55ー7 終われない。終わりたくない
ブローチを鞄にしまってからリュウイチが結界がある場所に向かおうとレヴェルに話す。
「結界はこのままでいいのか? 解かないのか」
「今は解かない。地面に飲み込まれたって人たちも無事だ。安心していい」
地図を広げ、結界のある場所をいくつかレヴェルに書き込んでもらう。リュウイチはそれにひとつずつ番号を振っていった。
「この順に回って結界内部にある物を集めたいんだ。このブローチみたいに、どこかにヒントは必ずある」
竜形態になったレヴェルの手の上に飛び乗り、もう一度だしたブローチを自分の胸につけた。
「どうして、ヒントがあるって言い切れるんですか?」
「勘、に近いものだけど……この騒動を起こした人のことをよく知っているから。かな」
シスルノとリュウイチ、ウィルを手で庇いながら結界を入ったときと同じ要領で強行突破し空を駆る。
リュウイチはレヴェルの手の中で残りの矢の本数を数えて肩を竦めていた。明らかに足りないのだ。
「あの時無駄に使いすぎたか……。戦うにしてはあまりにも心許ないな……」
リジェクト戦で放ち続けていたのが仇になった。スキルが封じられている今は無尽蔵に創り出すこともできない。
これから結界を順に回っていくとして、ひとつの結界につき出入りに矢が最低で四本必要だ。
それから逆算するとあの自称創造主と戦うことになった場合に使える矢はたったの十数本程度。
あの化け物にそれだけの数で立ち向かえるとは全く思えない。
かといってどこかから補充することも難しい。そもそもリュウイチの弓は普通の人は引っ張ることすらできないほどのもので、矢もそれにあわせてかなり丈夫なものを使っている。
そこら辺に売っている矢ではつがえただけで折れてしまうのだ。
「なんとかしないと……」
仕方ないのでその場で作り始める。幸い木や羽なんかは昔使っていた魔法が付与してあるバッグに入っていたのでそれを使うことにする。
(昔はゴミだろうがなんだろうがなにもかも新鮮で、要らないものでも全部回収したりしてたからな……。変な趣味で助かった)
昔、下界に降りて直ぐのことを思い出して少し笑った。その辺に落ちている落ち葉なんかも拾ったりしていたからレヴェルによく怒られていたものだ。
「あの、手伝います」
「いいんですか?」
「はい。矢を作るのは慣れてますから」
シスルノは狩人だったらしく、経費削減の為に矢を自作することもよくあったらしい。……この顔で狩人はあまり似合わない。
ドワーフなのでこれ以上成長しないらしいのだが、子供にしか見えない。実際にまだ子供なのだが、ドワーフは十歳で成人扱いになるのだそうだ。
「本当手慣れてる」
「貴方の弓には敵いませんよ。どうやったらあんなにぴったり同じ場所に当てられるんですか?」
「練習の成果、としかいえないかな」
弓は何百年と鍛え続けたのだ。目を瞑っていても狙ったところに当てられるくらいの腕はある。
ちなみに、リュウイチの弓に使う矢は製作過程で硬質化する魔法道具を使うので材料はどこにでもある普通の木と石だ。
鏃を鉄にしないのは、加工しにくいというのもあるが、石の方が力が流れやすいのだ。リュウイチは基本なにかしら能力を上乗せして矢を射るのでそれに特化した形である。
そうやって空き時間に矢を作り、決めた順に結界に入っては結界の中心にあるミグノ文字を直して再び飛ぶを繰り返す。
「結界は全部ミグノ文字で作られているんですか?」
「恐らくは。それに文字を正しい形に直したらなにか出てくる。俺にのみ解ける暗号ってところだろうね」
ミグノ文字の間違いを修正すると、決まってなにかした小物が出てくるのだ。
ブローチにはじまり、ネックレス、ネクタイピン、時計、バングル。どれもリュウイチには見覚えのあるものだった。
リュウイチはそれら全てをわざわざ身に付けながら次の結界へと移動する。
辺りは真っ赤に染まり始めていた。
『どうする? もう暗くなる。俺達はまだいいがシスルノは帰さなければいけないだろう』
「そう、だね。急ぎすぎても仕方ない。これ以上進むのは明日にしようか。レヴェル、シスルノの家に引き返してくれ」
『承知した』
五つの島々を飛んで渡り、シスルノも大分疲労が溜まっているのがわかった。口には出さないがレヴェルも疲れている。
リュウイチだけはたとえ不眠不休でも問題ないが、二人には休息が必要だ。
特にレヴェルが無理が祟って倒れたりでもしたら島を移動することすらままならなくなる。
焦りたいのは山々ではあるが、ここは慎重に行くべきだ。
レヴェルが大きく旋回して最初の島に戻る。
「太陽が海に溶けていってるみたいですね」
「そうだね……」
日が水平線の下に沈んでいく。シスルノの家につく頃にはもう殆ど太陽の光は届かなくなっていた。
リュウイチとレヴェルも泊めてもらえるとのことなので全員でお邪魔することにする。ウィルは相変わらず無言で隣に立っている。
リュウイチが鞄から食料を提供し、簡単な夕食を用意した。本当に簡単なもので済ませたのでリュウイチからすれば適当に作った夜食である。
それでも食事を満足に摂れていなかったというレヴェルとシスルノは感激していた。シスルノなど号泣していた。
レヴェルも大分感極まっていた。
「レヴェルは毎日食べてただろ。俺のぶんまで」
「そうなんだが……ここ最近お前が居なかったせいでアインが料理をするようになってだな……不味くもないんだが巧くもない微妙な飯だった……」
「お前それアインに言ったら殴られるぞ」
どうやら食事に関してはかなり揉めたらしい。
腹一杯平らげて落ち着いたのかレヴェルは直ぐに寝てしまった。軽く五人前は用意したのだが。そしてリュウイチは殆ど食べていないのだが。
余程碌なものにありつけていなかったのだろう。
リュウイチが外を見つめながら紅茶を飲んでいると部屋の奥からガタンとなにかが倒れる音がした。
「? ……ああ、シスルノか。眠れない?」
「はい、ちょっとだけ……」
さっきの音はレヴェルを起こさないようそっと移動したのだが箒を倒してしまったらしい。
「あいつならあれくらいの物音じゃ起きないから安心して。それよりなにか飲む? ホットミルクでもいれようか。蜂蜜いれて」
「は、蜂蜜なんて、高級品を」
「大丈夫大丈夫。たくさんあるから。ね?」
恐る恐るリュウイチの持ってきたホットミルクを受けとりチビチビと飲み始めた。微笑ましい。
暫く無言で外を見ていた二人だが、シスルノが口を開いた。
「なんでアレクさんはあんなにも強いんですか?」
「強くは………ないよ。つい最近も、負けた。相手の戦力を見誤った挙げ句、捕まって……命からがらなんとか逃げて……それでも、まだ足掻こうとしてる。きっと『救い様のない馬鹿』って俺のことを言うんだよ」
あの自称創造主には逆立ちしても勝てる見込みはない。それでもまだ一縷の望みを求めてレヴェルまで危険に晒して足掻いている。
これを馬鹿と言わずなんというのだろう。
「アレクさんは強いよ。逃げてないから」
「逃げられないだけだ。逃げたら……どうなるかわからないから、それが恐いだけ」
「僕だったら逃げたくなります。だって、恐いんでしょ?」
恐いに決まっている。できることなら、全部投げ出して目を閉じ耳を塞いでなにもかも知らないふりをしていたい。
「全部終わるのが嫌なんでしょ?」
シスルノの言葉で気がついた。
「そうだ……。俺は終わらせたくないんだ。終われないし、終わらせたくない。まだ行ってない国もあるし、食べてないものもある」
かつて下界に降りてきたときと、天宮城としてこの世界に足を踏み入れたとき。
どちらも同じ場所でも全く違った美しさがあった。見慣れない景色、初めて口にする食べ物。ラグーンよりもずっと遠い空に塩の風が吹く海。
そして、下界に住むレヴェルやアイン達。町行く人々。
全てが好ましく、尊い。
たとえ影の部分があっても、人は人の本質を忘れることはない。
「俺は……全部守りたい。不可能でも無茶でも、やれるだけのことはやりたい」
気付けば頬には涙が流れていた。雫は少しずつ服の上に落ちていく。
「終わらせるわけには……いかないんだ」
全てが愛しい、この世界を守るために。