9ー2 最悪な訪問者
その内、天宮城が席を外すと自然と話題が天宮城になっていく。
「天宮城君って格好いいよね」
「そうよね。頼れる男の人って感じ」
「天宮城君と何処で会ったの?」
「ゲリラ豪雨の日かな。駅に一番近いコンビニの傘が売り切れちゃって、少し遠かったけど別のコンビニに行ったの」
「そこで買って知り合いになったの?」
水野は一瞬照れたような困ったような表情になり、
「無かったの。そこも売り切れてて」
「えー」
「そこで偶々レジをしていた天宮城君が自分の傘を貸してくれたの」
「なにそのシチュエーション! 私のやってたドラマでもやってないベタ展開」
「僕は折り畳み傘があるので使い古しでよければ、って」
「ふぁー」
顔を赤くしながらその時のことを話す水野と想像して興奮している小林。
「それからそのコンビニに寄るようにして…………」
「好きになっちゃったんだ」
「へっ⁉ いや、別に、好きとかそんなんじゃ…………!」
「顔真っ赤だよー?」
ニヤニヤしながら水野をからかう小林。
「うーん、ライバル出現かぁ」
「え? ひなたちゃんも?」
「も?(ニヤニヤ)」
「あっ………」
口が滑った、と更に顔を赤くする水野。
「私は最初から狙ってるよー? 水野さんよりスタートが遅くても立派に戦ってみせるわ」
勇ましいことである。
「まぁ、もう一人手強い強敵が居るんだけどね」
「強敵?」
「葉山さんって知ってる?」
「天候操作の?」
「そうそう。あれは確実に天宮城君を狙ってるよねー」
「そうなの⁉」
「あの目は絶対にそうだよ。私の目はごまかせないからねー」
女の戦いに知らず葉山が参戦させられた瞬間である。
「唯一の救いは天宮城君にそんな気がないってことだよね。まぁ、そのぶん私たちもそう見られてないんだろうけど」
熊が呆れたようにため息をついた。
「わ、私は別に………」
「あれあれぇ? さっき自分で言っちゃったのにぃ?」
「う、うう………」
もう言い逃れできない。
「そんなことより、天宮城君になにか仕掛けた?」
「仕掛―――!?」
「私、色々やってみたんだけどなぁー。観覧車とか間接キスとか」
間接キスしたのはクレープ屋の時である。さらっと言った小林の一口頂戴に、さらっと差し出す天宮城というどうみてもそれをやりなれているカップルのような状態に持ち込んだのだ。
残念ながら天宮城は幼馴染みの女性陣としょっちゅう同じことをやっているので抵抗すらない。
その状態にさらっともっていける小林の演技力も流石というべきものだったのだが。
「お待たせしました…………? どうかしたんですか?」
「いや? なんにも? ねぇ?」
「う、うん。なんにもないよ」
「? そうですか………」
天宮城にぴったりと寄り添うようにくっつく小林とほんの少しだけ離れてはいるもののかなり近い水野に挟まれて微妙に困惑気味の天宮城。
なにかあったのだろうか、と思いつつ、寧ろ自分がそれに関係しているとは一切気づかないままなにか話題になりそうなことはないかと必死に思考する。
「えっと……あ、そうだ。マカロン焼いてきたんです。食べますか?」
「本当⁉ 食べたい‼」
「わ、私も食べたい………」
妙に食い付きが良かったのでそんなにお腹すいていたのだろうか、等と微妙に勘違いしつつ近くのベンチに座って持ってきていたタッパーを開ける。
持ってくる手段がタッパーというのが残念感が漂うがその中にあるマカロンは薄いピンクや緑、黄色や水色など、様々な色が各々を主張していた。
「可愛い」
「ほんと、上手………」
「そう言っていただけると作った甲斐があります」
少し照れながら天宮城が二人にマカロンを差し出す。それを受け取ってサクサクと食べはじめるが、ここで妙な争いが勃発した。
「「美味しい‼」」
二人揃って賞賛する。そこから先はマカロン争奪戦である。かなりの量があったはずのマカロンが次々と消えていった。
物凄い勢いである。天宮城も二人で食べる予定だったので偶数個用意してあったのだが見事に最後一個余った。
互いに睨み合い、どっちがマカロンを食べるかという至極どうでもいいことに火花を散らす。
天宮城が一番状況を理解しておらず、一人でおろおろしていると最後の一個が消えた。
「「「え?」」」
手の中から消えた、否、正確に言えば突然割り込まれた手がマカロンを持っていった。
バッと顔をあげると男性が美味しそうにマカロンを頬張っていた。
「「あー‼」」
誰だよこの人、と全員一瞬思ったが水野と小林は同時に声をあげる。そんなことよりマカロン盗られた、と。
ただ一人、声すらあげることが出来ずに固まっている人がいた。天宮城だ。
目を見開いて小さく口を開けたまま固まっている。
「……天宮城君? どうしたの?」
「小林さん、水野さん…………逃げてッ‼」
叫んだ瞬間、天宮城は二人を両側に突き飛ばした。すると男が天宮城の首を掴み、無理矢理に立ち上がらせる。
「!」
「天宮城君⁉」
「逃げて‼」
首を掴まれたままだが、その掴まれている手を足で蹴りあげる。
「くっ………ふふふ。気づくのが早かったね。てっきり忘れられちゃったのかと心配したよ」
「はぁ、はぁ、はぁ………ここまで気持ち悪い能力波の人を忘れるはずがないからな………」
蹴られた手首を押さえながら笑う男。天宮城はなんとか拘束から逃れた首を同じように押さえながらその場から飛び退く。
手の隙間から見える首が、手の形に真っ青に染まっていた。
「龍一君⁉」
「秋兄に連絡して! 例の手紙の人って言ってくれれば多分判るから‼」
「させると思う?」
「俺がさせます!」
手を鞄に突っ込んで数枚のカードを取り出す。
「水野さんと小林さんはそのまま逃げて秋兄に連絡を‼」
「でも………!」
「俺はこっちで手一杯だ! 連絡できるのは二人しかいないんだ! 頼む!」
水野が困惑した表情で天宮城の肩を見ると琥珀が意思の籠った目でじっと見つめ返してきた。
「っ………判ったわ! 任せて‼」
「水野さん!」
「ここで逃げて秋人さんに連絡を取るのが私たちのやるべき事よ‼」
「…………うん!」
水野と小林は互いの手をしっかりと握りあって走っていった。
「逃がしても意味はないのに」
「僕がボコボコになるのを見せたくないだけです。数少ない見栄張りです」
「へー。でも舐めてかかると僕がやられそうだね」
カードを前に突きだしつつ、静かに構えをとる天宮城に関心の声をあげながら自分の力を溜めて一気に放出する。
「ぐっ………」
「ああ、君には能力が見えるんだったね? どう見えているか教えてもらっても?」
「………大量の極彩色の光があり得ない動きで波打ってるとでも言えばいいですか?」
「わかんないなー。まぁ、君からはこれから嫌でも色々と聞かせてもらうから」
天宮城は周囲に人がいないことを確認してから持っているカードに向けて波長を飛ばすよう意識する。するとカードに書かれているマークが光りを放つ。
「それがスキルカードかい? 面白そうだね」
「………よくご存じで。それならこれの怖さも知ってますよね?」
「勿論だよ。だからそれを使わせるわけにはいかないなぁ」
その瞬間、天宮城が小さく悲鳴をあげてカードを手放した。
カードを持っていた手が小刻みに震えており、酷い火傷を負っている。
「電気…………」
「そう。電気だ。君は気付いていないかもしれないけどこの周辺には僕の仲間が沢山いる。どういうことか、わかったかな?」
「理解はしています。ですが反抗させていただきます。こんななりでも最高幹部です。ここで簡単に折れては部下に示しがつきません」
火傷の痕を触ると皮膚が再生されて元の白い腕に戻っていく。
「凄いねー。魔法みたいだ」
「あまり人前では見せたくないんですが………貴方は別です。全ての手札を切ってもここから逃げます」
「ちゃんと二週間、いや三週間は待ってあげたじゃないか」
「ええ。ですが抗わないとはひと言も言っていませんよね?」
変な理屈を押し通そうとする天宮城を楽しそうに見る男。
「そうだね。やっぱり僕、君が気に入っちゃった」
「………それはどうも。あまり嬉しくはありませんが」
天宮城はグッとカードを握り、息を吐く。
(少しずつ………混ぜて、送り出す…………一気にやれば直ぐに動けなくなる。逃げるときの事も考えてここは温存しながら戦わないと………)
黒い靄が一瞬カードを包んだ。するとカードの端に切れ込みが入る。その瞬間、まるで天宮城と男を囲むように火の輪が地面に広がり、ドーム状に炎が包み込む。
「これは………」
「アッツ⁉ やり過ぎた⁉」
中から外の様子は全く窺うことはできない。外からも中は見えないだろう。ゴオオオ、と炎が燃え続けているので音も聞こえない。
炎のフィールドは収まることを知らず、中は本当なら酸欠でそれどころではないのだろうが、息苦しさはない。
その代わりに熱が普通の炎よりずっと伝わってくる。
数秒中にいるだけで二人とも汗が吹き出している。
「熱い………調節へたくそだな、俺………」
本来攻撃手段を殆ど持たない天宮城がこんなことをできているのにはその手に握られている数枚のカードのお陰だ。
現在開発中の能力を封じ込めたカード、それがスキルカードだ。
天宮城が波長を覚えて他人の能力を真似出来るのを応用し、波長を予めカードに覚えさせ、力を流すことでその波長を外に出す。
だが、今のところこれが扱えるのは力そのものを流し入れることのできる天宮城だけである。
他の人も流し入れることも出来なくはないがあまりにも燃費が悪く、火種程度の火を出しただけで倒れてしまうほどだ。
波長をある程度制御する必要もあるので今の段階だと天宮城専用になってしまっている。
これは波長を閉じこめて使うようなものなので何度か使ったら壊れてしまうので使い捨ての道具なのだ。
カードも勿論、波長を覚えさせる事ができるのが実質天宮城だけなので一枚作るだけで相当なコストと時間がかかるのが難点だが、こういう場合には本当に役に立つ。
「っ」
スキルカードに力を込めながら飛んでくる針のようなものから避け続ける。恐らく麻酔かなにか塗ってあるのだろう。たまに絶対に避けることができないような針が飛んでくるので『重力』のスキルカードでそれを叩き落としていく。
天宮城も勿論『電撃』のスキルカードで応戦しているのだが何故か全く当たらない。
「何の能力だ………」
重力の能力なら逸らせることは出来なくはない。だが、あそこまで完璧に守れるほど万能な力ではないのだ。
先程からあの男も針だけではなく火だったりテレポートで移動したりして攻撃しているのだが何故か当たらないようにやってくる。
「⁉」
少し気をとられたその瞬間、何かに掴まれる感覚がした。まるで巨大な手に全身が掴まれたかのように動かない。
危険を感じた天宮城は自分に重力の波長を最大にしたものをかける。ズドン、と自分の体が押し潰されるような痛みと共に地面に落下した。
「痛⁉ でも、助かった………」
先程まで居たところを針が通過するのを見ながら折れた足を擦って回復させる。
男もまさか足が折れるほどの負荷を自分にかけるとは思っていなかったようで唖然とした様子でそれをみていた。
「どうです? 僕だって戦えなくてもそれなりに頑張るでしょう?」
「すごいね。それは本当に凄い。だけど自分の事を大事にする事だね」
「それはご忠告どうも。ですが、こんな体なのでね」
肩を竦めて立ち上がる。先程の自分にかけた重力の分でカードは完全に破れて使えなくなってしまった。
それと同時に電撃のカードと周囲を覆うために使っていた炎撃のカードも破れてしまった。
炎の膜が地面に小さな焦げ目をつくって綺麗さっぱり消え失せる。
「厄介だね、スキルカードってやつは」
「そうですね。ですが使い心地は悪くないですよ」
未だ残っているカードは、『転移』『身体強化』『爆撃』『創作』の四枚。
爆撃が使えそうだが威力の調整が相当難しい上消費が半端ではないので余程の事がないと使えない。それどころか何かに触れたときにそこを爆発させる物なので天宮城にもダメージが行く。
創作は事前に試したら5つの物を15秒作ることができた。それ以上はカードが破れてしまう。
創作は自分の思った通りの物を作ることができる能力だ。創作にも色々とやり方があり、絵を具現化するものやイメージするだけで作れるものもある。
だが、作り出せるのは数秒だけで数も幾つか作ると何日間か能力が使えないという地味に使えない能力だ。
転移は実は何度か使用してしまっているので後一回、身体強化も残っている分は30秒ほどだ。
絶望的である。天宮城としては先程の炎の膜が続いているうちに終わらせたかったのだが、無理なものは無理だった。
汗が目に入り、目が痛むが目を瞑ったらその時点で針投げられて終わりなので瞬きも出来ない。
気を抜けば倒れそうな緊張感に包まれながら天宮城は足が地面についた瞬間だけ身体強化をかける。すると超人並みの脚力に一気に引き上げられ体が数メートル跳び上がる。
「まだ………!」
飛んできた火を創作のカードで作った空中に透明な足場を作り出し空を蹴って一気に距離を詰めた。
その瞬間、天宮城の気が逸れてしまった。それを見計らったかのように予想もしていなかった方向から何かが飛来した。
「あっ………⁉」
自分の首筋に刺さっている銀色の細い棒のような短い針を絶望的な目で見つめる。が、その目を男に向け直し、拳を握った。
落下しつつ加速していく天宮城の体がその瞬間、ピタリと止まる。足をなにかに引っ掻けたかのように前につんのめり、派手に地面に脇腹をぶつける。
「う………ぐ」
痛みに顔を歪めたその時、口から大量の赤い液体が勢い良く飛び散った。
力を使いすぎたのだ。反動がいつもの数倍の痛みを増して天宮城に襲いかかる。
首筋に刺さっている針を引き抜いてふらふらと覚束無い足取りで立ち上がるが膝から再び崩れ落ちてしまう。
倒れても尚小刻みに震えながら手を支えにしつつ体を起こす。
霞む視界を無理矢理に目を開けることで視界を何とか確保し、ポタポタと垂れる鼻血を乱暴に袖でぬぐう。
「熱い………熱い………」
小さく呟きつつ、口に溜まっていた血を吐き出す。腕を力なくだらんと下げ、荒い呼吸をなんども繰り返す。
「熱い………痛い」
ギロ、とそれまでとは一変した顔つきで男を睨み付ける天宮城。その目は真っ赤に染まっていた。