54ー1 世界の真実
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
何度岩にぶつかったか覚えていない。
体を打ち付ける度に感覚が麻痺していくのがわかった。
「う、ぐ……」
無我夢中で掴んだ木の枝に引き上げられ、なんとか水の中から脱出することはできたが凍てつく寒さに肌を直接痛め付けられる。
全身痣だらけで、肌は青白く生気がない。よく生きてこられたものだ。生きているのが奇跡である。
「はぁっ、はぁっ、ぅ……」
這いつくばって岸に上がり、感覚の薄い体を酷使する。
だが、それまでだった。流されてきた時点で体力を使い果たしている。このままどこかに移動できるほど、体も強くない。
ぼんやりと霞む眼前に、黒い影が見えた。……そんな気がした。
カチャカチャと耳元で金属質の音が響く。
「ん、ぅ……ひっ⁉」
目を開けると、顔を覗き込むようにしてウィルが立っていた。正直、戦闘用人形が直ぐそこでこちらを観察している状況というのはビビる。
特にウィルは骸骨に似たデザインなので余計に恐ろしい。
「あ、ああ……ウィル……。ごめんちょっとビックリした……」
ウィルはウィルで微妙に落ち込んでいた。自分の外見が怖いことも理解しているらしい。
「やっと起きたね、亀」
「っ!」
突如背後から声をかけられ、武器を取り出そうと空中に手をやるがいっこうにバズーカが現れない。
「ああ、ここでは武装の一切を禁じるからそのつもりで。それと亀。どうしてこんな所にいるのか判ってる?」
「………負けた、のは覚えてる」
「うん。そうだね。お前は負けたんだ。ま、偽物が僕に勝てる筈ないんだけど」
ククク、と笑いながら少年がリュウイチの武器を弄ぶ。
弓の方ではなくバズーカの方だ。
「これを僕が持ってることの意味、わかるよね?」
リュウイチは天宮城の時にアインから聞いた話を思い出していた。
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「あ、そうだアレク。専属武器は絶対に壊しちゃダメよ」
「なんで?」
「前も言ったと思うけど、あれは所有者の魂を具現化するものなの。だから圧し曲がる程度なら自己再生でなんとかなるけど完全に折れたりすると死ぬから気を付けてね」
「諸刃の刃かよ……」
「そ。でもその分強いし、アレクの場合近づく前に相手を倒しちゃえる力があるからそこまで気にしなくてもいいと思うけどね」
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つまり、あれを壊されたらもう本当の意味で終わりなのだ。
心臓を握られているのと何ら変わりはない。
「命を助けてやったんだ。僕の言うことくらい聞いてくれるよね?」
「……どうせこちらに拒否権はないんだろう?」
「その通り!」
少年はぱちぱちと戯けたように拍手をして、どっかりと腰を下ろす。
外見年齢に見合わない年寄り臭さがある。少年の姿はしているが、実年齢はきっと少年ではないのだろう。
「この世界を壊してよ」
「なっ……⁉」
「僕が直接やっても良かったんだけど、それだと直ぐに終わっちゃってつまらないからね。お前がやればいい具合に時間かかって暇潰しになるかなぁって思って。ナイスアイディアでしょ?」
拒否権はないと最初に言われたし、こう来るだろうとは思っていたが面と向かって言われるとやはり衝撃を受けてしまう。
「お前がこの世界を終わらせるんだ。やらないっていうならお前を殺してから僕が世界を終わらせる。暇潰しが一瞬で終わっちゃうけど、元々そのつもりだったしね」
「………」
「ほら、どうするか決めなよ。生きてこの世を滅ぼすか、それとも今ここで死ぬか。まぁ、世界を滅ぼした後は僕が責任をもってお前を飼ってあげるから心配しなくていいよ」
リュウイチは数秒視線を迷わせた後、そっと口を開いた。
「……その前に教えてくれ。あんたは何で、俺は何なんだ……?」
少年はふふっと笑ってから急に真顔になる。
「僕に口答えする気?」
「……自分がなんなのかくらい、知りたいと思うだろ。これを聞いたら、どうするか決める」
「……まぁ、今日は気分がいいから特別に教えてあげるよ」
少年は真顔のまま、リュウイチに殺気にもにた威圧をする。もうこれ以上の情報提供はしないと、暗に言っているらしい。
「お前はこの世界をどうおもう?」
「どう、とは?」
「早く答えろ」
「……初めて下界に降りたときは、とても綺麗だと思ったが」
「そりゃそうだよ。だって作り物だからね」
作り物。その言葉は妙に胸を締め付けてきた。
とてつもなく痛い。
「この世界は僕たちの作った空想の箱庭だ。そしてお前は僕たちに直接作られた管理者気取りの人形そのものだよ」
「僕たちということは複数人いるのか」
「そうさ。お前はおかしいとは思わなかったのか? 寿命で死ぬことはない体に、そして異様な力を持っている自分自身に」
空想の箱庭。そう表現されたのに、不思議と納得している自分がいる。
「……じゃああんたは創造主、ってことになるのか」
「そうだね」
「じゃあなんで壊そうとする? 折角作ったのに」
「簡単な話だよ。飽きちゃったんだ。つまらない世界ならもう一度作り直せばいい」
そっちの方がいい暇潰しになるしね、と笑う少年。リュウイチは傍らに立つウィルを見た。
表情というものがない機械人形だが、他人の心には敏感な彼はそれだけでリュウイチが何を言いたいのか理解し、うなずいて見せる。
「……俺はあんたに同情するよ、創造主。けど同調はしない。その話は蹴らせてもらう。俺を殺してくれ」
「自分が楽になりたいだけじゃないの?」
「そう、かもしれない。けど……俺はあんたの言う通りにはできない。そもそも立場も考え方も違いすぎて理解ができない」
リュウイチが決めた答えをウィルは静かに聞いている。
「俺は最後まで俺でいたい」
少年はギロリとリュウイチを睨み付け、腰にある短剣を抜いた。
「まぁそう言うと思ったけどね。僕の設定通りに動いてくれて嬉しいよ」
「設定……か。つまらないのはそう言うことなんだろうな」
「何が言いたい」
「あんたは創造主だからってなんでもかんでも思い通りに進ませたかったんだろ? それじゃあなにも面白くないに決まってる。自分で作ったプログラムなのに、それが正常に作動しすぎて物足りなくなっているだけだろう」
意味がわからない、と眉を潜める少年。
リュウイチは小さくため息をはいた。
「あんたは俺達にこういう動きをしろと命じておいたくせに、不具合が出なくてつまらないと言う。そりゃそうだ。なんでもかんでも次が予想できる物語ほどつまらないものはない。それでも楽しめるものは世の中にもあるかもしれないが、あんたはそういうタイプではなさそうだしね」
最後に目を伏せて、呟くように付け加えた。
「……自分の作った問題は、解いても面白味なんてないだろ」
いつの間にか少年が直ぐそこまで来ていて、リュウイチの首にナイフを突きつけていた。
「じゃあどうすればいいと」
「あんたは完璧に作りすぎたんだよ。創造主。俺が今ここにいて、今こうして話している言葉も全てあんたの筋書き通りなら、それがあんたの間違いだ。そんなことに巻き込まれた人達が不憫だ」
ナイフが徐々に食い込んでくるのを感じながら、リュウイチはそれでも続けた。
死ぬ直前まで続けるつもりである。
「……愚かだな。自称創造主」