53ー1 神々を殺したゴーレム
水飛沫が頬にあたり、冷たさに少し驚くリュウイチ。
戦う前に一度体の確認をしておかなければ、ということでラグーンにある川辺に来ている。
位置は滝のすぐ側だ。
「それでは始めますがよろしいですか?」
「大丈夫だ」
矢をつがえて弓を引き絞る。耳元でキリキリと音がなる。
滝の上から無数の小石が飛んできた。水飛沫に混じっているものもあれば相当高くまで飛んでいっているものもある。
射程範囲内に入った瞬間に矢を放ち、即座にまた次の矢をつがえて次の小石を打ち落とす。
パラパラと細かくなった石の破片があたりに散らばった。
「全て壊れましたね。何本使いましたか」
「15本かな。やはり鈍っている……」
昔なら十本でいけた、と歯噛みするリュウイチ。落ちてくる石の軌道を読み、直線上に並んだところで矢を放てば極限まで使用する矢の本数を減らせるはずだ。
矢には限りがある。作れるとはいえ、下手に能力を使って体力が切れても困るので可能なら力は使いたくない。
「借りたこれも、ちゃんと返さなきゃいけないし」
藤井達から借りたものは、返さなければならない。これはなにがあっても、だ。
「アロク。もう一回頼む」
「畏まりました」
再び小石が宙を舞い、リュウイチの矢が狙い通りにそれを破壊しつつ飛んでいく。なんども繰り返すうちに、矢を使う本数は減ってきた。だが。
「これで……勝てるとは思えない」
「そうですね……相手はあのリジェクトですから」
充電器を(そんなものないかもしれないが)探して壊すことができればいいのだが、そもそもリジェクトと対峙して生き延びれるかすらわからない。
川の水で火照った指先や顔を洗いながら、気がついたことを話してみた。
「リジェクトはゴーレムなんだよな?」
「そうです。金属系のものですが」
「誰が作ったんだ、そんなもん」
「………わからないのです。私も、調べてはみましたが」
タオルで顔を拭きながらリュウイチがポツリと言った。
「極論だけど。俺たちよりも更に上の存在がいたらそれぐらい作れるんじゃないのか?」
「リュウイチ様より上の存在、といいますと」
「創造主ってやつ」
アロクが口をつぐんで考えを巡らせる。
「……考えたこともありませんでした」
「有り得るかもよ。こういう最悪な状況をわざとつくって楽しんでるとか」
そうだとしたら、とてつもなく悪趣味である。
リュウイチは矢をつかんで背に背負った。
「……いや、今はそんなことどうでもいいか。そろそろ行こう」
「はい」
勝てるとは思えない、絶望的な戦いに歩を進めた。
小さな山に、それはあった。
「これが、リジェクトがいるっていう」
「はい。魔力が濃いところでしか動き回りませんので」
鳥居に似た不思議な建造物が木に隠れてひっそりと存在していた。
ここから先はリジェクトの棲みかでもある。
「リジェクトに勝つには『数を全て減らす』か『充電器を壊す』しかない。俺は崩壊でどこまでいけるかわからないが、とりあえず足止め兼殲滅にあたる。アロクは充電器の捜索に行ってくれ」
「お一人で大丈夫なのですか」
「危険なのは百も承知だ。仲間が全員、ここで死んだんだから」
弓をギリギリと握りしめた。恨みというものは勿論ある。
「だけど、全部終わらせるんだ。神々最後の生き残りの意地にかけて。ここは俺がけじめをつける」
矢をつがえて鳥居に足を踏み入れた。
その瞬間、今までの温度が嘘のように空気が冷えきっているのを感じた。温度は変わっていないのだが、濃厚な死の香りが漂っている。
「来たっ! アロク、走れっ!」
言いながら即座に矢を放つ。ガキン、と硬質な音が鳴り響き崩壊の力を乗せた矢によってリジェクトの一部が強制的に塵に還される。
それを皮切りに、次々と黒い虫に似たゴーレムが飛来してきた。
来るとわかっていたからこそ反応できたが、初見だったらまず殺されていただろう。
あんなに小さいのに周りの木を貫通しながら飛んできている。弾丸以上の脅威だ。
しかも動きが直線的ではないので狙いづらい。今のところ外してはいないが、時間が経つにつれてこちらが圧倒的に不利になることは当然だろう。
今は相手も様子見をしているのか、小出ししているだけなのだがそのうち何十匹と一斉に襲いかかられたら反応しきれない。
リュウイチの腕は二本しかないのだから。
「っ、弘人、借りるっ!」
上田の能力、重力操作。それを紙の束からひっぱりだしてきて手を押し当てる。
散々コピーしてきた能力だ。使い方がわからないはずはない。
直ぐに真正面に飛んできているリジェクトにそれをぶつけると、リジェクトは地面に叩きつけられた。が、数秒後には少し鈍いながらも再び飛び上がってこちらに飛んでくる。
「やっぱり、借り物じゃ大したダメージにはならないか」
とはいえリュウイチも想定済のことだったので特に気にしない。直ぐに紙に能力を戻し、藤井の身体能力強化を発動させる。
周囲の時間が少しだけ遅く感じ、少し余裕をもって戦えるようになった。
「まだ」
攻撃を避け、矢を放つ。
「まだ」
地面を蹴って走りながら弓を引く。
「まだ足りない……! これじゃあ、勝てない……」
こんな戦いかたしていたら身が持たない。それだけではなく、徐々に数を増やしてきているリジェクトに対抗できない。少なくとも今の身体パフォーマンスを維持し続けることができたとしても、数千匹の塊にまでなったリジェクトを倒しきることはできない。
「どうすれば勝てる……」
必死に思考するが、いい案は浮かばない。そもそも不可能に近いことをやろうとしているのにそれ以上を求めるのは正直酷である。
(方法はあるはずだ、考えろ、考えろ……! なぜやつらはあんなに動ける? 動力源の問題? いや、そうだとしても動き続けることができても痛みは消えない俺にそれを検証する時間はない。じゃあ、他に何が……!)
「あっ⁉」
矢が、ない。集中しすぎてもう矢を切らしてしまったことに気が回らなかった。
直ぐに矢筒に矢を補充するために距離をとろうとしたがリジェクトが逃がしてくれるはずがない。
物質創造で何本か射りつつ、鞄に手を伸ばした。すると、目の前を何かが通過して手が吹き飛んだ。
「ぐっ⁉」
痛みに耐えながらも矢を補充することはできた。だが、左手がない。ちょうど手首から肘の間あたりを見事に切断されている。
落下していく手首を即座につかんで腕をくっつける。これくらいはできるが、そのぶん体力を消耗してしまった。
なぜこうなったのか、理由はわかっている。
「これがアロクの言っていた斬神糸か……」
5匹のリジェクトが一塊になって飛んでいる。一匹一匹の手に銀色の糸が見えた。