52ー1 死ぬなら死ぬ
小切手に五十万と書き込んで箱の中身を掴み、直ぐにその場から去った。
ミントタブレット菓子の箱によく似ている。違法ドラッグが見つからないわけだ。
「どうするのですか」
「準備をしてから直ぐに戻ろう。アロクはなにか必要なものは?」
「とりあえずはありませんが……」
急いで協会に戻り、自分の部屋の荷物を漁り始める。
引き出しの中を見ては引っ張り出し、乱暴に閉めてが繰り返される。
リビングの棚を漁っていたときだった。不意に真後ろから声をかけられる。
「りゅう」
「っ! ……なんだ結城か。脅かすなよ」
「ごめんごめん。でもどうしたの? グッチャグチャだよ」
「後で直すから」
風間が一瞬怪訝そうに眉を潜める。
「今すぐやらないの?」
「ちょっと時間なくて」
風間が小さく唸った。天宮城らしくないと気づいたのか。
それもそのはず、彼は天宮城であって天宮城でない人なのだから。リュウイチという全く別の生き物だ。
記憶を持っていて、元々魂がリュウイチから分離したものだとしてもリュウイチであることには違いない。
若干の違和感があるのは仕方ないことなのだ。
「ねぇ」
「なに」
「隠し事してるよね」
風間が消え、リュウイチの真横に現れる。
「私馬鹿だしりゅうはよく隠し事してるからよくわかんないけど」
また消え、反対側に飛ぶ。
「今のりゅうが尋常じゃなく焦ってることはわかるよ」
リュウイチはいっそ洗いざらい吐きたいと心から思った。
強いとも思えない自分でなければ出来ないと言われ、成せねば皆死ぬと言われ、自分を生かすというその為だけに死んだ両親や仲間がいて。
求められることが大きすぎて不可能としか思えない。
(でも、話したところでなんになる)
これはリュウイチの戦いだ。天宮城 龍一の戦いではない。
あの世界に生まれ、強い力を持ちながらも義務を果たせず。ただ生かされるままに生かされ、中途半端に反抗しようとして。
そのツケが回ってきただけである。
話してもどうにも出来ないのだから話すだけ無駄だ。
そう、心のなかで自分に言い聞かせる。
「なにもないから大丈夫」
「じゃあそのポケットのものは何に使うのか言ってみろ」
「!」
藤井がスッと現れた。昨日は夜のパトロールに出ていたので制服のままである。
「これ、は」
「なんでお前がそれを持っているのか、というのは聞いても教えてくれないんだろ」
「……ごめん」
本当なら所持しているだけで違法なのだ。明かせるはずもない。
「何をする気だ、龍一」
「俺は……」
なんと言おうか、何度も頭のなかで言葉を組み立てるが何を言うかも全く思い付かない。
「これは俺の問題なんだ。俺の不始末が原因のことなんだ。だから秋兄にも結城にも関係ない」
こうとしか、言えなかった。
「じゃあさ、僕はいいよね?」
「吉水さん……」
第二部隊副隊長、吉水だ。
第二部隊というのは天宮城を筆頭にした隠密・特殊攻撃に特化した部隊で非常時にのみ召集される。
普段は他部隊の一員として混じっているが、何かあったら暗部として動くという能力者協会の中でも異質のグループだ。
「隊長の失態なら副隊長である僕も原則として事態の解決に勤める義務があるし、元々僕の件で隊長には迷惑かけてるからね。これくらいの恩返しはさせてもらわなきゃ割りに合わないよ」
確かに、そういう決まりはある。
上司と部下は互いを助け合わなければならないという決まりが。
死と隣り合わせの仕事だ。信頼しあっている相手ではないと命など到底預けることなど出来ない。
「だめだ」
「なんで」
「……危険すぎます。これ以上は言えません」
頑ななリュウイチにもう一人、声をかける人物がいた。
「私たちが全員揃って危険すぎるなんてことは早々ないと思うけど?」
「美鈴……」
葉山だった。その隣にはアロクが立っている。
「話、聞いたよ。アロクちゃんから。無茶しようとしてるんだって?」
そういわれると反論ができない。リュウイチはそっと目を逸らす。
「なんであんたはいつも一人でなんとかしようとするのよ」
「だからこれは俺の問題で……」
「なんで一人でやるのかって聞いてんの」
葉山の迫力に気圧されながらリュウイチがポツリと呟いた。
「もう、誰も嫌な思いして欲しくない……」
まるで子供のような発言である。
だが、言葉には実感という重りがズッシリと乗っかっていた。誰にも傷ついて欲しくない、誰にも悲しい思いをして欲しくない。
叔父に虐げられてうまく働かなくなった痛覚がじわじわと、しかし確実に天宮城を苦しめていた。
それは他の誰よりも幼馴染みである藤井たちがよく知っている。
彼は優しすぎるのだ。それ故になにも信じられない。
自分でさえも否定する。それを正しいと思って疑わない。
今もそうである。仲間のことが信じられない。仲間と一緒に戦ったら勝てると思い込むことができない。
どう足掻いても負けてしまう。一度そう考えるとどんな人の言葉も信じることはできなくなる。
彼は臆病で、酷い頑固者なのだ。
「龍一はちゃんと帰ってくるわよね?」
「………え?」
「もしこれで私たちが諦めたとして、あんたは帰ってくるんでしょうね? 絶対に勝てる自信があるのよね?」
勝てる自信など、勿論ない。
だからこそ違法のドーピング薬を使うという危険な賭けをしているのだ。
「ないんでしょ」
リュウイチがなにも言えないでいると、凜とした声で葉山が宣言した。
「じゃあ私も行く。行って一緒に死ぬ」
「はぁ⁉」
これに慌てたのはリュウイチだ。なぜそんな結論になる、と狼狽えると他のメンバーも声をあげた。
「じゃあ俺も」
「私も」
「僕も」
全員が、手をあげた。
「あんたが死んだら死ぬよ。私たち」
それがさも当然の事だとでも言っているかのような表情でそう告げるのだった。