58ー2 終わりが始まりである保証はない
目的地に着くと、何かが激突してきて一瞬目の前が真っ暗になる。
「⁉」
あの来訪者の攻撃かと身構えたが、それなら吹っ飛んでいるか潰れているだろうと直ぐに思い直してその可能性を除外する。
数秒して目の前に覆い被さっていた物が剥がれる頃にはそれがなんなのかわかっていた。
「……アロク。無事で良かった」
「こちらが生きた心地がしませんでした……!」
静かに涙を流しながらリュウイチの無事を確認するアロク。どうやら姿が見えた瞬間に飛び付いてきたらしい。
元々はリュウイチのペットみたいな立ち位置だったので、つい昔のように接していた。
「リュウイチ。よく頑張ったね」
「……セントレンドさん」
アロクを宥めていると背後から声をかけられたので振り向き様にボディブローを叩き込んでおく。
「グフッ⁉ なにを……」
「あの時間ない状況に扉悪戯は悪質ですよ。下手したら二度と抜け出せなかったし、これくらいの復讐はいいでしょう?」
「復讐にいいも悪いもないと思うんだけど……」
声だけで全員を把握できるリュウイチだからこその対応である。顔も見る前からのぶん殴りなので受け身もとれない。
完璧な不意討ちである。
「そこのバカにはもっとやってやんな! 絶対懲りずに繰り返すから」
次に話しかけてきた人には、リュウイチよりもウィルが先に反応した。
即座に膝をついて礼をする。
「久しぶりだね、ウィル。リュウイチ。よくやったよ、お前達」
「お母さん……」
久しぶりというにも長すぎる時間だ。それだけの間離れていたのに、哀しいというのがなんなのかも、もうよく解らなくなってしまった。
「今まで……よく耐えてくれた」
頭を撫でられ、懐かしいとは思うがそれ以上になにか思うことはない。自分自身が嫌になるほどに何も。
ずっと一人で生き延びるために姑息に生に執着して、馬鹿みたいに周りを巻き込んだ。それのどこが『耐えた』ということなのだろう。
リュウイチは、自分があんな目に遭うのは当然だと思い続けていた。全ては皆と一緒に死に行かなかった自分の行いの罰であると。
「……たった1つしかない家族の再会を邪魔する気は全くないんだが……奴がくる」
少し離れたところから空を見ていたセントレンドのその言葉に、即座に立ち上がって全員が構える。
リュウイチの能力で高質化した木々は最早樹ではなくガラス細工のようだ。見た目によらず硬さも十分過ぎるほどにある。
透明な葉を何枚かむしってポケットに入れておく。鏃に使えるかもしれないと直感で思っただけの行動だが、向こうが到着するまでの時間で出来たのはそれだけだった。
自称創造主改め来訪者は、凄まじい轟音を立てつつ木の頂上であるこの広場に着陸した。
リュウイチが限界まで進化させた世界樹であってもその勢いには耐えきれず、足元が砕け散っている。
「よくもやってくれたね……君には相当苦しんでもらわないと割りに合わないなぁ……ねぇ、リュウイチ君?」
即席でなんとか誤魔化した偽の道具の数々が握り潰されただの破片になっていく。
完全に目が据わっている。殺る気は十分過ぎるほどあるらしい。完全にロックオンされている。
ほとんど恐怖を感じない筈のリュウイチの手が、無意識に震えていた。
本人が疑問しかないといった表情で自分の手を見つめた。恐怖を封じ込んでいるから、自分の体が恐怖で動かないことを理解できない。
「……怖いの?」
「……かも、しれない。わからない。その感覚は、よくわからない」
恐怖とは、どんな感情であったのだろうか。うまく思い出せない。それほどに麻痺してしまっていた。
「リュウイチ! しゃんとしな‼」
「君が要だ、しっかり頼むよ」
周りから叱咤激励をされ、とりあえず目の前の事に集中することにする。布陣は中央。もし襲い掛かってきても、誰かが壁になってくれる位置。
しくじるわけにはいかない。
「周りの人は余程君より先に殺されたいらしいね」
弓に手をかけた瞬間、耳元で囁かれる。気付けば眼前に拳が迫っていた。呼吸が止まる。
――――避けられない。
そう認識したのが先か、殴られたのが先か。どちらにせよ紙切れのように吹き飛んでしまうほどの威力で殴られたのは確かだ。
速すぎる。目で追うどころか、反応も、思考すら許されない。
「かっ――はっ」
辛うじて口から出たのは空気の漏れる寂しい音だけ。
「「「リュウイチ‼」」」
ピンポイントでリュウイチが狙われるというのは最初から予想できていた。今回の作戦はリュウイチの負担が大きい。
その理由はここに来るまでに来訪者を挑発し続けなければならないからで、それを成功したら確実に憎悪の念は抱かれる。
それだけではなく、慣れない能力使用を全力で行った直後だ。肉体的な疲労は無いにしても、消費するものはゼロではない。
だから最初は最も負担の大きいリュウイチを中心に据えて全員で守りつつ体力を回復させようと思っていたのに、圧倒的な暴力の前では全て無意味になってしまう。
「ねぇ、これだけ? これだけなのかい?」
「ぅ――ぁ」
気絶しないために唇を噛んで耐えるのが精一杯。とてもではないが弓など当てられるとは思わない。
(失敗した……侮っているつもりは全くなかったし、戦力差もちゃんと計算した上でこの布陣なのに、全く計算が足りなかった……!)
最初に会ったときにはかなり手加減されたのだろう。速度が段違いだ。これでは、こちらはなにもできない。
ただ全滅するのを待つだけだ。
「君には心底苛ついているんだけど、殺すのはもっと後で、それも死ぬより痛い目にあってもらわないといけないから……」
血だらけの髪の毛を掴まれて、クリスタルの地面に叩きつけられる。硬度は限界まで上がっているので、勿論下手なハンマーで殴られるより痛い。
自分の血が飛び散るのを、ただ見るしかなかった。
「そこで寝ててよ」
――――勝てない。勝機はゼロ。どう計算したってそれより上には数字は傾かない。
ゼロに限りなく近く、それでもゼロではなかった可能性が今完全にゼロになった。もうどうしたって不可能だ。
霞み、鮮血の滲む視界でぼんやりとただ空を眺めることしかできなかった。