51ー1 最悪な交渉
暫く視線を泳がせていたリュウイチがふと思い出した疑問を口にする。
「リジェクト、だっけ……それはどんな魔物なんだ? さっき見た通り俺は多分生き物を壊せない」
「それは大丈夫です」
アロクは立ち上がり、部屋の隅にあった棚から弓と矢筒を取り出す。
昔使っていたリュウイチの武器だ。
「捨てられてたかと思ってた」
リュウイチの膝に弓を乗せながらアロクは再び口を開く。
「リジェクトは群であり個、個であり群。体長三センチほどの虫が集まったような魔物です。ストーンゴーレムの一種なので魔物といえるかは難しいところですが」
大きさは馬と同じくらいだそうだが、一匹一匹の再生力が半端ではなく塵に還しても一秒とたたず完全回復してしまう。
攻撃力も高く、大量に集まっている生物なのに一匹だけで一国軍の相手ができるほどの強さを誇る。
寧ろこれを封印した当時の人達はどんな戦闘力だったのだろうか。
「俺の力は一個ずつ……。大量に集まって攻撃されたら無理だ」
「わかっております。ですが今のところリュウイチ様のお力以外に止める術がないのです」
アロクの言によると数千から数万匹の虫の塊らしい。
一匹一匹倒していったらどれだけの時間がかかるだろうか。
だが崩壊の力が無い場合一匹すら減らせられない。それにまさかリジェクトも黙ってやられてくれるはずはない。
一匹で一軍の戦力のある虫が襲いかかってくると考えると能力をかける暇すらない。力は基本集中していないと使えない。
そんな極限の状況下で果たして倒せるのだろうか。
「もしリジェクトが一切こっちに攻撃してこないとしても、俺の体力が持たない……」
正直半分でギブアップである。
その瞬間、リュウイチの脳裏に一人の男の顔が思い浮かんだ。
正確には、天宮城だったときの記憶だ。
「あいつなら……もしかしたら……いや、でも……」
「あいつ、ですか?」
「顔も思い出したくない男だが……崩壊と非常に相性がいい相手がいるんだ」
苦虫を噛み潰したような表情を作りながら弓と矢筒を背負った。
立ち上がるが久しぶりに動いたせいで足が覚束無い。
その足取りはまるで酔っぱらいである。
「っ、鈍ってるか……。アロク。日本に行く」
「御伴致します」
「でもお前、腕が……」
「これくらいなんともございません」
リュウイチの崩壊の力を直に喰らってしまい、肘までが完全になくなってしまっている手を見ながらお辞儀をする。
どうってことないと何度も呟いている。
「でも……お前にはあまり見てほしくない」
「構いません。どんな穢いことでも受け入れます」
なんだかとんでもなくやましいことをしているような言い方である。
「……わかった。じゃあ一緒に行こう」
リュウイチは微妙に感覚に慣れない足を動かして目的地に向かっていったのだった。
無数に存在する世界の間。
それは行き来するものしか知らない場所であり、出入りするだけで相当なエネルギーを消耗する所謂世界の玄関口だ。
勿論アロクやリュウイチにはほとんど関係がない。
突然その空間に放り出されても問題ないと断言できるほどの力はある。
「どこに行かれるのですか?」
「……最低のスポンサーのところだよ」
元々天宮城として生活していたリュウイチはとりあえず自分の部屋に飛び、周囲の状況を確認する。
時計やカレンダーの日付を見ると、拐われたその日だった。やはり時間の流れがあちらとこちらでは大きく違うらしい。
「あれ? 龍一?」
「……美鈴か」
「なにやってるの? っていうか……その人誰」
若干睨み付けるようにしながら葉山がアロクを見る。
アロクは怯む素振りすら見せずに完璧な微笑をたたえながらお辞儀をした。
「アロクと申します」
「……えっと、友達の友達なんだ。ここを案内して欲しいって頼まれて」
「ふーん、そう? なんで断らなかったの?」
「め、面子の問題で」
「あっそ」
敵意を丸出しにしながら去っていった。突然現れたものだから心臓に悪い。
これ以上幼馴染みに、というか風間あたりにバレると面倒なことになるのは直ぐわかるのでこっそりと居住スペースを抜ける。
第六感系の能力のある藤井や足立には既にバレている可能性もあるが。それと未来の見える片山。
もうこの世に天宮城という人間が存在していないことに誰が気付けるだろうか。
途中何度か天宮城としての自分に会釈をしてくる職員たちを見ながらそう思った。
そして、リュウイチが、というか天宮城がこの世で一番嫌いな時間がやって来た。
巨大なホテルを前にして眉間にシワをよせる。
「アロク。今から会うやつの事は絶対に信じるな。下手に許せば漬け込まれる」
「そこまで警戒すべき相手なのですか」
「少なくとも、日本のなかでは一番危険なやつだと思う」
入り口に立っている男にカードを見せて建物の中に入り、最上階まで一気にエレベーターを使って昇っていく。
このホテルは安くない。寧ろ最高級と言えるほどのものだ。
そのホテルの最上階を丸々一階分買い取るということをする相手に会いに来たのだ。
実際に使う部屋など多くて三部屋なのだが、わざわざ高級ホテルの最上階を買い上げるほどの財力があるから天宮城も無視できない。
あの破綻した性格で世界有数の資産家なのだ。
「正直嫌なんだけど……しかたない」
乱暴にノックしてから返事を待たずに中にはいる。
目当ての人物はテレビを見ながらソファで寛いでいた。
「君は少し礼儀というものを身に付けたらどうかな?」
「あんたに使うにしては上等すぎる」
「僕には? 酷いな」
ケラケラと笑ってワイングラスの中身をぐいっと煽る。
「君から来てくれるなんて初めてじゃないか? いやー、僕は嬉しいよ、凄く」
胡散臭い笑みを振り撒きながらテーブルにグラスを置いて立ち上がった男はアロクを見て小さく感嘆の声を漏らした。
「彼女はお土産?」
「ふざけんな性格破綻者が」
「ハハッ、これは手厳しい」
男はこちらに近付いてきてアロクの手を取って勝手に握手する。
「はじめまして、お嬢さん。僕は遠藤 聡。よろしくね」