52ー4 死ぬなら死ぬ
「「「………」」」
誰も話し出せず、ただただ無言の時間が過ぎる。
リュウイチは逃げ出すか、何故ここに連れてこられたのか質問をするかで迷う。本気を出せば能力が使えずともここから出ることは容易だ。
化け物にしか見えない琥珀、もといレヴェルが「こいつは規格外だ」と言うくらいには化け物である。
そもそも生物なのかも怪しい。
だが、それをしないのは本能的に逃げるべきではないと悟っているからだろうか。
あまりにも沈黙が続くので、リュウイチがため息をつく。
「はぁ……。なんなの、これ? どういうつもり?」
「それはこっちの台詞だよ、りゅう」
やはりというべきか、最初に答えたのは風間だった。よくも悪くも真っ直ぐなので駆け引きには向かないタイプである。
はっきり言ってしまうと、馬鹿だ。
「聞いたよ。アロクさんから全部。死ぬ気なんでしょ」
「運がなければ死ぬ」
こうは答えたものの、運があってもほぼ死は確定だと予想している。本当に、様々な偶然が奇跡的に重なりあった結果助かるということも可能性としては無くはない。
その代わり、その成功率は0,0001%ほどだ。そこまで不確定なものに賭けるほど楽観的な性格ではない。
その極稀な可能性を意識するなら、死んでも倒すという方に全力を傾けるべきだとすら思っている。
「ねぇ、天宮城君。琥珀君は?」
「……ああ、水野さんには見えるんだったね……。ご覧の通り居ないよ。琥珀は本来、俺の内獣じゃないからね」
「いや、でも……それもそうだけど、そうじゃなくて……」
リュウイチはその時はじめて、水野が自分よりも上の、頭の方を見ていることに気付いた。
「……なにか見えたりする?」
無言で首肯く水野。どうやらただ事ではないらしい。
「……大きな、機械みたいな人形がみえるの。動物じゃ、ない」
天宮城だった頃にそういわれてもピンとこなかったであろうその言葉にリュウイチは反応した。
その人形とやらには覚えがある。
「銀色?」
「う、うん。ちょっと錆び付いているけど」
「襤褸切れっぽいの、羽織ってたりする?」
「やっぱり見えてるの?」
どうやらリュウイチが考えているのと水野の目に映っているものは同じらしい。
「……傀儡か」
「え?」
「いや、なんでもない。先に言っておくけどこれは多分問題はないよ。本来の内獣だと思う」
動物ではないけどね、と付け足して静かに笑った。
その表情を見て、アロクが呟く。
「……メモリア様ですか?」
「そうだよ。多分間違いない」
メモリア。リュウイチの母親であり、闇を司る神だ。人形を魔法で操って戦う傀儡師で、防御にも攻撃にも隙がない人だった。
その母が使っていた人形が、どうやら水野には見えているらしい。
ずっと守ってくれているのだろうか。
「二人にしかわからない会話はやめて欲しいところだけど、本命の話に入らせてもらおうか」
藤井が突然前に出る。その手には白い紙が握られていた。よく見ると全員同じものを持っている。
「秋兄……止めても俺は行くよ」
「知ってる」
何年一緒にいると思ってるんだ、と鼻をならしてからリュウイチの膝の上に一枚の紙をおいた。
「だから止めない。その代わりに、これだけは持ってけ」
何を、と聞く暇すら与えずに藤井は紙に手を置いた。その瞬間、リュウイチの目にあり得ないものが映る。
いや、正確には消えた。映っていた筈のものが。
「能力波が、消えた……?」
それまで見えていた薄ぼんやりとした光が消え失せている。
つまりそれは能力の消失を意味する。
「秋兄? どういう、こと?」
「お前なら見えるはずだ。それ」
膝にのせられている紙から、淡く光が漏れている。嫌というほど見慣れているからか藤井の物だと直ぐにわかった。
「光が……?」
「お前には内緒で進めてた計画なんだけどな、能力の切り離しをすることが出来るようになったんだ」
しかもこれは他人に譲渡することすら可能だという。
「だからさ、俺の……俺たちの能力。お前が使え」
「は?」
「お前なら使い方も熟知しているしなにより信頼できる」
「いや、なに言ってんの?」
理解できていないのはリュウイチだけらしい。全員が神妙な面持ちで藤井の言葉に耳を傾けている。
「これは秋兄のものだ。俺が使っていいものじゃない」
「使え」
ずいっと迫ってくる藤井から少し目を逸らしながら、
「……無理だよ」
全員に能力を返せるかわからない。借りてもし死んだら二度と能力は戻らないことになる。
「この協会終わっちゃうよ」
「終わるなら終わるでいい」
葉山が紙に手を押し当てて藤井のものの上に重ねる。葉山の光も見えなくなった。
「元々龍一が始めたものだし」
「ま、俺らそれに乗っかってただけだしな。お前がいなくなったらどうせ分解するだけだろ」
一人、また一人と光が消えていき、リュウイチの膝が重くなっていく。
ただの紙切れなのに、酷く重たい。
「一人でも欠けたら、もうここは終わりだよ。りゅう」
風間の光も消えていく。幾重にも積み重なった紙の束は大切な人達の力を吸収し、鮮やかな光を放っていた。
「いや、駄目だ。俺に……そんな価値はない」
首を振って拒否するリュウイチ。こんなもの、借りることなどできない。超能力者協会上層部全員の商売道具であり、命にも等しいものだ。
皆、これで日々を生きている。
帰ってこられないのに跡を汚しまくるわけにはいかない。
「これは皆で話し合って決めたんだ。龍一君に全部任せようって」
小林が紙に手を押し当てる。この中で最も希少な物のひとつと言っても良いくらいの能力なのに、一切の躊躇もなかった。
「君の行動が、私の行動だから。龍一君がこんなもの要らないって言うなら、私も能力を捨てる覚悟はあるよ」
水野が、紙を添えるようにそっと置く。
「天宮城君が居なかったら、私の能力もなかった。これは最初から私のものじゃないよ」
リュウイチにはよくわからなかった。何故ここまでしてくれるのか。これがなくなったら、言い方は悪いが全員「お払い箱」だ。
OLの水野やアイドルをやっている小林はともかく、能力で生計を立てている藤井たちには絶対に必要のはずだ。
特に幼馴染み達は世間の評判を良くするために中学校を卒業してすぐ協会の設立に力を入れたので学歴としては中卒。今の職をなくしたらどうなるかくらいわかるだろう。
「なんで、俺に」
「俺はお前が叔父さんに虐待受けてるって知ったときに誓ったんだよ。死んでも守るってな」
「でもあのときはまだ話してもいなかった」
「そうだな。だがなんとなく思ったんだよ。こいつはなんとしてでも助けてやらなくちゃ、ってな」
勘だ。と胸を張って言う藤井。まだ第六感を持っていない時だったはずなので本当にただの勘なのだろうが。
「お前はなんかほっとけないんだよ。昔も、今もな」