52ー2 死ぬなら死ぬ
その場の全員の「龍一が死ぬなら自分も死ぬ」発言に狼狽えるリュウイチ。
なんども目線を辺りにさ迷わせる。
「……いや、違うんだ……。俺は、龍一じゃない。君たちの知ってる天宮城 龍一じゃないんだよ……」
その言葉を喉の奥から絞り出す。
「俺はもう、誰でもないんだよ……!」
アロクが辛そうな表情を浮かべた。リュウイチの言葉の真意を確り理解できていたのは事情を知る彼女だけだろう。
数秒の間、辺りは静寂に包まれた。誰も声を出す気になれなかった。
リュウイチが溜まった涙を乱暴に拭って低い声で続けた。
「……ごめん。意味わからないこと言って。関係ない人を巻き込みすぎた。……アロク、行くぞ」
「ですが」
「アロク」
「……はい」
棚の中身を出したまま立ち去る。普段の天宮城なら即座に片付けるのに、そんな単純なことにすら気が回っていない様子だ。
自分の部屋に向かうリュウイチの前に、風間が立ちはだかった。予想していたこととはいえ、押し退けるのが躊躇われる。
「結城、どいてくれ」
「やだ」
ここで力任せに押し退けたとしても風間の転移能力でどこに行こうが追い付かれるのは想像に難くない。
「どけ」
「退かない」
「―――っ、“退け”!」
「えっ?」
結城の足がひとりでに動いてリュウイチの歩く道を開ける。言霊を使ったらしい。一瞬喉に走った痛みにほんの少しだけ顔を歪めている。
アロクは何も言えなかった。リュウイチを助けるためとはいえ、欠片であった天宮城を結果的に殺してしまったのは事実だ。
その加害者が口を出すべきことではない。そう考えてリュウイチの行動には従った。
だが今は、全て従う気にはなれなかった。
少なくとも天宮城の幼馴染、そして天宮城の部下である吉水は天宮城を信頼しているし、同時に命を賭して守ってくれるはずだ。
それだけの覚悟が彼らにはある。
それを拒絶するリュウイチは正しいのだろうか。
誰にも傷ついて欲しくないという恐怖と自分が死ぬかもしれないという恐怖で板挟みになっていて誰の言葉にも耳を貸さなくなっている。
このままでは、本当に最期まで独りだ。
気づけばアロクは歩くのをやめていた。前に進みたくとも進めなくなっていた。
「アロク……?」
アロクが立ち止まったことに気付いたリュウイチが小さく彼女の名を呼ぶ。
アロクは意を決して顔をあげた。
「リュウイチ樣。お言葉ですが貴方様の考えは間違っています。このまま私たちだけが行っても無駄死に―――」
「そんなことはわかってる」
ゆっくりと瞬きして深く息をつくリュウイチ。
「アロクは、俺と秋兄達、どっちをとる?」
「どっち、という話ではありません」
「どっちかなんだよ。一個とれば一個消える。どちらかだ。俺が一人で死ぬか秋兄達巻き込んで死ぬかの違いなんだよ」
二つともという選択肢は存在しない。
「全部守り抜いて、自分も助かるなんて……創作物の世界の話だ。現実は片方とったら片方とれないんだよ。チャンスは一回で、引き返せない」
自分の手を見つめながらそう言った。なにかを思い出しているのだろうか。
答えに迷っているとリュウイチがしびれを切らした。スッと踵を返して再び歩き始める。
「君も……やっぱり最後はそっちにつくんだね」
背を向けたままポツリと呟いてからリビングの扉を閉める。
正直あそこまで追い詰められているとは誰も思わなかった。
「……りゅう」
リュウイチを呼ぶ風間の声だけがその場に取り残されていた。
「っあ、くそっ!」
部屋の小物が宙を舞って床に散乱する。
ところどころ折れたシャーペンや破かれた本の端に血の痕がついているのを見ると、手が傷つくのも気にせずにその惨状を作り上げたようだ。
リュウイチは昔から、手に負えない事態が起こると物に八つ当たりをすることがある。
今回はそれが相当激しい。
机の支えなど真っ二つに折れてしまっているし、椅子は座る面がなくなっている。
歴史に残りそうな暴れっぷりだ。
「なんで、なんで俺なんだ……。俺は、そんな大それた事なんてできないのに……なんで俺のことを期待するんだよ」
いっそ失望してくれた方が有り難いとさえ思う。
部屋のものを手当たり次第に壊し始めてそろそろ10分が経とうとしていた。
元々冷めやすい性格なのでいつもならどんなことに激昂してても10分もすれば頭も完全に冷えるのだが、どうやら10分ごときで何とかなりそうにない。
色々と壊して破ってを繰り返し、分厚い本を手にして破ろうと手に力を込めかけて、ピタリと止まった。
こんなのあったか、と思うほど昔に買ったアルバムだ。
ページを開けてみると、天宮城が映り込んでいる写真は案外少なかった。
基本全て幼馴染10人の写真である。
山で鬼ごっこをしていたときの写真や、皆で都会に出てきたときの写真。誰が撮っていたかすら覚えてはないが、お世辞にもうまいとは言えずボケていたり逆光で見えにくかったりしていた。
だが、どの写真も皆生き生きとしていて、あの時のことを酷く懐かしく思った。
「……あ」
最後のページは、母と撮った写真だった。10年くらい前のものだろうか。忘れていても仕方がない。
アルバムをもとの場所にしまおうとして違和感に気が付いた。
アルバムの表紙の一部がやけに分厚かったのである。
よくよく見てみるとうっすらと切れ込みが入っていて、そこに一枚の写真が入っていた。
裏の白地には癖のある字で年と日付、名前が書かれている。表は一人の赤ん坊を気の弱そうな優男が抱いている写真だった。
宝石の入ったかごでも抱えているのかと思えるほど優しげに抱え、人の良さそうな笑みを浮かべている。
「うぶしろ……源士」
抱かれているのが自分、というか天宮城だったのは直ぐにわかった。ならばこの人は。
「……お父……さん……?」
初めて顔を知った。勿論、裏に書かれているのは本人の名前ではなく宛名で、この人は全く関係ない赤の他人。という可能性もないわけではない。
だが、天宮城にとって父親という存在が無かったこれまでとはなにかが大きく変わっていた。
もう、ものを壊す気にもなれない。