57ー1 真実の罠
そこから先は、リュウイチの異常っぷりがただ淡々と話されていた。
見もしないで矢を的のど真ん中に当てられるだの、触れただけでどんなものも壊せるだの、とにかくいろいろと。
それほどの力を持っておきながら一切傲らないのもリュウイチらしいところだ。
「なんか、色々とすごすぎてよくわからなくなってきました……」
「そんなもんだ。あいつは―――」
レヴェルが急に会話を中断して辺りを見回し始めた。
「どうしました?」
「一瞬揺れたような気が……? ルノ、伏せろっ‼」
咄嗟の判断でその場に這いつくばると、直後頭上を恐ろしい勢いで何かが飛び去っていった。
あまりにも急だったのでそれがなにかも確認はできていない。
この中で一番反応が速かったのはウィルだった。少し離れた場所にいたウィルは即座に飛んできたものを受け止める。
あまりの速度に、何かが爆発したのではと思うほどの音が辺りに響いた。
「な、なにが飛んできた⁉」
砂埃が晴れると、ウィルの腕には血塗れのリュウイチが抱えられていた。
「アレクさん!」
「なにがあった⁉」
直ぐに駆け寄るが、これだけの出血に先程のスピードで吹き飛んできたのだ。手からはグッタリと力が抜けていて声をかけずとも気絶しているのは明らかだった。
死ぬことはないと思うが、体の構造自体は下界の生き物とそう変わらない。多量に血を流せば動けなくなる。
「今、あっちから飛んできましたよね……?」
「ああ。これを見ろ。明らかに刃物の傷だ。なにかとやり合ったんだろう」
恐ろしい勢いで回復していくが、それでも間に合っていない。傷口が開いては閉じを繰り返している。
それでも流石は神というべきか、人間なら即死レベルの大怪我からたったの数分で目を覚ます。
「う、ぐっ………レヴェ、ル?」
「起きたか‼」
「大丈夫ですか⁉」
虚ろな目で辺りを確認し、安堵とも疲れからくるものとも思えるため息をつく。
「あいつは、居ないよね?」
「お前は結界の方から突然吹き飛んできたんだ」
「ああ、そうか……また、敗けた……か」
少し気が抜けたらしく、全身の緊張を解く。へたりこんだリュウイチをウィルがそっと支えた。
「なにがあった」
「……あいつが、来たんだ。泳がされていたのはわかっていたけど、あそこまで強硬的な態度をとってくるとは思ってなくて……アッサリ殺されかけた」
リュウイチの強さをよく知っているレヴェルからすると「そんな馬鹿な」と思うのだが瀕死だったリュウイチの怪我を思い出すと否定できない。
とんでもない化け物とは聞いていたがまさか相当頑丈なリュウイチをここまで痛め付けることが可能なのかとすら思ってしまう。
「今まで集めたものも、さっき見つけた地図も全部持っていかれちゃった……。なんとか取り返そうとしたけど……本当、情けない……」
手で目元を隠しながら荒く息を吐くリュウイチ。本当に悔しがっている時にする仕草だ。
手も足も出ないというのは、紛うことなき事実だったらしい。
「とりあえず、休める場所に行きましょう。ここではいつ魔物に襲われるかわかりません」
「そうだな」
どこに行こうか、と一瞬悩んだレヴェルにリュウイチが、
「レヴェル……。俺と君が……天宮城と琥珀として会った場所に行きたい」
「あそこか」
聖域や神域と呼ばれているところだ。天宮城からすればただの草原でしかないのだが、確かにあそこなら魔物もでないし隠れるにはうってつけだ。結界も無かった筈。
「了解した。では行こうか」
あそこならそれほど遠くない。レヴェルの飛行速度で数十分の場所だ。
リュウイチの体に負担をかけないよう注意しながら静かにそこを目指したのだった。
久しぶりの家に帰ってきた。リュウイチがレヴェルの手の中からゆっくりと起き上がる。
幾分か顔色は良くなっていたが、まだ本調子ではなさそうだ。
ウィルに助けてもらいながら地面に降りる。
「こんなきれいな場所、あったんですね……!」
「ここは普通の人は入れないからな。草木も湖も全てこいつが作ったのだぞ」
「アレクさんすごいですね」
家に入ってからも異世界の道具に興奮しているシスルノ。どれもこれも新鮮に見えて面白いらしい。
ここが神域と呼ばれていることは一旦秘密にしておいて、リュウイチは何かをふらつきながら探していた。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
ソファに横になり、一息つく。やはり大分無理をしていたらしい。
着替えもある程度ここに置いてあるので後で体を洗うつもりだ。血が固まって少しべたべたする。
「リュウイチ、これからどうする」
「……後で、話す……」
そのまま眠ってしまった。流石に今日はこれ以上リュウイチにとやかく言うつもりもないのでレヴェルも諦めて休むことにする。
最近飛びっぱなしだったので疲れていた。レヴェルもいつのまにか寝てしまった。
レヴェルはなにかの物音で目が覚めた。
起き上がって音のする方を見てみると、リュウイチが何かを紙に書き留めている。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、起こしちゃった? うん。この通り全快したよ。心配かけてごめん」
「そうか。それはなんだ?」
「あの時見つけた地図。拾った瞬間に目に焼き付けておいたんだ」
「相変わらず物凄い記憶力だな」
一度読んだ本の内容は一言一句間違えずに暗唱することすらできる。ただし、覚えようと思ったことに限る。でなければ周辺のものを手当たり次第に覚えていってしまう事になるからだ。
「それがお前の探していた場所か」
「……本当にそうなのかな」
「どういうことだ」
リュウイチが首を捻る。
「これを各地にばら撒いたのは多分知恵を司るベクターさんなんだよね。でも、あの人こんな簡単にヒントくれる性格じゃなかったと思うんだ」
ある程度確信をもっているらしい。言葉では疑っているが、声音は何かを疑問に思っているときのそれではない。
「これは罠かなにかだと?」
「……かも、ってだけど。ここに帰ってきたのもここは完璧に防音してあるからなんだ。この推察バレると不味いからね」
確かに、実力が劣る相手の後手に回るのは避けたい。
「ん? じゃあお前は贋の地図を死にかけてまで取り返そうとしていたのか⁉」
「だって騙すにはそうするしかないじゃん」
とことん恐ろしい。レヴェルはリュウイチをそう再認識した。