51ー2 最悪な交渉
「それで? なんで今日は来てくれたの? 流石に僕が恋しくなったなんてことはないよね?」
「妄想は自分の頭のなかだけにしろ」
リュウイチはアロクと遠藤をなるべく遠ざけながら遠藤の前に封筒を置く。
「単刀直入に聞く。違法のブーストを売ってるな?」
「なんの話かな?」
「しらばっくれるのも大概にしろ。……だけど、今日はそれをしょっ引く訳じゃない。俺に売ってくれ」
遠藤の表情は会ったときから変わらず胡散臭い笑みを浮かべたままだ。遠藤は小さく感嘆の声を漏らす。
「これはまた、不思議な展開になってきたね」
遠藤が小さくため息をつきながらリュウイチに意味深な視線を向ける。
「なんでまたそんなことを?」
「必要なんだ、としか言えない」
「最近君が取り扱っている事件かなにかで派手に能力を使いたいのかな?」
「そうとも言えるしそうではないとも言える」
ハッキリとしないリュウイチの態度に若干不信感を抱きつつも遠藤はその場から立ち上がって鞄の中をあさり始めた。
数秒も経たないうちに戻ってきて幾つかの道具や箱を持ってくる。
「依存性がないやつならこれだね。効果を期待したいならこっちだ。もうひとつは使い回しタイプだから効果は薄いけど長時間もつよ」
「全部、違法製作だな」
「勿論」
リュウイチはそれらを見ながら遠藤が一番効果が高いと言ったものを指差す。
「これを売ってくれ」
「レベルブーストだけど大丈夫? 既に危険な状態の君の場合どうなるかわからないけど?」
「いい。今はとにかく手っ取り早く強くなる必要がある」
「随分焦ってるね。君らしくない」
その時、部屋に人が入ってきた。反射的にそちらを見たリュウイチが遠藤を前にした瞬間と同じくらい苦々しい表情になる。
「これはこれは、珍しいお客人ですな」
リュウイチは視線を合わせようとしないまま口を開く。
「お久しぶりですね、森田さん」
「相変わらずそっけないですね。そちらのお嬢さんは?」
「僕の護衛みたいな方です。最近どうも物騒なので」
「それはそれは。なんならうちでご用意しますが?」
「いえ。人数は足りています。申し出は嬉しいところですが遠慮させていただきます」
森田と呼ばれた男は遠藤の横に座った。
遠藤の前に並べられている物を見て小さく声をあげる。
「これは、ブーストですか? 何故?」
「天宮城君が買ってくれるそうですよ」
「ほぉ」
遠藤と森田。この二人は旧友で似た者同士な資産家だ。
リュウイチ、いや天宮城は仕事の関係上、この二人には何度もあっているがどうしても好きになれない。
まず二人揃ってなんか怪しい。胡散臭いのだ。
そこは顔つきの問題なので特にそこまでのことではないのだがこの二人、揃いも揃って能力マニアなのである。
見たことのない能力には大抵食いつくし、金で雇って周りに侍らせるのが好きという天宮城にとって謎思考の変態なのだ。
しかも当然のごとく狙われまくっている。直接的な手出しはしてこないのでまだ良い方なのだが隙あらば買収しようと目論んでいるやつらだ。
ちなみに旧友とは言ったが年齢は結構離れている。森田の方が10歳ほど上だ。
変態同士気が合うらしくよく二人で談笑をしていると天宮城は聞いたことがある。最悪なことにその時間に来てしまったらしい。
いつもながら不運だ。
「……で、いくらだ」
「ああ、そうだなぁ……特別特価50万でいいよ。ただし条件付きだけどね」
「……なんだ」
「君の目を頂戴」
想定の範囲内の回答だが、思っていたのとは少し違った。
「人体収集癖でもあったのか」
「あー、言い方間違えた。君の目を調べさせてほしいんだよ」
あからさまにリュウイチが眉を潜める。
「何をする気だ」
「ちょっと気になるだけだよ。君の目の色が変わったこととかさ」
「……目? ………あ」
そういえばカラコンしていなかったと思い出す。チラッと窓ガラスで確認してみると両目とも赤かった。
動揺していたのと急いでいたのとで着けてくるのをすっかり忘れていた。
そんなことより、と今の提案に対してどうするか考え始める。
思っていたのより破格の安さだ。協会から抜けてずっとここに居ろと言われたりするだろうと思っていたので目を調べられるくらいどうだっていい。
「本当ならこっちに住んでくれ、とか言いたいところだけど……これくらいで我慢するよ。どうする?」
どうやら本当に住まわされる危機だったらしい。森田がいるから、というところも大きいかもしれない。森田も天宮城を狙っているので軽く喧嘩になるかもしれないからだ。
……喧嘩どころでは済まないかもしれないが。
「……目を調べられるくらいならいい。それより本当に効果は強いんだな?」
「それは信じてくれていいよ。低レベルの人なら二つ上がったりするから。場合によっては三つも」
能力者にとって能力のレベルというのはとても重要なステータスだ。
1違うだけでできることが格段に増える。
高レベルになればなるほど、能力の制限はキツくはなるがそれだけ危険なものということでもある。
基本6段階に分けられた能力者、上に行くほど義務が増えるのだ。
周囲に影響を与えるわけではなく自身にのみ影響を与える、例えば水野の使いを見る能力や天宮城の超回復はまた別の枠として7段階目に設定されてはいるが、これは例外である。
だが、普通は上に行くほど健康診断の回数が増えたり能力を制限する道具の使用を義務付けられたりする。
健康診断が増えるのは、高位能力者は人によってはいつまで経っても力が馴染まず逆に体を壊してしまう人もいるからだ。
最悪の場合、能力を消去することになる。
それを無理矢理あげるのが今目の前にある箱なのだ。
この中にはお菓子に見せかけた薬が入っていて、ひと粒飲み込めば一段階能力値が上がる。
それだけ、体を痛めつけているということなのだが。
それ故に普段は寧ろこれを取り締まっている。
まさか、自分が購入することになるとは思っていなかったが。
「わかった。ただ、過度な検査はやめろ」
「わかってるよ」
アロクは始終、リュウイチを心配そうな目で見つめていた。
リュウイチも、なんだか胸騒ぎがして仕方なかった。