理解できた。
自分の肩を見てみるが琥珀が居ない。
「そういえば………あの部屋の中に琥珀いなかった気がする」
完全に存在を忘れられている琥珀だがそれどころではなかったので仕方がなかったといわれればそれまでだろう。
天宮城はこの感覚に覚えがあった。というのも幼馴染の一人がもつ能力にかけられるとこんな感じだと覚えていたからだ。
「………捕獲系の能力、それもかなりレベルの強いやつだな………発動に時間がかかるタイプの」
捕獲系能力には相手の動きを制限するものやある一定の場所から全く動けなくするもの、最も上位のものは別空間に閉じ込めることができる。
別空間に閉じ込める、というものはゲームにある容量が無限にあるアイテムボックスと呼ばれるものに近いもので使えば使うほど力を消費するが容れている間は能力をかけたものでないと取り出せない。
天宮城が暴走したとき、いつもここに放り込まれるのだ。周囲の被害は一切でないので。
「でも………なんか違う。たとえあそこに放り込まれたとしても能力はここの中でなら使える筈だし………なによりこんな殺風景じゃない」
天宮城達はこの空間を亜空間と呼んでいるが、この亜空間は能力者本人の心情が表れる。
思い出が強い場所の景色そっくりになったりするのだ。だが、天宮城の夢世界のように好きに作り替えることは出来ない。
「とりあえずどこに続いているのか歩いてみないと」
裸足でゆっくりと歩き出した。
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「えっ」
「ひゃっ⁉」
突然目の前に現れた女性に目を丸くする藤井。その女性には見覚えがあった。
「水野さん」
「ふ、藤井さん! りゅ、龍一君が、あの、飛ばされて」
「落ち着いて話してください」
水野を宥めて本題に入るように勧める。すると扉から激しいノックの音が響き渡った。
「誰だ!」
「近藤だ! 開けてくれ!」
「入って!」
近藤と共に飛び込んできたのは小林だった。
「ひなたちゃん!」
「水野さん!」
互いに叫ぶように無事を確認して抱き合う。二人とも震えていた。
「何があったんです」
「彼女から話を聞きまして」
近藤が小林を見やり、周囲に自分の能力、サイレントをかける。
「何があったか教えてください」
「天宮城君が、男の人の顔を見た途端に突然逃げてって叫んで………私達藤井さんに報告しようとしたんですけど携帯が繋がらなくて」
「そうしたら私が少しドジしてしまって先にひなたちゃんにこっちに行ってって頼んだんです」
なかなか繋がらない話を整理すると天宮城が突然何者かと交戦、藤井に報告しようとした二人が共に逃げるも捕まりかけてとりあえず小林を先に逃がしたら水野が捕まって天宮城に強制的にこちらに送られた、というのがわかった。
「その男の人って」
「わからないです………。でも天宮城君は知ってるみたいでした」
そこまで聞いて近藤がポツリと呟く。
「…………まさか、あいつ」
それを聞いた藤井が近藤に向かって視線を投げ掛ける。
「知ってるんですか」
「………ああ。丁度龍一が学校を卒業する2週間ほど前に変な手紙が来たことを覚えているか?」
「犯行予告か」
「それですぐ………本人に会った」
バッと顔をあげる藤井に目をあわせずに近藤は話し続ける。
「龍一はなんとか挑発しないように宥めて時期をずらせるよう持ちかけたんだ」
「その話し………詳しく」
近藤はそれから知っていることを全て話した。
「あの馬鹿が………!」
机を力任せに殴った藤井。ど真ん中から木の机が真っ二つに折れ曲がる。無意識に力を使ってしまっているようだ。
「なんで俺たちに相談しない………!」
「………それが龍一だろう」
「それでも………いや、終わったことを嘆いても仕方ない。それで、今龍一は」
「………髪が赤くなってました」
「……………っ!」
赤髪状態になった天宮城を止めるのは至難の技である。攻撃しても速攻で回復する上、声など届きはしない。
それどころか時間をかけすぎると自動的に周囲の物を自分の物として取り込んで大地を削り取るように失わせてしまう。
以前一度そうなってしまった。結果として天宮城は3週間寝込み、止めようとした藤井が足を負傷。山ひとつとそこにいた誘拐犯十数名が跡形もなく消え失せることになってしまった。
本人はほとんど意識がない筈なのにほんの少し覚えているところが嫌なところだ。
自覚がありながら自分の体を思うように動かせないのだから、罪悪感など半端なものではない。
実際に天宮城は20日ぶりに目を覚ましたがその直後何度も自殺を試みている。
「近藤さん。とりあえず皆を呼んでください」
「わかった」
近藤が走って外に出ていくのを見送り、そこにいる女性二人に話し掛ける。
「お二方も魚住さんのところへ一応行ってください。怪我もそうですが、龍一の力は直接当てると人によっては毒なんです」
「わかりました」
自分達もここにいてはいけないと理解していた水野達は二人で魚住の所へ行った。
エレベーターで下まで降り、直接向かう。
「どうしまし………いえ。直ぐに手当てします。此方へ」
二人の様子を見て直ぐに消毒や袋に入った氷を持ってきて患部を冷やしたりしていく。
異常察知の能力者なので一目みればどこを怪我したのか感覚的にわかるらしい。
魚住は天宮城のことがなければ本当に優秀な医者なのだ。天宮城のことで残念すぎる臭いが漂っているが。
その頃藤井達は天宮城を除いた9人全員が会長室に集まっていた。近藤さえ席を外している。
「なんでこんなところに突然」
「率直に言う。龍一が何者かに襲われた。恐らくはこいつ」
犯行予告の紙を見せながらそう言う。
「でも、私の予知には引っ掛からなかった…………まさか」
「気づいたか。イレギュラーがいる。それは確実だ。しかもご丁寧に龍一の直ぐ傍だ」
イレギュラーというのはどんな能力も通用しない人のことである。
能力者の天敵で藤井のような身体強化は効果を受けないが天宮城の夢使いや魚住の異常察知、片山の予知夢等の相手に使う能力は全て相殺される。
イレギュラーと呼ばれる人は絶対数がかなり少ないがこれ自体が能力だと考える人もいる。
能力か否かは天宮城が判断するのだが波長を見る目の力すら相殺されるのでどちらとも言えないのが現状である。
「じゃあ今龍一は…………」
「わからない。なんとか手にいれた情報ではスキルカードを使用したくらいのことしかわからないんだ」
「あれを使ったのか⁉」
「あいつなら確かに使えるけど………あれは寿命を削っているようなものなのに………」
逆に言えば普段慎重な天宮城がスキルカードを使用したくらいの大事である。普通に考えて誘拐事は大事なのだが。
「だが………もうたぶん遅いだろう」
「なんで」
「これ」
藤井は床に落ちていたカードの片割れを拾う。
「これは転移のカードの半分だが、ここまで適当な使われ方は普段絶対にしないだろう。だからおかしいんだ。無理矢理にこれだけを使ったようにしか思えない」
「よくわかんないんだけど」
「秋人が言いたいのは、龍一は最後の力を使いきって転送させたって言いたいのよ」
「もう戦えないって判断したから?」
「たぶんな」
無駄なほど天宮城のことをよく知っている人達だ。これくらいの物の意図など直ぐに見抜くことができる。
「でも赤髪にはなってたんでしょ」
「らしいな」
「じゃあ最低でも3日は寝込むよね」
「「「…………………」」」
三日間、天宮城は完全に無防備な状態になる。それと同時に天宮城はその場から動くことすらままならない筈だ。
「ってことは、あと数日の間に見つけ出さないと」
「そういうことだね。りゅうには能力が効きづらいから早く見つけないと遠くに逃げられちゃう」
「じゃあ私はもう少し未来が見えないか試してみる」
「ああ、頼む。皆! この件はなるべく隠すぞ!」
「「「了解‼」」」
こなれている動きで全員が一斉に移動を開始した。