8 職務
「え、小林さんってアイドルだったの⁉」
「らしい。俺も知ってビックリしたよ」
「サインはもらってきたの?」
「晋也にあげたよ。凄い目が血走るほど喜んでたから」
「ああ、うん………」
家に帰ってきて今日あったことを葉山に話す天宮城。
何時間も立ちっぱなしで疲れた足を揉みほぐしながらグッと伸びをする。
「んー、でも晋也帰るその時までポワポワしてたからなぁ………大丈夫かな、あいつ」
「面識無い私に聞かれても………」
「そうなんだけどさ………」
この後、天宮城の好きな人はアイドルという噂が幼馴染の中で一気に広まり誤解を解くのに3時間かかった。
「暇だな………」
適当に協会の施設内を歩いていく天宮城。まだ入ったばかりなのでハッキリとした仕事は割り当てられていないので無駄なほど自由時間がある。
能力犯罪でもあれば直ぐ様駆り出されるだろうが、ここ最近は静かなものである。
因みに協会には支部が各地にあり、どこで能力犯罪が起こったりしても対応できるようになっている。天宮城達が住んでいるここは本部なので建物自体がかなり大きく作ってある。
設計は天宮城である。なので無駄にここに詳しいので散策の意味もほとんど無い。
すると、パタパタという足音が廊下の端から聞こえてきた。子供だな、と思いつつ振り替えると男の子が泣いていた。
「どうした?」
声をかけると涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげながら、
「ママがいないー」
と再び泣き出した。
「あー、ちょっと見せてね」
天宮城は男の子の首にかかっているカードを見る。
「ああ、観光の。それなら多分……こっちおいで。名前は?」
「さくや………」
「さくや君? じゃあこっちにおいで。多分お母さんと会えるから」
能力者協会は一般の人もある程度の場所なら観光として入れることになっている。
一人でも多くの人に能力者のことを知ってもらえれば、という天宮城の提案により、どこの支部でも申請さえすれば入ることができる。
天宮城は社員用の通路を男の子の手を引きながら通り、観光客用のルートを近道しつつ逆回りする。
「おい、君! 困るよ。勝手に入っちゃ………」
警備員に止められそうになったので自分のカードタイプの鍵をパスポートがわりに見せる。
「通ってもいいですか?」
「も、勿論です! 失礼しました!」
「いえいえ。お仕事頑張ってください」
天宮城の知名度はまだまだ低い。この施設の中でもこうやって知らない人も大勢いる。
仕方がないといえば仕方がないことなのだが。
「ほら、あそこにお母さんいないかな?」
ショートカットにショートカットを繰返し、一団の観光客の塊を見つけた。
「あ、ママだ!」
「ほら、行っておいで」
「うん! お兄ちゃんありがとう!」
母親も探していたようだ。まぁ、もしも行方不明になったままでもこの施設内に透視や誰がどこにいるか察知できるタイプの能力を持っている人も多いのですぐに見つかるだろうが。
すると偶々そのタイミングで休憩になったようだ。天宮城のところに先程の男の子とその母親が来た。
「家の子がすみませんでした…………」
「いえ。気にしないでください。さくや君。見つかって良かったね」
「うん!」
何度か男の子の頭を撫でて再び適当に歩こうか、とその場から歩き出す。すると少し離れたところで、
「あの、そっちは立ち入り禁止ですから。ここへ。もう出発しますよ?」
「え?」
どうやら観光客と間違われているらしい。
「あの、僕は―――」
「あ、もう時間だ。はい皆さん集まってください! そろそろ帰りますよー」
問答無用な雰囲気だったのでこっそりと抜け出そうとするが、人の波に押されて流されていく。
「あ、ちょ、僕、観光客じゃ―――」
そのまま流されてとうとう入り口にまで来てしまった。
「あれ? 一人増えた?」
「あの、僕観光客じゃないです………」
「?」
見事に誰も気づいていないようだ。
「えっと、一応こういうものなんですけど………」
名刺ってこう使うんだ、と初めて知った天宮城である。今回の場合はまた特殊な状況だ。
「能力協会…………第2部隊長………?」
「ええ、まぁ、一応………」
ちゃんとそれっぽい服着てくるんだった、とここで後悔する天宮城。
「しししし失礼しましたぁ!」
「いえ! そんなの、全然‼ あ、あの、顔を、顔をあげてください………」
深すぎるくらいのお辞儀をされて寧ろ天宮城が慌てる。
「全然気にしてませんので、大丈夫です。大丈夫ですから顔をあげてください……」
ここ入り口だし! と心のなかで叫ぶ。
「それでは僕戻りますので………」
そそくさと立ち去る天宮城に男の子が手を振りその母親がお辞儀をする。
天宮城も同じようにお辞儀をしてから男の子に手を振って部屋に帰っていった。
後に、『天宮城が観光客の列に乱入し特になにもせず帰っていった』という話は観光案内役の人達には有名な話になっていく。
それから協会に来る人達は皆天宮城が乱入してこないか確認するようになったのだとか。
「龍一。仕事だ」
「なんの?」
「少し夢に入ってもらいたい」
「小林さんみたいな?」
「いや、犯罪者の方だ」
「ああ、何を覚えてるのか直接見てきてってことか……」
「頼めるか?」
小林の時は事情が聞けないために夢に入ったが、今回の場合だと犯人が隠していることを暴くために夢の中に入るわけだ。
夢には願望や自身の記憶が反映されるのでその記憶の方を見てしまえば相手が何を隠しているのかわかるのだ。
「あんまりやりたくないんだけどな………」
「すまんな。相手が何を考えているのか読み取るタイプの方では歯が立たなくてな………」
「まぁ、やるからいいよ」
「そうか。すまんな」
天宮城は藤井に連れられてある部屋に案内される。
ここに、犯罪者は連れてこられる。それを良く天宮城は知っている。冷たい壁や床にはある特殊な措置が施されており、あらゆる能力を無効化する。
「こいつだ」
「…………」
天宮城は事前に聞いていた話を頭のなかで反芻する。
「見れば良いの?」
「ああ。頼んだぞ」
椅子に固定されている男に近付く天宮城。ギロリ、と突然睨まれた。
「なんだ、テメェは」
「なんでも良いのでは? そんなことより誰が仲間だとか話す気はありますか?」
「あるわけないだろうが」
「ですよね。強行手段をとらせてもらいますが、宜しいですね?」
天宮城がそう言うと鼻で笑う男。
「俺の心を読むことはできないぜ?」
「ええ。問題ありません。心を読む訳ではありませんので」
手を前に出して小さく夢の中へ入るための言葉を口にする。
「夢世界へ―――落ちろ」
その瞬間、男の首がガクン、と力なく下がった。
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「ここは………」
「起きられましたね」
天宮城の隣には、もう一人、天宮城そっくりの人が立っていた。ただ、髪は真っ白で出で立ちも丁寧な天宮城と違いかなり堂々としている。
「さて、始めましょうか。大丈夫です。痛みはほとんどありません。殆ど、ね」
『………………意地が悪いような言い方をするものだな』
「勿論、俺は意地悪だからね」
クスクスと笑う天宮城。
「なんだ、一体………」
「なんでも良いじゃないですか」
小さく言葉を漏らす男にゆっくりと近付く。
「お?」
『無駄なことを』
そんな天宮城に恐怖を感じたのか男が背を向けて走り出す。
「はい、残念」
だが、天宮城が手を翳しただけでその男が地面に打ち付けられたように倒れ伏す。
天宮城が手を徐々に下にやる度、回りの地面が大きくへこんでいき、男が絶叫する。
『弘人の重力か』
「うん。ここで出来るか前試してみたんだけど意外とこれ難しいんだよね」
そのまま男の正面に行き、手を下ろす。
「僕から逃げられるとでも? ここでは僕はほぼ無敵ですよ」
笑顔でそう語りかける。
そこからは大体やることはいつも通りだ。
「はい。もういいか」
泡を吹き、白目を剥いてピクピクと痙攣する男を冷たい目で見て琥珀に無慈悲な命令を下す。
「さぁ、喰え」
その瞬間、天宮城にそっくりだった琥珀の体が一気に膨らみ、元のドラゴンに戻る。
とんでもないスピードで加速し、一息に男を飲み込んだ。
「…………成る程」
『どうだ?』
「少し見えたのはこの人に何かを吹き込んだ人がいる」
『協会の者か?』
「恐らく。まぁ、ここまで見えるなら上出来かな。じゃあもう起きようか………」
天宮城は目を瞑り、意識を夢から現実へ引き戻す。
それを見ているものがいることに気付かぬまま。
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「どうだった?」
「はい」
トン、と指先で藤井の頭をつつく。
「そういうことか。何にせよ調べないとな………」
「だね。ちょっと複雑そうだったから」
天宮城は夢の中に人を招くことも出来るが夢の内容を人にみせることもできる。
これには相手に直接触れる必要があるがほぼ完璧に、しかも一瞬で相手に夢の内容を伝えることが可能だ。
それでもほんの少し時間はかかるのだが話して説明するより大分短い時間ですむ。これが便利なのはたとえ物凄い長い夢でも一瞬でみせることができるのだ。
これを使えばその分疲れるが得るものが失うものを遥かに上回っているのでよく使っている。
「ただ残念なのはこの人に何かを吹き込んだ人の顔が見えないところだね。薄れてて読み取れなかった」
「そうか………。それほど印象に薄かったのかもしれんな」
「それだけじゃない気もするけど………」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なにも。それよりこの人起きないな」
夢から覚めて大分経つのだが目の前の男が起きる気配がない。
「起こすか?」
「さっきの人問いただしたいならいいんじゃない? 俺はそれはもう面倒くさいから遠慮する」
「え。やってくれないのか」
「なんで俺がやるのさ。秋兄も夢見たんだから出来るでしょ」
「えー」
面倒なのは誰でも一緒なのだ。天宮城は藤井を置き去りにしてさっさと部屋に帰った。
「く、この!」
「………………」
部屋の戸を開けたら二人男が寝転がってゲームをしていた。もうそろそろ自分の部屋に人が入り込んでいる状況に馴れた天宮城は小さくため息をつく。
「なんで俺の部屋にいるんだよ」
「えー?」
「なんとなく?」
「自分の部屋でやれよ!」
その瞬間、二人のゲーム機がふわりと浮かび上がる。
「「ああ‼」」
「せめてリビングでやれ!」
「「コンボが…………」」
「知るか!」
同じ反応をする二人は空中に浮く機体を回収する。天宮城が浮かせたのだ。レベル2くらいなら即座に使えるようになっている天宮城である。
この男たち、一人を三田一、もう一人を坂本昌平という。
三田は物質変換、坂本は能力強化の能力者だ。
「ケチだな」
「ケチ」
「自分の部屋でやれ」
呆れる天宮城。この二人、かなりのゲーマーで暇を見つければすぐにゲームを始める駄目な大人である。
しかも暇でなくともゲームを始めるので余計にたちが悪い。
「ほら、鉛筆の芯を金に変えてやるから」
「要らない。そもそも離れたら元に戻るじゃん。っていうかこんなことに能力乱用するな」
「そこは俺の強化を使ってだな」
「だーかーら、能力乱用するなっての!」
三田の能力の物質変換だが、分子を操り別のものに即座に作り替えるものである。鉛筆の炭素を弄ればダイヤモンドにでも金にでも変換することが可能である。
だが、その代わり三田から離れればある程度の時間で元に戻ってしまう。三田が近くにいたとしても最高で3日しか持たないのが難点である。
それでも分子レベルで操れるので空気中の水素を集めて爆発を起こしたりすることすら可能である。かなり危険な能力だが今のところ三田以外の能力者の例はない。
そして坂本は能力強化の能力者である。藤井の身体強化とは違い、強化できるのは能力のみで一人ではあまり意味のないものだ。
誰かが近くにいて、初めて本来の力を発揮する。
能力の強化は10段階に分けられており、10段階目になるともとの能力の100倍以上の力が引き出せる。
だが、それを使えば使われた対象はその後何週間か能力が使えなくなり、能力によっては二度と使えなくなるほど消耗するものもある。
多人数に一度に強化を施すことも可能だが、精々一度に出来るのは10人以内だ。
また、能力強化以外にも能力解放と能力封鎖という能力を持っている。
能力解放は一定時間その人の能力を限界にまで引き出すことの出来るもので、能力強化の上位互換のような能力である。
それでも限界にまで引き出された能力を大抵のものは制御できず、最悪死に至るので非常時以外は使うことを禁じられている。
能力封鎖はその名の通り触れている相手の能力を一時的に全く使えないようにする物である。だが、波長を利用しているので全く波長を出さない天宮城に効果はなく、脳内で発動するようなものは防げない。
「早くでてって。っていうか仕事は」
「「……………休憩中だし?」」
「おい」
休憩中らしいが本当なのだろうか。それにこの二人、無理矢理取り上げでもしない限りゲームを続けるので休憩中でもアウトである。
「暫くこれ預かっておくから」
「「そんなぁー…………」」
ゲーム機を取り上げてポケットにねじ込む。
「取り合えず部下の人に謝って仕事やってこい」
「後輩に言われたくないんだけど………」
「じゃあちゃんとやって来れば俺も文句ないけど?」
「うう」
よくサボっているのでそんなことは言えない二人である。
「ほら、行った行った‼」
無理矢理に部屋から追い出し、仕事場に引き摺るようにして連れていく。
「イヤだぁ」
「仕事やだぁ」
「知るか。俺だって普通の大学行って普通に就職したかったよ!」
完全に八つ当たりである。
天宮城は両手の荷物を引き摺りつつ事務室に入る。
「あ、三田さんと坂本さん! 何処に行ってらしたんですか! とっくに休憩時間過ぎてますよ!」
「「……………」」
近くにいた事務員がかなりおかんむりな様子で二人に迫ってくる。
「僕の部屋で遊んでたので捕まえて持って来ましたが」
「ありがとうございます。助かりました」
営業スマイルを互いに向けあって荷物を引き渡す。
「ちょ、龍一」
助けを求めるような目で天宮城を見つめる。
「……………………………ハッ」
「「鼻で嗤った‼」」
協会内は実に平和だった。
「あ! 没収した筈のゲーム機がない!」
平和……………だと願いたい。