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55ー5 終われない。終わりたくない

 ちなみにシスルノはドワーフの男の子です。

 リュウイチが後ろを振り返り、小さく眉を顰める。それに気がついたシスルノもリュウイチの視線の先を追うが特になにもない。


「どうかしましたか?」

「今……水の音がした」


 警戒しながら弓をゆっくりと構える。引き絞ることはしないが、今すぐにでも射ることが可能な体勢だ。


「水の音?」

「多分。俺の耳じゃないと聞こえないくらい小さかったから」


 会話の途中で再び眉を顰めて反対側の地面を凝視する。また弓を構えるが、何かあるという確証がないのか特に行動には移さない。


 矢を無駄打ちして数を減らすわけにもいかないし、下手に飛ばして何かが起こっては元も子もない。


「……そんなに重要なことなのか?」


 レヴェルの問い掛けに周囲を警戒しながら呟くように答える。


「うん。結界内で水の音がするってことは何かある証拠だ。ここは雨も入ってこないからね。気温も下がらないから結露とも考えにくい」


 人為的なものなのか、自然現象なのか。その答えでこの先どう動くかが大きく変わる可能性もある。


 用心に用心を重ねておいても十分すぎる程だ。


「どんなことが起こってもいいくらいには対処しておかないと」

「……それもそうだな」


 レヴェルも気を引き締める。ここはある意味で敵地なのだ。敵が具体的に誰なのかは判らないが。


 十分に警戒しながら周囲を観察していると、シスルノが声をあげた。


「あの、こっちになにかあります」


 宿屋の外壁、そこに小さく文字が刻まれていた。よくよく見るとこの宿屋だけではなく石畳や飲食店、果てには掲示板のポールにまで彫り込まれている。


 悪戯にしては手が込んでいる。


「この文字……シスルノ、お手柄だ」

「これは?」

「ミグノ共用語。今は魔学文字って呼ばれてるやつだよ」

「魔学文字……アインの言っていたやつか?」

「そう、それ」


 あまり覚えていないレヴェルの為にアインに教えてもらった知識とリュウイチとして培った知識を混ぜて説明する。


「ミグノ共用語は魔法学を最初に確立した時に使われた魔法言語なんだ。それを作った国はレヴェルが生まれる数百年前に滅ぼされちゃってるけどね」


 リュウイチは近くにあるミグノ共用語を指差す。


「これは『固める』という意味を持つ文字だ。ミグノ共用語は魔法を使うためだけに作られた言語で、こうやって彫ったり言葉を口にするだけで魔法が使える仕組みになってる。恐ろしいことに空気中の魔力を使用するから自分の魔力を一切消費しないで行えるんだ」

「じゃあやりたい放題じゃないですか?」

「そうだね。勿論制約とかはあるけど、これを作ってしまったが為にその国は滅びる結果になった」


 レヴェルが神妙な顔をして、戦争か? と問う。その問い掛けにリュウイチは少し考えて首を振った。


「いや、ちょっと違う。確かに暴動は起きた。魔法という危険な存在が一気に国内外に出回ったからね。それによって不満が爆発した国民とかが魔法で内乱を引き起こすとか各地であったよ」


 リュウイチはその時期を目の当たりにした。人の痛みを理解できる彼には、見て見ぬふりをしなければならないのは辛いことだっただろう。


「人は、強い力を得るともっと上をと求め始めてしまう。その結果、全部壊れてしまうなんて歴史はいくらでもある。レヴェルと一緒に止めに行った二次ラグナロクで使われた竜脈を使う武器と同じだ」

「自滅したのか?」

「そう……だったね。そんな感じだった。よくわからなかったけど、たった数瞬でいくつもの種族が滅びたよ」


 別に爆発したとかそういうわけじゃないよ? とレヴェルの想像していたものとは違うということを言われた。魔力の使いすぎで土地が崩壊したでは、と思ったのだが。


「魔力の使いすぎで、ってのは合ってるよ。けどそんな派手じゃなかった。魔力が急激に減少して、それに耐えれなかった種族が次々と死んでいったんだ。……人間もその一種族だよ。魔力に慣れすぎて、無くなったら生きていけなくなってしまったんだ。酸素みたいなものだと思ってくれればいい」

「つまり、酸素が一瞬で世界から消えたということなのか」

「起こったこととしてはそれに近いね。息が出来ずに沢山死んだ。目立つわけにもいかなくてラグーンからこっそり対処したけど、間に合わなかった」


 手をグッと握り奥歯を噛み締める。よほど悔しかったことだったらしい。


「それから、使用禁止令が出されて魔法文字は消えていった。年も経てば、存在自体忘れられていった。そんな代物だよ」


 リュウイチは結界越しの空を見る。こんな状況でも雲がゆったりと流れていく様は、なんだか普段と変わらない気がして安心した。


「だから結界を張ったんだ。この魔法文字を使うためには魔力が必要だ。でも昔と今は魔力の濃度が違う。文字を扱えるほど濃い場所なんて今はほとんどないからね」


 リュウイチはミグノ文字を凝視して紙に書き写していく。レヴェルとシスルノ、ウィルも手伝って辺り一帯の文字を書いた。


 ミグノ文字を使うには手順が必要で、こんな風に適当に書き写すだけでは発動しないらしいとのことだ。


「とりあえず、言われた範囲のものは全て書いたと思うぞ」

「書けました」

「ありがとう。少し待ってて」


 リュウイチは暫くそれを見つめていたかと思うと、急に矢筒から矢を取り出して石畳を殴り始めた。


 ……いや、殴っているのではない。


 ミグノ文字を彫っているのだ。


「お、おい、大丈夫なのか?」

「わかんないけど、こうすればなにか解るかもしれない」


 リュウイチはミグノ文字を数個、一定間隔で彫り進めている。


 シスルノとレヴェルにはさっぱり判らない領域だ。ウィルの場合知っていても喋れないので何を考えているのかもさっぱり判らない。


「ミグノ文字はずっと前に封印されたものだ。それを扱えてたから驚いていたんだけど、どうやら間違えて使ってるみたいだ」

「間違えて?」

「もしミグノ文字が伝わっていたとしても、あれは当時でも難解な言葉として知られていたから……ちゃんとした言葉の使い方は伝承されていないんだよ、多分。広まったのも簡単な文字ばかりだったし」


 リュウイチは簡単に言ってしまえば化け物の一人である。特に記憶力に関しては仲間内でも群を抜いていた。


 そんなリュウイチだ。魔法言語の暗記など容易くこなしている。


「やっぱりそうだ……これは、もしかして」


 疑問が確信に至りリュウイチが口を開きかけた瞬間、大きく視界がブレた。足元が、ない。落し穴だと理解した瞬間にはもう対処のしようがなかった。


「なっ⁉」

「アレクッ⁉」


 そのまま真下に落ちていく。スキルも使用できないのでこの穴が深かったらただでは済まない。


 なにか掴めないかと落下しながらもがくが、意外にも横幅が広いのかなにかが触れる感覚すらしない。


 そのまま落ちるしかなかった。

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