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52ー3 死ぬなら死ぬ

 この天宮城 源士という男が本当に父親なのかはわからない。


 だが天宮城という名字は滅多にいない。最低でも親戚であることは確かだろう。


「もう、なんなんだよ……次から次へと」


 本来ならこんなことをしている暇はない。さっさと買ってきた薬を飲んでリジェクトとやらを排除しなければならない。


 だがこんなときに限って足がすくむ。


 どうなるかはわからないとは言われたが、どうにかなってしまうのは確実だ。


 元々低ランクの能力者への救済措置として使われる薬だ。最初から最高ランクの人間が使えばどうなるかくらい想像できる。


 それに、その薬で天宮城ではなくリュウイチの能力である崩壊が強化されるという保証はない。


 崩壊という力は別物で、結果的に崩壊は強化されませんでした、なんてことになったら普通に死に損だ。


「さっさと死ねばいいのに……いくじなしが」


 自分への暴言が止まらない。


「アロクに助けられておきながら中途半端に恨むとかふざけるなよ、この野郎……!」


 両親がいなくなったその日から、アロクにずっと守られていた。リュウイチとして元に戻すには言葉では言い表せれない苦労と努力があったのは間違いない。


 ほぼ百パーセント、もとの体に戻るとは思っていなかった。


 自分だけ知らされずぬくぬくと過ごしていたことに腹が立つ。


「俺にはもう関係ない……のに」


 机に放り出されたアルバムをもう一度開く。どれもこれも忘れられない、忘れたくない記憶で溢れていた。


 自分はもう天宮城ではないのに、この場所にいたいと願っている。死にたくないと、思っている。


「もう……悩むのは止めよう」


 だからこそ、それを床に投げ捨てた。ポケットに入っているタブレット菓子のケースを握りしめて意識を集中させる。


 アロクはあらゆる世界にアインを配置したが、それはリュウイチの力の一部を間借りする形で使って行っていたことだ。


 彼女に世界を移動したり他世界を覗いたりする権限はない。


 ラグナロクが起こる前は沢山いたが今はそれをできるのはリュウイチただ独りだけになってしまった。


 結果として、アロクをここに置き去りにすることになってしまうがアロクなら上手いことやっていけるだろう。


「……行くか」


 目を軽く閉じて一歩を踏み出す。泥棒が入ったのかと思われてもおかしくないほど自分の部屋を荒らしまくったが、几帳面なエミリア辺りが片付けてくれるだろう。


 もうここに戻ることはない。もし生き延びたとしても、戻るつもりはない。


 当然に踏み出しかけた足がピタリと止まった。


 直ぐに目を開けて真下を見ると、誰かが足首をつかんでいる。


 風間の腕というのは直ぐにわかった。ここまで接近してきても気づけなかった理由も。近藤の能力のサイレントはあらゆる音を遮断するというものだ。


 それと転移を組み合わされたら視認するまで気付けない。


 だが、風間の他に意外な人物がいた。


 何故その人がいるのか、と数瞬考えて答えを弾き出して直ぐにその場から逃げ出そうとするが風間にガッチリ足を掴まれていて動けそうにない。


「ごめんっ!」


 もう遅いと気づいたときには意識が遠退いていた。








 アロクすらも拒絶され、誰も動けなくなったリビングにすすり泣く声が響く。


 葉山だ。天宮城を弟のように可愛がっていた彼女には色々と辛いものがあったらしい。


 アロクからすべて聞いているので何となく状況も理解しているのだが、それでもいいと言い切れなかった。


 天宮城になにか声をかけてやりたかったのに、何一つ言葉が出てこない。


 一番辛いのはリュウイチなのだとはわかっているが、このまま二度と帰ってこない気がしてならないのだ。だから死んでもいいから一緒にいかせてと懇願したのだが。


 明らかな拒絶。口調こそ普段通りだがまるで出会った頃に逆戻りしたかのようにすら感じる。


 分厚く高い硝子の壁に阻まれている感覚だ。目の前にいるのに触れることも話しかけることも出来ず、見ることしかできない。


「龍……一……」


 最初会ったときには親しみの欠片も沸いてこない生意気なちびガキだったのが叔父と離れて暮らしはじめてからは大分年相応の反応もあったのだ。


 だが、能力が暴走すると気付いてからは再び距離を空けられた。


 独り暮らしをしていたのも、それが理由だ。


 誰にも迷惑をかけたくないと言って全員の反対を押しきって普通の高校に通い、無能力者の友人も多く作った。だが恋人は作らなかった。親友も作らなかった。


 近くもなく遠くもなく。そんな距離を維持し続けるのはお手のものだった。


 幼馴染の自分にくらい、距離を無くして欲しいと思っていた。


 だがここにきて大きく開いてしまった。


 もう一度詰めれるほど天宮城は甘くない。一度開いた距離は余計に警戒して詰めさせてもらえないのは確実だ。


「ひとついいですか?」


 手を挙げたのは二番隊副隊長の吉水だ。


「あの人なら、とりあえずは行くのを止められるかも知れないです」

「とりあえず止められるかもって?」


 風間が神妙な顔で訊ねる。


「どうなるかはわかんないんですけど―――」








 リュウイチが目を開けると、目の前に幼馴染みが整列していた。少々シュールな光景である。


 その横には近藤とアロク、エミリア、小林と水野もいた。


 誰がリュウイチを気絶させたのか。それは小林である。


 正確にはリュウイチは気絶しておらず、ただ座り込んで虚空を見つめていただけなのだが記憶が飛ぶので気絶と言った方が正しいだろう。


 小林の能力の魅了はキスをすることで相手を操る効果がある。


 だがどうやら天宮城ではないリュウイチの場合だと操るまではできないそうで、ただ数十分意識を飛ばすだけの効果だったらしい。


 今回の場合はとりあえず引き留めることが目的だったので、これで良かったのだろう。リュウイチとしては最悪である。


 覚悟を決めて死にに行くつもりだったのに。


 だが今は目の前の幼馴染みたちだ。全員怒っていた。


 しかもよくよく見てみると真後ろに各部隊の副隊長、つまり天宮城が昔から世話になっている人達も集まっていた。どうやら意識が飛んでいたうちに大事になっているらしかった。

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