49ー10 とある男の小さな冒険
Twitter始めました!
詳しくは活動報告をご覧ください。
俺が話し終えると二人とも黙りこんでしまった。
当たり前だ。
それだけのことをした自覚はある。俺がラグナロクを逃がしたりしなければこんなことにはならなかった。
ラグナロクは強い。それこそ、この世界の中であれに勝てるやつは誰一人いないだろう。
「カストル。お前自身はラグナロクをどう思っている?」
「……え?」
「ラグナロクはお前を親と慕っているのだろう? お前はラグナロクを何者だと考えている?」
ラグナロクが、何者か……?
あいつは……。
………あれ、俺は?
「考えたこと、なかった……」
ラグナロクは世界の天敵だ。それは俺の認識じゃなくて、周りの大人たちの認識だった筈だ。
俺はそれをただおろおろしながら眺めていただけ。
「俺にとって、あいつは……」
そうだ。
「……友達だった」
両親以外誰も近寄ってこない俺の近くにラグナロクは平然と踏み込んできた。
ただの迷い蛇だったけど、魔物だったから最初からある程度の知能はあった。
人々を殺して回る前は、俺と遊んでくれたときもあった。
あいつの方法は明らかに間違っていたけど、その行動は全部俺を助けるためだった。
「不器用で、それ以外に方法が思い付かなかっただけなのに、おれはそれが違うと伝えることも出来なかった……しかもあいつのことを見捨てて忘れようとすらしてた」
改めて考えると、自分の情けなさに嗤いが込み上げてくる。
「本当に、最低だな……俺……」
無意識に力の制御が外れて腰かけていた石が砂に、塵に、空気になって消えていく。
「私はお前ではないから、お前が今何を考えて落ち込んでいるのか解らんが……世間知らずのお前に言葉をひとつ教えてやろう」
レヴェルが立ちあがってこちらに歩いてくる。
「今のお前の状態を世間では『面倒くさいやつ』というのだぞ」
「……へ?」
「カストル様。今回ばかりはポルクス……レヴェル様の仰ることが正しいかと」
どういうこと……?
面倒くさい?
「もう終わったことをグダグダグダグダ……しかも数千年前のことをよくもそこまで引き摺れるものだな?」
「君たちからしたら数千年は長いかもしれないけど……俺からしたらそうでもないよ」
「かもしれないな。だが今の話は本気で面倒だ」
面倒って、疲れるからやりたくないって意味だよね?
彼が言っている面倒はそういう意味ではないのか?
「さっきから黙って聞いていれば、俺のせいだ。俺がいなければ。そんな言葉ばかりではないか」
「じ、実際そうじゃないか!」
「いいや違う」
「じゃあ誰が悪いんだよ!」
「誰も悪くない」
…………は?
「そんなわけないだろ。物事が動けばなにかしら責任が生じる」
「その考え方が古いんだよ。いい加減そのガッチガチに固まった爺臭い考え方やめたらどうだ」
「そ、んなこといわれても」
年齢的には十分高齢だろ。
「いいか、それ以上自分のことを落とすのはやめろ。過ぎた謙遜が嫌味になるのと同じだ。こちらの気分が害される」
「え、あ、そいつはすまん……」
殆ど会話らしい会話を他人としてこなかったから、人の気持ちなんて判らない。
特にラグナロクの事件があってから暫くは声すらも出さなかった。
「お前はただ可哀想な蛇を逃がしただけだ。ラグナロクはお前を想って行動しただけだ。お前の両親はお前を守るために行動しただけだ。人間やその他の種族は自分が生き残るために戦っただけだ。誰もが明確な悪意を持っているわけではない。誰もが、自分の、人のために動いた結果こうなっただけだ」
それは、そうだけど。
「お前はラグナロクに殺せと命じたのか?」
「そんなわけないだろ」
「ラグナロクは世界を壊すことが目的だったのか?」
「……いや」
俺を、あそこから助けるためだ。
「そういうわけだ。お前やラグナロクが面白半分でやったのならともかく、皆善意で動いたんだ。誰にお前を責める権利がある?」
「でも」
「でももだってもなしだ。私はそう判断した」
レヴェルが温くなったスープを喉に流し込む。
食べ終わったら直ぐに横になって寝てしまった。
「狡いよ、君は……」
ポツリと口からでた言葉にコカゲが苦笑する。
「ええ、本当に」
薪が火に炙られて爆ぜる音を聞きながら黙々と食事を開始した。
彼らに本当のことを話してから一週間がたった。今俺たちはコカゲの隠れ里に歩を進めている。
途中で二つほど村を経由する予定だが、人は相当少ないだろうとコカゲは話した。
コカゲから聞いた話だと今現在獣人や亜人は大規模な戦争を行っているらしく、平民は兵士として働かされているので村々の人手は一気に少なくなっているのだとか。
「近頃は危険な兵器なんかも使われているので、戦争の死者数は増えるばかりで」
この戦争は第二次ラグナロクとか呼ばれているらしい。
ラグナロクは戦争の名称じゃないんだけどね。
「コカゲの隠れ里……人狼は参加しているの?」
「町に出ている者は参加しているものも多いと聞きますが、某の隠れ里はどこの国にも属しておりませんので里としての参加はありません」
「そうなんだ」
隠れ里の住民は基本的に人狼のみだ。
それ以外の種族は泊めることは禁止されていないが定住することはあまり良い顔はされない。
第一次ラグナロクのせいでどの種族も閉鎖的になってしまったのがその理由のひとつだろう。
皆逃げるしかなかったから。
人々を生き残らせるために土を司る黄の神が巨大な地下洞窟を作ったのが最初だ。
もしラグナロクが侵入してきても直ぐに別の種族を襲わないように各々の種族や部族で仕切りを作ってしまったから数年は交流が断たれたらしい。
やっと着いたひとつめの村には、男手が全くいなかった。
皆前線に放り込まれてしまったんだと宿屋の奥さんは話していた。
体が小さくフットワークが軽い子供も駆り出されて、今では村には高齢者と戦闘能力や基礎体力が低い人が残されるばかりだと言う。
だが、そんな状態で作物を育てることも不可能なのでこのままでは餓死者が出ると深刻そうに涙を流していた。
「俺が、なにかできればいいんだけど……」
出来れば、力を使わずに人々に貢献したい。
それが俺なりの償いだ。