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56ー1 とある竜の過去

 次の日は日が昇って直ぐに移動を開始した。それでも回る島が多い為に文字通り超人のリュウイチと人ではないウィル以外の二人はかなりの疲れを溜め込んでいた。


 何時間も移動し続け、レヴェルの体力が限界に近づいた頃に最後の島にたどり着いた。


「ゼェ、ゼェ……」

「お疲れ様。俺のせいでごめん」

「いや、気にするな……。こっちが手伝いたいからそうしてるだけだ」


 レヴェルを休ませる為に一旦別行動をすることにした。結界を抉じ開けて中に入るのはリュウイチ一人でもなんとかなるので念のためにウィルもレヴェルの隣に配置した。


「じゃあ、いってくる」


 矢を放ち結界に突貫していくリュウイチはまさに『人離れした』存在そのものだった。一瞬で姿が掻き消える。


「コハクさん。あの方は一体?」

「よく……わからんのだ。初めて合った時、同じ生き物だとは思えんかったからな」

「生き物じゃない? じゃあウィルさんと同じ?」

「ああ、いやそういうことではない」


 レヴェルは呼吸を整えながらリュウイチが走っていった方を見詰めた。勿論もうそこには誰もいない。


 だがレヴェルの目はリュウイチを映していた。


「少しだけ……昔話を聞いてくれるか?」


 リュウイチが戻ってくるまでの間に。




ーーーーーーーーーーーーーー




 レヴェルの家はとことん規律や掟に厳しい家庭だった。


 竜人族の中でも珍しい白竜の一族であり、代々長を担っている家系であったからある意味当然とも言えるだろう。


 竜人族は子供が生まれにくく、また長命で見目が麗しい者が多い為に稀少性が高く愛玩奴隷として人気だった。


 子供の頃に連れ去られるケースが最も多かったが大人になればある程度の輩は退けられるのでそれまで集落を出ることは禁じられていた。


『白竜の一族の者であることに誇りを持たんか!』


 それがレヴェルの父の口癖だった。


 そしてレヴェルはこの口癖が心底嫌いだった。


 度々家を抜け出しては集落の子供たちと遊び、中々やんちゃな子供時代を過ごした。


 だがレヴェルの身分が邪魔をすることになる。


『あの子は長の子だから怪我でもさせたらどうするの』

『あの子と遊ぶのはもうやめなさい』

『あの子は住む世界が違うんだから』


 子供たちは親につれられて離れていった。竜人族には家格を気にするものが殆どだったのでレヴェルが王子だとしたら周りは皆平民なのと同じ状況。誰も遊んでくれなくなった。


 彼の不満はやがて脱走(家出)という方向に暴走してしまうことになる。


 ある程度の食料や生活必需品を持って集落から逃げ出した。勝手に家を抜け出す事自体は割りと頻繁にあったので逃げているときは誰も追ってこなかった。


「どうせ、自分の事は誰も必要としていない。だから自分を必要と思ってくれる場所に行きたい、と思っていた」

「当たり前じゃないですか。誰だって……そう思いますよ」

「今思えば、本当に馬鹿なことをした。集落の外に出るなど……自殺行為だった」


 集落を出たレヴェルの食料はたったの三日で無くなった。元々持ってきた量が少なかったのと、あまり日持ちのするものを持ってきていなかったというのがある。


 家出は子供の浅知恵でなんとかなるものではなかったのだ。


 それでも集落に帰る気になれず、川岸で座り込んでいると運悪く密猟者に見つかった。竜人族は一目見ただけではあまりドワーフやエルフなどとの差違はあまりない。


 恐らく、種の稀少さではなくレヴェルの容姿に釣られて来たものだと思われる。


 戦闘の訓練は受けていたものの、大人対子供だ。一対一とはいえ劣勢には変わりない。


「ああいう者の存在は知っていたのだが、まさか自分がそれに会ってしまうなどとは思いもよらなくてな」

「どうなったんですか?」

「なんとか拙い魔法で目眩ましをして逃げ出した。空を飛べたのが唯一の救いだった。相手は猫の獣人だったからな」


 深手を負ってはいたものの飛べない傷ではなかったので持ち物をなんとか抱えてその場を離脱した。


 兎に角上へ、上へ。あの獣人が追ってこられない高さへ。


 必死だった。気付けば雲を突き抜けていた。


 それなのに、雲の上に地面があった。草木が青々と生い茂り、精一杯に葉を広げている。


 幻覚かとそれを触ってみたり臭いを嗅いでみたりするが、どれも本物としか思えない質感だ。空を飛ぶ体力もそろそろ限界なのでそっとその地面に足を下ろしてみる。


 あまりに急いで飛んでいたので途中、片足の靴が脱げていた。裸足の足の裏からチクチクとした草の感覚が伝わってくる。


 恐る恐る歩き回ってみると様々な植物があった。果物や木の実がなっている木が其処ら中にあり、無心でそれを貪る。


 食料がなくなってから何も食べていなかった上に緊張の連続で最初は喉を通らなかったがなんとか流し込む。


「どれもこれも旨かった。ここが天国かと思ったさ」

「それって……御伽噺の」

「そう。誰も本当にあるとは信じていなかったあの【ラグーン】だった」


 食べ物を探しながら奥へ奥へと進んでいくと、ガラス張りの温室を見つけた。集落で生きてきたレヴェルは見たこともない、美しい花々で埋め尽くされた温室。


 開きっぱなしの扉から中に入ると、強烈な甘い花の香りが全身を包み込む。気が抜けたのか、地面に座り込んでしまった。


 腹は膨れたが傷は治らない。逃げるために無理に動いたせいで傷口は大きく開き、血がダラダラと流れ出していた。


「そこに来たのがあいつだった……。ジョウロを持って暢気そうに『どうかしたの?』と話しかけてきたときには流石になんだこいつと思ったが」

「えっ⁉ アレクさんってラグーンに住んでたんですか⁉」

「ああ」


 血を見たリュウイチの行動は早かった。直ぐに屋内に連れ帰って適切な処置を施した。


 回復魔法は苦手だからごめんね、と何度も話し掛けてきた。


 後にわかることだがリュウイチは進化と崩壊を司っていた為にその真逆の性質の『再生』に関係する事柄は苦手だったのだ。


 レヴェルは最初、それどころではなかったので抵抗できなかったのだがある程度回復してくると脱走するようになった。


 油断したところを売られるのではないかと心配しての事だったが、リュウイチは追わなかったし、毎日決まった時間に食事を温室の扉の前に運んで置いていってくれた。


「罠とも思いはしたが……あいつの事が気になって暫くそこで過ごしていたんだ。あいつが一歩も外に出ないことなんかも気になっていてな」


 温室は屋敷に直接繋がっているので厳密に言えば外ではない。何故かリュウイチは頑なにそこから先に進もうとしなかったのだ。


 レヴェルは一か八か、話しかけてみることにした。子供だからこその行動だったのかもしれない。


『なぁ、お前……なんで外に出ないんだ』

『出られないから、かな』


 突然話しかけられたことに少々驚きながらもリュウイチは直ぐに答えた。だがその表情はどこか寂しげだ。


『なんで』

『わからない。……そんなことより、ご飯食べよう? 今日は上手く作れたんだ』

『……この辺、お前の家なのか』

『そうだよ』

『ごめん。木の実とか、勝手に食った』


 いきなりの謝罪にキョトンとした顔をしてから少しだけ笑う。


『いいよ。いくらでもあげる』

『いいのか?』

『もう勝手に育ってるから。一応管理されてた果樹園だったんだけど、もう育てられないから。好きなだけ持っていっていいよ』


 リュウイチへの印象は『変なやつ』だった。

 多分レヴェルの過去は直ぐ終わります。

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