56ー2 とある竜の過去
受験おわりました!
ぼちぼち更新速度戻せていけたらと思います。
なんだかんだ言っていたが、レヴェルはリュウイチを気にせずにはいられなかった。
傷がほとんど治ってもラグーンの上に残り続けた。
『君は帰らなくてもいいの?』
不意にリュウイチがそう訊ねてきた。
『あんな場所、嫌いだ』
『どうして? 帰る場所はあるんでしょ?』
『皆白竜だからと近寄らない。傷付ければ、族長である父に罰せられると』
『だから嫌になったの?』
あまりにも他人事でしかないリュウイチの反応に、少しだけイラッとした。
『お前ならわかってくれると思ったのに』
『期待しない方がいいよ。俺、行く場所がないから』
行く場所がない。それは目的がないということ。
レヴェルは家出をしたとき、もう帰らなくていいと思うと体が軽くなったように感じた。だが、それだけだった。
「白竜という重圧が、一旦降りただけだった。実際はなにも変わっていないのにそんな気がしていただけなのだ」
「………」
レヴェルはリュウイチに自分の影を見た。
行き先を指定された道をただひたすら期待と重圧を背負って機械みたいに進むレヴェルと、行き先を失って一人その場で立ち尽くしているリュウイチ。
全く違うようで、本質は同じだ。
結局二人とも前が見えていないのだ。
足元しか見えておらず【前を見る】目が欠落している。
先の道が見えない者に未来はない。
『怖いんだな、お前』
『どうしてそう思うの?』
『なんかそう思ってる気がしただけだ』
『そうだね。怖いよ、とっても。君もそうだよね?』
見透かされているみたいで、なんとなくムッとした。
『ほら。君も怒るってことは図星なんでしょ?』
『違う‼』
『そっか。でも怖いと思ってなければ考えを理解することもできないでしょ。だから君も同じ』
レヴェルは違和感を覚えた。リュウイチは優しい。だがただそれだけなのだ。
口では怖いだのなんだの言ってはいたが、全く表情に出ていない。常に微笑を浮かべ続けているのだ。
たまに人形と話している気分になってくるほどだ。静かに笑みを浮かべて話を聞いてくれるリュウイチだが、内心何を考えているのかさっぱりわからない。
それが違和感の正体だ。人間味がないとも言える。
「最初はそれどころではなかったのだが、徐々に慣れていくにつれて不気味さを感じるようになってな。何を考えているのかわからない者と一緒にいるということは、少し怖かった」
「でも、アレクさん別に表情変じゃないですよ」
「今は弁えているからな。だが、それは本当に感情を表に出せている訳ではない。場の雰囲気に合わせて表情を変えているだけだ」
やがて傷も完全に治りきった。リュウイチの手当ても適切であったので治りが早かったのだろう。
実際はリュウイチがこっそり食事に自然回復力を促進させる植物の油を使っていたのもあるのだが、結果として治ったのだから文句は言うまい。
『傷、治って良かったね』
『ああ』
『君は帰った方がいいよ。帰りたくなくても、一度は帰るべきだ』
『なんで』
その時、リュウイチが言い淀んだ。
恐らくここで何を言うかも事前に決めてあっただろう。
なのに口が開かなかった。一瞬、それに自分でも驚いた表情を覗かせる。
「あの時、初めて本当の顔を見た気がした。鉄の仮面が一瞬だけだが剥がれた気がした」
「どんな顔だったんです?」
「酷く悲しそうな表情だったな。それまで笑顔しか見ていなかったから、余計にそう感じた」
リュウイチは数秒迷ったあと、そっと口を開いた。
『……だって君には、待ってくれる人が居るでしょ?』
その言葉の時には既に笑みに戻ってはいたが、感情は裏腹であることは間違いなかった。
その意味が指すのはつまり【リュウイチに待ってくれる人という存在がいない】ということ。
いや、元々はいたのだろう。でなければここまで悲しがる理由がない。
だが少なくとも今はいないのだ。
それどころか、リュウイチは外をほとんど知らない。知識としては知っているのでも実際に体感するのと聞き及ぶだけなのではまるで違う。
戦いかたを知っていても戦えなかったレヴェルのように。
『……わかった、帰る』
『そう。良かったね、怪我が治って』
『ああ』
リュウイチは帰らないでと言わなかった。寂しい筈なのに、寧ろ背中を押そうとして来た。
まるで自分から遠ざけたいとでも言わんばかりの態度だった。
「今思えば、ラグーンにもう二度と来ないでくれと言外に言っていたのではないかと」
「アレクさんは寂しいと思っていたのですよね?」
「ああ。だがそれを口に出す性格でもない。そしてこちらも気付けなかった」
リュウイチは自分の能力がどれ程危険か理解していてあの態度をとったのだろう。
進化も崩壊も生物にとって、実体あるものにとって毒でしかない。特に崩壊は何が起こるかもわからない危険なものだった。
怖かったのでリュウイチも使わなかったのだ。だからどういう状況でどうなるのか、使うまで知らなかったことがたくさんある。
「その後、家に帰りこっぴどく叱られた。何をしたのか理解していたから全て受け入れた。だが、その後も言い付けを破ってラグーンに飛んでいた」
「ラグーンってそんな簡単に行けるものなんですか?」
「いや、移動可能なんだそうだ。だがリュウイチが家から出られなくなってからは制御装置が故障しただとかで一ヶ所に留まるようになったらしい」
本当に偶々遭遇できたのだ。幸か不幸か、リュウイチに出会えた。
レヴェルにとっては幸であったのかもしれないが、同時に不幸でもあった。
「知らないことをたくさん教えて貰えた。効率の良い魔法の使い方や地形を活かした狩りの仕方、料理の手順。抜け出したのがバレるとまた怒られたがそれも気にならなかった」
成長してからは受けた恩を返すためにリュウイチが望んでいることをしてあげようと思った。
外に出られない彼のために外の植物や本、宝石を集めては持っていった。
無欲なリュウイチのことなので自分のために使えとほとんど受け取ってはもらえなかったが、たまに見せる行動から本当に望んでいるものはなんなのか、わからないことはなかった。
『なぁ、リュウイチ』
『ん?』
『外に出たいか?』
『それ、どういう意味?』
リュウイチはこれでも好奇心が強い。なんでもかんでも理論が組み上がれば試してみたいと感じる人である。
そのリュウイチが知っていることを確かめにいくということを望んでいない筈がない。
『そのままの意味だ。ラグーンから出たくはないか?』
『……どう、だろうね。出たいのかな』
『自分のことだろう』
『自分のことなんだけど、わからない。出れるなんて考えたこと、ないから』
それだけ長い年月、家に籠っていたのだ。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
『わかった。お前をここからだす』
『えっ?』
なにも考えずそう言った。リュウイチは少し驚いてはいたが、少し嬉しそうに笑った。いつもの仮面の笑みではない、本心の欠片。
『それが、現実になると良いね』
本当に現実になるのは、もう少しだけ後のことだった。