53ー2 神々を殺したゴーレム
斬神糸。アロクから聞かされていたリジェクトの能力のひとつだ。
数匹で特攻し、なんでも切断できる糸を使って切り裂いてくる。
「ここまでの切れ味……まずい」
腕や足なら消し飛びさえしなければなんとかくっ付けられるが、弓が壊されたら能力を使うしかなくなる。
バズーカは射程がありすぎて当たる気がしないし、ブーメランだと隙が多すぎる。かといって鉄扇では火力不足だ。
リュウイチは糸に警戒しながら補充した矢をつがえる。くっつけたばかりの腕が痛むが、気にしていたら一瞬で死にかねない。
矢は数匹を掠めながら飛んでいく。一瞬でも掠ればリュウイチの能力で壊せるのでそれで十分なのだが、先程から確実に一本の矢で消滅させられる数が減ってきている。
リュウイチの戦い方を学習したらしく、互いに距離をとってくるようになったのだ。
一匹一匹なら十分狙えるのだが、ここまで広がられると糸も気にする余裕がなくなってくる。
それにリジェクトの戦い方はなにも体当たりと糸だけではないのだ。全てを警戒していたらどこかが疎かになるのは当然だろう。
「っ、当たらない……!」
先ほどまで一発で10匹は仕留めていたのに、いまでは動きが速すぎる上に妙に不規則でなんとか当たって5匹程度になってしまっている。
ジリジリと後退しながら矢を放ち続け、とうとう川岸まで来てしまった。
「はは……笑えない……」
リュウイチの表情が焦りを通り越して笑みのまま固まっている。冷や汗なのか、ただ動き回って出た汗なのかわからないが、身体中ベタベタだ。
それもそのはず、目の前にはまるで真っ黒な壁ができているようにすら見える虫の大群が均等に並んで迫ってきている。
数千とか、そんなレベルではない。視界が全て黒一色に染まってしまう程の数だ。
どこに射っても当たるが、もうこんな数を見たらやる気も失せてしまう。
リュウイチの一挙一動に目の前の壁が反応するのはなんともシュールな光景だ。
だが、そのせいで互いに全く動けない。
リュウイチは一斉に襲いかかられたらまずいという判断から。リジェクトはリュウイチの力がどんなものなのか理解できていないからである。
とくに、リュウイチの場合は幼馴染みたちから大量に能力を借りてきているのでそれがダミーになっているのだ。
警戒に警戒を重ね続けた結果、両者動けなくなっているのが現状だ。
(どうする……? 倒せる手はない訳じゃないけど……確証が持てないし、実行する前に俺が壊れそうだし……)
だが、動かなくてもそのうち殺されるのは変わらない。
リュウイチは数瞬目線を周囲に巡らせて弓をしっかり握りしめた。
リジェクトが反応した瞬間に即座に川に飛び込む。遅れて大量の虫が川に突っ込んでくるのが見えた。
(ここの深さは12メートル、横幅は27メートル、水温は……2度くらいか)
飛び込んできた虫に向かって一本、矢を射る。だが、水のなかでそれまでの威力が出るはずもなく、一匹しか仕留められなかった。
(水中ではこっちの方が不利か……。ごめん、みんな)
決断は早かった。飛び込んでまだ数秒も経っていないのに弓を口にくわえて神解きを召喚する。
そしてそれの砲口を真下に向けて一気に水面上に飛び出た。
「ゲホッ……大分水飲んじゃった」
咳き込みながらポケットに手を入れる。真下を見ると、リジェクトの大群で絨毯でもひかれているのかと錯覚するほと真っ黒に埋め尽くされていた。
「持ってくれよ、俺の体……!」
タブレット菓子の箱を開けて、中に入っていた白い薬を飲み込んだ。
数秒後、強烈な眩暈とともに全身が軋む音がした。
「ギッ……ぐ……⁉」
歯を食い縛って堪え、神解きの召喚を解除して手を前に差し出す。
地面から黒い半透明の鉱物でできた無数の巨大な槍が出現した。
「すっご……い……」
作った本人が一番驚いている。どうやらこの薬、夢使いに合っているらしい。
今の一瞬で、相当な数が削れた。
(このままいけば、勝てる……!)
そう甘くないのはわかっているが、少しだけ余裕ができた。
「なっ⁉」
そう思ったのも束の間、見えない何かに引っ張られて突き落とされる。足に糸が巻き付いていた。いつの間にか結ばれていたらしい。
直ぐに出現させたものは全て消して串刺しは避けられたが、地面に叩きつけられることは避けられなかった。
あまりの痛みに目の前が真っ白になって呼吸が強制的にストップさせられる。
弓はいつの間にか落としてしまっていた。
逃げられないためになのか、そうしろと命令されているのか、それとも甚振るのが好きなのかはわからないが、両腕と両足を砕かれた。
天宮城の能力は取り出す場所が目に入らないと使えない。先程は眼下全てがリジェクトで覆われていたので簡単に能力を使って壊すことができたが、今は目の前がほとんど見えていない上に取り出せそうな空間が見当たらない。
物を作り出す能力に破壊の能力を上乗せする方法は悪くなかったかもしれないが、どうやら失敗に終わってしまいそうだ。
(もう……無理だ……。やっぱり、俺には……こんなこと)
諦めるしかないと体の緊張を解こうとしたとき、手のひらになにかが触った。
感触からして金属。ひんやりとしていて、尖っている。
この感覚に覚えがあった。
小さい頃、仲間たちが会合に来る際に、子供だからとその場にはいれてもらえなかったリュウイチの遊び相手になってくれたのが母の戦闘用人形だった。
見た目は恐ろしいのだが、誰の手よりも優しかった。
戦うときには母の指示通りにしか動かないのだが、平時であるとなぜか勝手に動き出す。そういう魔法がかかっていたということしかリュウイチには理解できなかった。
喋ることはできなかったが、家の中や、庭の探険の時はいつも嫌な顔ひとつしないでつきあってくれた。
両親を含め、神々皆がその人形とリュウイチが遊ぶのを微笑ましい物を見る目で見守っていたものだ。
今思えば、最初の友達だったかもしれない。種族が違うどころか、生物ですらないのだが。
あの優しい機械人形は、間違いなくリュウイチの味方だ。
その名前は、ウィル・クレバート。
元々は人形を作ってくれた人の名前だったらしい。それがいつしか、その人形の名前になっていた。
「……ウィル………?」
限界に近い瞼をなんとかこじ開けると母の形見がそこにいた。