表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/237

50ー1 ラグナロクを止めるには

 長々と続いた49話が終わり、久し振りに本編です。

 目が覚める。それは一般常識での普通だ。だが、眠ることに無縁であった場合、それは普通ではなく異常となる。


 目を開けた瞬間に視界が反転し、気持ち悪さから胃の中のものを外に吐き出した。なにか食べていたわけではないので出てきたのは胃液のみである。


 食事を不要とする体に胃液が存在することに多少の違和感を感じることもありはしたが、年月がたてばそんなこと気にもならなくなる。


「うっ……また、か……」


 自然と声に出たその言葉はここ数十年のうちに数えきれないほど漏れだしたものだった。


 新しい記憶が入り込んでくる時にはいつもその直後に壮絶な気持ち悪さと気怠さが全身を襲う。


「それにしても、彼が手を貸してくれていた、か……」


 天宮城―――リュウイチは瞼をそっと閉じ、もう記憶以外では遭遇することのなかった友人を思い出す。


 レヴェル。彼は琥珀と名を変えて残滓の二人、天宮城とアレクを守ってくれていた。懐かしさに目に涙がたまる。


 もっとも、その涙を拭くことはできないほど体の自由は効かないが。


「御加減はいかがですか?」

「……いつも通り、最悪だよ」


 リュウイチは斜め後ろから掛けられた声に皮肉めいた声でそう返す。前に回ってきた声の主は完璧な微笑を浮かべながら床に飛び散った汚物を慣れた手つきで片付けていく。


「……アロク。その顔は何人目だ」

「28945人目です。お気に召されましたか?」

「……いや」

「それは残念です」


 アロクの顔がブレて“いつもの”顔に戻った。


 アロクは他人の体をコピーできる能力がある。死にかけていたアロクの命を延ばすために使った進化の力で突然変異に近い形で持ったものなので実際に見るまでリュウイチですらこれを知らなかった。


 コピーには相手の身体の一部を取り込む必要がある。


 アロクが顔を奪った相手を生かして返すとは考えにくいので、きっと28945という数字は殺された人の数そのものを表しているのだろう。


 しかも気に入った顔の相手しか選ばないので最低でも、という但し書きがつくのも間違いない。


「貴方様の欠片は全て集め終えましたので、これより計画を再開いたします」


 相変わらずの完璧な笑みだ。その目にはリュウイチしか映り込むことはない。


 他のもの全てを排除する気でいるのだ。


「これで、望んだ世界をお渡しできますわ」


 ドアをノックする音が響く。


 一瞬アロクが不満げな表情でドアを見つめ、ため息をつきながらその場から離れる。


「では、一度失礼いたします」


 流麗なお辞儀をして物音ひとつ立てずに部屋から出ていった。室内が静まり返る。


 何か重要なことがない限り、アロクはこの部屋に他人を入れたりしない。なので基本はリュウイチが独り、ただ俯いて座り続けるだけの部屋なのだ。


 自分を分解して他世界に飛ばすという案は成功した。


 結果として数百年はなんとか計画を阻止させることに成功した。


 アロクがリュウイチを無視して計画を進めてしまう可能性も無いわけではなかったが、元々リュウイチのことしか考えていないアロクだ。リュウイチを救うためならとあらゆる世界に散らばった欠片を集めたのだ。


 集めてしまった、のだ。


 リュウイチでも相当困難を極める事柄を執念でもってクリアしてしまったのだ。


 数千年、数万年の時を過ごすリュウイチからすれば数百年などなんとかなったという分類には当てはまらない。


 天災であるラグナロクを引き起こした張本人であるのは十分過ぎるほど理解していたし、侮ったわけでも油断していたわけでもない。


 それでも、尚甘かった。


 常識の範囲外という言葉すら生温い力があった。


 アロクは『被検体No.1(アイン)』と呼ばれる者を各世界に配置してリュウイチの残滓を持つものがいないか探させていたのだ。


 アインになるものはどの世界もランダムで選ばれ、本人も知らないうちに監視されることになる。


 天宮城がアインと直接会っていたにも関わらずバレなかったのは琥珀、もといレヴェルが隠蔽してくれていたからだ。


 アレクと天宮城の二人の精神を夢を媒介として繋げ、10年以上守り抜いたレヴェルの苦労はいったいどれ程のものだったのだろうか。


 レヴェルは一人で、二人を守り抜いたのだ。


「でも、俺ももう……無理だ」


 一度分解してしまった体はもう二度と同じことはできない。次やったら散らばるどころか空気に溶けて消える。それ以前に恐らくアロクに防がれるだろう。


 体はボロボロで、もう動くことすらままならない。


 欠片としてばら蒔かれた魂は様々な世界で様々なことを学んできた。魔法はもちろん、剣術、体術、スポーツ、化学、家事。


 どれもこれも違う世界の力だが、使い方は欠片(彼ら)の記憶が覚えている。


 天宮城とアレクであった自分は吸収統合される。結果としてリュウイチはリュウイチなのだがアレクの記憶も天宮城の記憶もあるのだ。


「我ながらおかしな体だ……」


 元はどれも自分なのだが、他人の記憶を持っているように感じるため少々気持ちが悪い。


 様々な『自分』の知識や技術をもつ。それが今のリュウイチなのだ。


 だが、もうリュウイチにできることはない。


 どうあがいてもアロクには勝てないし、下界に降りてアロクの計画をなんとかするだけの権力も度胸も、そしてなにより力がない。


 お得意の弓はあまり使えない。あれは相当体力を消耗するので今の状態で安易に放った場合、それだけで身体の崩壊が始まる危険性がある。


 あと使える武器と言えばバズーカとブーメラン、それと扇くらいだが、扇も体力が激しく消耗されるので無理。ブーメランは威力が強いがただ斬るだけでなんとかできるとは思えない。


 なんとかなりそうなのはバズーカくらいなのだが、アロクがやろうとしていることに反抗する前提なら確実に火力不足だ。


 となるとバズーカは牽制、もしもの時に弓を使うしかない。


「弓は……引けるのか?」


 あれは威力も射程距離も申し分ないが弱りきっている今、どこまで火力をあげられるのかが鍵になる。


 ……その前に死にそうだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ