57ー2 真実の罠
流石は大女優の息子というべきか、感心するどころか呆れるほどの演技力だ。
「敵を騙すならまずは味方からっていうじゃん」
「お前のは死にかけてる演技だからたちが悪い」
リュウイチが地図を見て考え込んでいる。だが、レヴェルにはひとつ心配していたことがあった。
「身に付けていたあの結界内にあった道具は全て取られてしまったのだろう? 必要なものではなかったのか?」
「確実に必要だと思う」
「ならまずは取り返さなければいけないのでは」
「ああ、それなら」
リュウイチがごそごそとバッグを探ると、その中にあったポーチに全て入っていた。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。レヴェルは完全に呆けた表情になる。
「クククッ、なにその顔」
「いや、取られたとか言っていなかったか⁉」
「取られたよ。ダミーの方をね」
リュウイチが取り出したのは紙束だ。あの、能力者の能力を入れられるという代物。
その中の一枚を引っ張り出し、軽く舌をだすリュウイチ。リュウイチと共に何十人、何百人もの能力者の波長を見てきたレヴェルは直ぐにわかった。
「……創造か」
「そう。副隊長に居たでしょ?」
「ああ。覚えている。だがよくもまぁここまで警戒できるものだな」
「常に最悪を想像して行動しているからね。今回のところで自称創造主が出てきたのは予想通りだったし、策に嵌めるのも難しいことじゃない。問題なのは向こうがどれだけこっちの策を読んでいるかだ」
力で勝てない以上、なんとか知恵と策略で対抗するしかない。
偶然か必然か日本から借りた能力もある。魔法やスキルが使えずとも完全に無力ではない。
リュウイチが地図とひたすらにらめっこをしている時、レヴェルがブローチを落とした。
「あっ」
「す、すまん!」
それダミーじゃないんだからな、と念を押して再びにらめっこを始めたリュウイチにレヴェルがそれを見せた。
「リュウイチ。なにかあるぞ」
ブローチの金具が外れた。宝石の裏面が露になる。
「これは……なんだ?」
「わからない。これ自体に意味はないだろう。けど、装飾ではないだろうし……?」
指でなんども出っ張りを触り、首を捻る。
「どこかでみたことがあるような、ないような……?」
くるっとひっくり返して、思い当たることがあったのか慌てて何かを探し始める。
「どうした」
「紙と、それと朱肉! どっかにあるよね?」
「あ、ああ。あると思うが」
「持ってきて」
レヴェルが持ってくると直ぐにブローチの裏面を朱肉に押し付けて紙にそれを当てた。判子みたいにそれが文字として浮かび上がる。
リュウイチはハッキリと思い出した。
「ルペンドラスだ……。ルペンドラスの内部で、これを見た」
「ルペンドラス? 凛音と会ったときか?」
「そう。そこの中にあった石碑に文字が彫ってあって未来のドアイアドのパートナーに向けた手紙があったんだ。それの、右下に名前っぽいのが彫ってあったんだけど掠れて読めなかった」
だが、よくよく思い返してみると他の文字はきれいに読めたのにあそこだけ妙に磨り減っていたので不思議には思っていたのだ。
「あれは、掠れていた訳じゃなく本当に意味のないものだったんだ。多分、これと対になる」
名前でもなく、魔法文字でもない。装飾でもないので形自体に意味はないのだ。鍵に意味のある装飾など不必要。だからリュウイチにも読めなかった。
「それに、ドライアドは完全に木から離れる訳じゃなく、分体を使って外に出るってスラ太郎が言っていた。もしかしたら」
「本体に会えるかもしれないな!」
「ああ。もしかしたら皆のこともわかるかもしれない」
分体と本体が密に連絡を取り合うものだったり、感じたことや見たものがそのまま本体にいく仕組みで動いているのなら、行方不明の仲間達がどこにいるのかわかるかもしれない。
一縷の望みにかけて、ブローチを眺めるのだった。
翌朝、シスルノが起きると机の上に朝食が準備してあった。
これを食べて待っていて、とメモが残されている。
「ルノ。どうした」
「アレクさんは?」
「ああ、あいつなら気になることがあるって言ってシャワー浴びたらどっかに行ったぞ」
「怪我人ですよ⁉」
「大丈夫だよ、あいつならな」
根拠のない自信だが、根拠などなくともリュウイチの異常っぷりはよく知っているシスルノは渋々ながらも頷くのであった。
その頃リュウイチはウィルと共にルペンドラスに向かっていた。シスルノを置いていったのはルペンドラスの存在は流石に明かせないと判断したのもあるが、もしかしたらこれまで以上に危険かもしれないからだ。
自称創造主が偽物を掴まされたと気付く可能性がある。もしそれで激怒したらリュウイチでは止められない。どれだけ殴られても基本死なないリュウイチはともかくドワーフの男の子であるシスルノなら殴られた瞬間にその部位が吹き飛んでしまう。
レヴェルを残してきたのもシスルノの護衛を兼ねてのことだった。
「久し振りだ」
ルペンドラスは相変わらず枝葉を目一杯伸ばして大きな木陰を作っていた。結界の騒動で木になにか異変があったらどうしようかと不安だったのだが、特に問題はなさそうだ。
幹に触れた瞬間、後ろからなにかが抱き着いてきた。上から飛び降りてきたからか、辺りに木の葉が舞う。
『遅い、アレク……心配、した』
「ごめん凛音。色々あったんだ」
話を聞いたところによると、この子は本体ではなく凛音の分体その2だそうだ。
分体その1はまだアイン達と一緒にいるらしい。
「アイン達は無事なのか?」
『接続が切れてるからわからない、けど。死んではない』
「そう、か」
安心していいのか、微妙なところだ。いや生きているだけでも良しとしよう。
凛音にこれまでの経緯を話す。子供っぽい所が多い凛音だがかなりの年数を生きた精霊だ。直ぐに状況を理解したらしい。レヴェルよりよっぽど賢いかもしれない。
『アレク、こっち』
前と同じようにルペンドラスの内部に入っていく。ウィルがまず最初の入り口から入れなかった。
「……ここで待っててくれる?」
「………」
見るからに落ち込みはしているが、ルペンドラスの入り口の前を守ってくれるらしい。金属質な音をたてながら軽く会釈を返してきた。
「頼むよ」
ウィルにそう告げて内部に入ると、リュウイチは目を見開いた。
「嘘……」
『アレクが居なくなってから、こうなった。私にも本当の道、わからない』
細い穴から中心部へは一本道だったはずなのに、あるはずのなかった少し開けた空間に大量の扉がついているのだ。
「なんの嫌がらせなの、これ……?」
試しに一番前の扉を開けるとその先も扉があった。この嫌らしさは確実に悪意を感じる。
「あの人だ……」
思い当たる人物が脳内でニヤニヤした笑みを浮かべている。神の一柱、空間を司る男のセントレンドだ。こういう迷路とかの嫌がらせは得意中の得意で、なんども嵌められたことを覚えている。
この忙しいときにこれがくると、温厚なリュウイチでも頭に血がのぼった。
「……助けた後でなんか仕返ししよう」
文句を言ってから、扉を開けるのだった。