57ー3 真実の罠
セントレンドという男は空間を巧みに操る。昔は何度も嵌められたのでその凶悪さは良く知っている。
開けても開けても扉が出てくるのでちゃんと進めているのか、それとも戻っているのか、全く進んでいないのかすら判別がつかない。
時間稼ぎには最適、というか下手すれば一生出られない迷宮である。
リュウイチはセントレンドに遊ばれ始めた頃、何度となくこれに引っ掛って外に出られなくなり、心配した両親がセントレンドをぶん殴るまで閉じ込められていた。
種族柄疲労を殆ど感じないのだが、不安を感じるのはどの種族も同じである。最後は大抵泣きべそをかいていた。
正直、トラウマが蘇ってきそうで嫌である。
だがリュウイチはこの扉地獄の回避法を身をもって知っていた。
「1つ目は、右から二番目」
扉に手をかけ、開く。静かに抵抗なく扉が動いた。
「2つ目は、左から五番目」
扉を抜け、ちらと周りを見る。
「3つ目は、右から四番目」
また、音もなく扉を開く。
次から次へと迷いなく扉を抜けていく。凛音は不思議そうにしつつもその後をついていく。
合わせて十二の扉を抜けると、一際豪奢な扉の前に辿り着いた。だがリュウイチはそれに手を触れず、ただそこに立ち尽くす。
迷っているわけではない。そもそもこの豪奢な扉は今までのように扉が大量に並んでいる訳ではなく目の前に一つあるのみである。
迷いようのないそれに、リュウイチは何故か進もうとしなかった。
『アレク? 行かないの?』
「ああ、ごめん凛音。説明してなかったね。これを仕掛けたのは十中八九セントレンドって人なんだけど、その人こうやって遊ぶくせに外に出る方法をよく忘れるんだよ」
本当に稀だが、セントレンドが手違いで自分の迷宮に入ってしまったことがある。ただの間抜けだ。
しかもリュウイチを閉じ込めて遊ぼうとしていたくせに出る方法を忘れるのだ。脱出には正攻法で進むか外部からの解除をしなければならないのだが、どちらも不可能である。
セントレンドは間抜けだが馬鹿ではない。
自分の性格を理解していて、もしもの為の内側からの解除コードを設定しているのだ。
正攻法の進みかたに関係なく脱出できる抜け道。
「順番に扉を十二個抜け、十三個目の扉の前で五分待機する。これを抜け道としていつも作っているんだ」
『なんで十三個目開けないの?』
「罠だよ。運よくここまで来れた人が不正の方法で外に出ないようにってね」
適当に開けてこの扉に辿り着くのはとてつもない確率だが、絶対に不可能というわけではない。
もしそうなった場合、折角作った迷宮が面白くない方法で突破されてしまうということで、最後にあからさまに綺麗な扉を用意しておいてそれを触れると最初に戻るという嫌がらせを仕掛けてあるのだ。
セントレンドは馬鹿ではない。だが残念ながら人を弄ぶのが大好きな性悪である。しかも間抜け。
五分経ち、辺りが光の粒子になってバラバラと壊れて消えていく。光ってはいるが眩しくはない。
「ここは……やっと着いたか」
『ん。そこ』
以前見た内部そのままだ。石碑もちゃんとある。
下の方に名前にも見える掠れた窪みがある。
「これか」
しゃがんでブローチの裏側を嵌め込んでみる。カチッという音がして石碑が砕け落ちた。
砕けた痕が妙だったのでそれを退かしてみると地面から何かの取っ手が生えている。
凛音に目配せをしてみるが、凛音もわからないらしく首を捻っていた。
とはいえ入らない理由はない。直ぐに取っ手を引っ張ると下に続く階段を見つけた。
「なんかの映画みたいだ……」
そもそも仕掛けが大掛かりすぎる上に関係ない人々をとことん巻き込んでいる。はた迷惑である。
ルペンドラスの内部に生えている光る茸(正式な名前はない)を採って明かり代わりに使う。凛音もそうしているらしい。
地下に入ると真っ暗で、光る茸があっても殆ど見えない。
リュウイチがなにかを蹴っ飛ばした。急いで歩いていたのではなく注意深くゆっくり歩いていたのでそんなに思いっきりぶつけたわけではないのだが、人間だった頃の記憶でなんとなく悶絶する。
格闘ゲームで自分は痛くないのに「痛い」と言ってしまうあれに似ている。なにか蹴っ飛ばした=凄く痛い気がする。と勘違いしたのだ。
冷静になると少し恥ずかしい。凛音が本気で心配そうに見上げてくるので余計にそうなる。
気をとり直して蹴っ飛ばしたものを見てみると、巨大な箱だった。
長方形で、長い方は二メートル程あるだろう。
蹴った感じからしてそれほど軽くはなさそうだ。蓋には頑丈な南京錠がついている。
「凛音、開けるから下がってて」
『ん』
何が起こるかわからない為、凛音を少し下がらせてから至近距離で弓を引き絞る。もう少し離れたいところだが、これ以上離れると暗すぎて下手したら外しかねない。
目をつむっていても狙った場所に矢を射れるリュウイチだが、とにかく慎重派なので念には念を、だ。
暗闇でも目は見えるが、少し光源があるのとないのでは大違いだ。光る茸のお陰でクリアに見える。
「ふっ」
鋭く射出された矢が鍵穴に見事に突き刺さり、バキンと音をたてて崩れていく。崩壊の能力も一緒に使ったらしい。
鍵が開いてもひとりでに蓋が開くことはなさそうだ。
なにかヤバイものが出てきたときの為にバズーカを構えつつ蓋を持ち上げる。この距離でバズーカを撃ったら自分も巻き添えだが、凛音が襲われるより良いと判断したらしい。
そっと開けられた蓋から、なにかがゆっくりと出てきた。即座にバズーカのトリガーに指をかけるリュウイチだが、その動きはそこで止まった。
『……アレク?』
「………」
凛音が後ろから呼び掛けても反応がない。どうしようかと迷っているとリュウイチがバズーカを落とした。静かな部屋に金属が落下する音が響き渡る。
『⁉』
ただならない事だと瞬時に理解した凛音はリュウイチの元に駆け寄った。なにかあったら逃げろと言われてはいるが唯一の契約者にそんなこと出来ない。
『アレク』
顔を覗きこむと、リュウイチの頬には涙が溢れていた。声を出すことも嗚咽を漏らすこともなく、淡々と涙を流しているその姿は少し異様だ。
凛音の目はリュウイチほど良くはない。精霊ではあるが流石にリュウイチとは格が違うのだ。
だから光る茸の光源範囲に入るまで気づけなかった。
箱の中に入っていたのは、一人の男性だった。見た目は人間そっくりの、30代くらいに見える穏やかそうな人。
『う、そ……』
困ったような笑みを浮かべるその男は、凛音の記憶にも残っている人物だった。