52ー5 死ぬなら死ぬ
世界中、どこを探したってこの紙の束以上の重さがあるものはないだろう。
リュウイチはポケットの箱を握り、紙の束に目を落とす。
「ほっとけないって言われても、俺は……」
「いいから、持ってけ。で、ちゃんと返せよ」
紙の束を纏め、リュウイチに押し付ける藤井。
「お前はもう場所を見つけたんだろ」
「えっ……?」
「どうやら俺達じゃダメみたいだったしな。せっかくこっ恥ずかしい思いしながら作ったもんも、無くなっちまったし」
こっ恥ずかしい思いしながら作ったもの。場所。心当たりがあるとすればひとつだ。
「……タイムカプセル?」
「まぁ、なんだ。お前はもう龍一じゃないんだろ?」
「厳密に、言えば」
「……俺達は最後まで、お前の帰る場所を作ってやれなかったってことだ」
がしがしと頭をかく藤井に、何故だか申し訳ない気持ちでいっぱいになるリュウイチ。
帰る場所、というのは協会ではない。勿論ここで暮らしてはいるが、そういうことではない。
精神的に休まる場所はここではないのだ。そしてそれはどこにもない。
「場所なんて……どこにもないよ」
「龍一はもう見つけてるよ。探し物上手だしね」
「理紗は無くしものが多すぎるだけだろ」
「へっへっへ。だって無くしたら龍一が探してくれるし」
忘れ物常習犯が開き直っている。
足立はにやにやしながら龍一の胸を強く叩いた。
「これがないってことはもう龍一が狙われることはないし、エミリアちゃんをはじめアロクちゃんやひなたちゃんを引っ掻けるなんて、そうとしか見えないよね」
「なにが『そう』なんだよ」
「この女誑しめ」
「……相変わらず話聞かないし」
でも、言われていることに間違いはない。
デメリットなしに他人の能力値を上げる力はもうない。狙われることも徐々にではあるだろうが減っていくだろう。
薬と違い、天宮城一人が苦痛を背負うだけでパワーアップできるのは周りからすれば魅力的なものだ。
使う方からすれば痛みも苦痛も依存性もなしに強くなれる代物。滅茶苦茶なのは間違いない。
それがなくなったのは、少なくない安心感をもたらしている。
……女誑しなのはもう何も言えないが。
「さっさと行って帰ってきてよ。少なくともここにいる全員は、龍一を信じてるから。ちゃんと待ってるから」
そういわれても、リュウイチには自信というものが欠如している。いくら言われてもこれを受け取る気にはなれない。
確実に返せないものを借りることはできない。それも、相手が放棄していてもだ。
「龍一。こっち見て」
「なっ、いっ⁉」
顔をあげた瞬間に思いっきりぶん殴られた。殴ったのは葉山らしい。
「と、突然なんなの⁉」
「こっちの台詞なんだけど?」
完全にキレている。
「なぁ、葉山隊長ってあそこまでキレたの見たことあるか?」
「いや、ないな……」
「突然殴ったよ、龍一さんを……」
ギャラリーがざわめく。ちょっと怒るくらいなら割りとよく見るがここまでキレるのはほぼ無い。
少なくとも人の顔面に綺麗な右ストレートを決めることははじめてである。
「バッカじゃないの⁉」
声を荒げ、怒りに任せて再び拳を握る。
「おいおいおい、落ち着けよ」
「あ?」
「スミマセンデシタッ!」
仲裁に入った上田も撃沈した。というか逃げた。
互いに能力はないとはいえ、もとの能力ですら対人格闘では圧倒する上田はどうやら覇気というものに慣れていないらしい。
正確に言えば今まで身に受けていた覇気を軽く葉山が圧倒しただけなのだが。
重力を操る能力者でも天候を操作する能力には逆らえないらしい。
「どれだけ心配してると思ってんの⁉ それなのに行かせてやるっていってるのよ⁉ もっと感謝しなさいよ‼」
「………」
絶句した。正直そう言われるとは全く思っていなかった。今日一日で驚くことが多すぎてなにがなんだか。
「行けるものならついていきたいよ。死ぬって言われてもいいよ。けど龍一はそれを許さない。これが最大の譲歩よ」
ふんと鼻をならして堂々と言い放つ。
「それ以外の選択肢なんて、選ばせてやんないんだから‼」
喧嘩している子供みたいな言い方だ。愚直なまでに真っ直ぐで、辛い気持ちを圧し殺しての発言。
ぶん殴ってでも止めたいはずなのにそれをしないのは、リュウイチのやり方を認めているということなのだろうか。
「それ持ってって、ちゃんと返しに来なさい。じゃないと地獄の果てでも追いかけてって殺すからね‼」
いってることが滅茶苦茶だ。だが、それが妙に懐かしく感じる。リュウイチはため息をつきながらポケットから手を出して紙をくるくると巻いた。
「……わかった。これは借りてく。ちゃんと返すから、待ってて」
「なるべく早くしてよ。仕事できないんだから」
「じゃあなんで全員分を俺に渡すんだよ……」
どうやら覚悟が決まったらしい。
「アロクはどうする?」
「勿論どこまでも付き従います」
「こっちに残っていたっていいんだよ?」
「いえ。元はといえば私たちが止められなかったのが原因ですので」
それはアロクの責任ではない。だが、倒しきれなかったのもまた事実ではある。
アロクはもとよりそのつもりなので、言っても聞かないだろう。
変なところが似てしまったものである。
「それではもう一度ご確認させていただきます」
アロクは敵であるリジェクトの説明を始めた。
リジェクトは数百の虫のようなゴーレムである。ただ、聞いたところによると分裂するので数はあてにならないだろう。
一匹一匹に知性があり、個としても群としても動くことができる上、生半可な攻撃では掠りもせず一匹紛れ込めば国ひとつ落とすことのできる戦闘力を有している。
単独で動く様は、意思を持った銃弾である。
確かに国ひとつくらい内部から壊せそうだ。小さいので見えにくいだろうし、うまく立ち回れば内乱を起こせる。
「でも俺の崩壊が効くかはわからないよ」
「いえ、恐らく効果はあるでしょう。ほとんど金属でしたから。未知の、という但し書きはつきますが」
「未知の金属?」
「やけに柔軟性があり、魔力を通せばその一瞬だけ固くなる特殊な金属です。無機物なら、崩壊は使えますよね?」
生きていなければほぼ問題なく使える、がゴーレムは生きているというカテゴリにはいるのだろうか?
区分としては魔物に入ることもある。
「無機物……? ん?」
「どうかされましたか?」
「そんなに小さいのにどうやって動いてるんだ? 無機物なら食べ物でエネルギーを補給したりできないはずだから、どっかで充電してるとしか思えないんだけど」
アロクがはじめて口ごもった。
「そういえば気にしたことがありませんでした」
「まさか自家発電ではないだろうし、魔力で動くにしては不安定すぎる」
空気中に漂う魔力は日によって量を変える。電気の方がよっぽど安定して供給可能だ。
「ってことは、どっかに充電機とかがあるかもしれない……?」
思わぬところから活路を見いだせそうだ。