49ー9 とある男の小さな冒険
コカゲやレヴェルが知っている『改竄された神話』は26~27部目の『異文化交流』の回でアインが話しています。
どんな話だっけ? と思った方はそちらを。
日も落ちて明かりが目の前の焚き火と星明かりしかなくなった時間帯。
穀物の入ったスープを手に、昼間頭の中で整理した話の内容を思い出しながら声に出す。
「コカゲ。ラグーンって知ってる?」
「話には聞いたことがあります。天の楽園だとか」
「そんな良いものじゃないよ。……俺はそこから来たんだ。レヴェルに助けてもらったんだ」
ラグーン。俺の住み処であり、牢獄。
地上からすれば、危険な動物も魔物も出ないし楽園に見えてもおかしくないのかもしれない。
……俺からすれば地上の方が楽園だけどね。
「ラグーンには神々が住むと言い伝えられていますが……」
「まぁ……そうだね。とは言っても、もう俺しかいない。後は皆ラグナロクに殺されたから」
それに俺自身、自分がなんなのか本当に理解できていない。
神だなんだって言われても自分以外の神を全然知らないから本当はもっと別の種族なんじゃないかと思っている。
「……ラグナロクは、病と毒を振り撒く動く災害とも言える魔物だ。そんな魔物が生まれることになったのは、俺のせいなんだ」
当時の状況をよく思い返しながらゆっくりと話す。
意識せず、眉間にシワが寄った。
「俺は光と影の子だ。君たちにわかるように説明すると、白と黒の神だ。白の神は光を、黒の神は影を司っていた。この二人が恋人同士だという話は知っているだろう?」
「あ、ああ。そうだったのか」
これはレヴェルにも言ってなかったね。
「その二人から生まれた俺は、所謂欠陥品だった。俺が持ってしまった力は『崩壊』だ。触れるだけで物を無に還す」
近くの小石に指先をそっと当て、ほんの少し力を解放する。
小石がサラサラと砂になっていき、最終的には空気に溶けて消えていった。
「崩壊の力を司る神なんて、存在してはいけない。人々に繁栄を齎す為に存在する神の一柱に全てを壊す力のある神があってはならならない」
これが、俺の存在してはいけない理由だ。
俺が何をした。昔はそう声を大にして言いたかった。
俺はなにもしてない。ただ存在するのが危険だと、そう言われた。
「俺はラグーンの端に縛り付けることを条件に生かしてもらえることになった。力の制御すら下手くそだったから、仕方なかったんだけど」
崩壊の力が暴走したらどうなるのか。考えたくもない。
昔はよく触れるものを無意識に塵に還してしまっていた。
だから常日頃から手袋をしていたし、誰も近寄ってこない。友達なんて、出来るはずもなかった。
「最悪だったのは、俺の力がただ物質を崩壊させるものだけじゃなかったことだ」
植物を育てるのはこの力を使っている。
「もうひとつの力は『進化』動植物を一気に成長させたり、突然変異並みの力をつけたり出来る」
これを、知らないうちに使ってしまった。
崩壊の力は目に見えて物が崩れ落ちるからわかるんだけど、進化の方は一日や数日かけてゆっくりと行われるし俺自身力を使っている実感がそんなにない。
それが不味かった。
「たまたま迷いこんできた蛇の魔物をこっそり逃がしてやったとき、進化の力が勝手に発動してあり得ないくらい変質してしまったんだ。こいつがラグナロクになってしまった」
「お前は悪くないだろう、それは」
「俺が悪いんだよ。存在が許されてないから」
ラグナロクは進化の過程で高度な知能と万人を殺せる力を身に付けてしまった。それは、神々すら凌駕するレベルだった。
最初に犠牲になったのは、ラグーンに住んでいた青の神。水や雨を司っていた彼女がラグナロクの棘の毒で死んだ。
どうせなら、俺を一番に殺してほしかった。もし俺に向かってきたのなら俺は崩壊の力でラグナロクを殺せたはずだ。
そうでなくても、相討ちくらいまでは持ち込めたと思う。
俺が物理的に強いとかそういう話じゃなく、力の相性の問題だ。
互いに触れることさえできれば勝ち負けが決まる。
「ラグナロクは体のトゲを刺せれば。俺は手で触れることさえできれば。殺すことはできたんだ」
なのに、それはできなかった。
「ラグナロクは頭が良かった。俺の力で進化したことをハッキリと理解していた。だから俺には近づこうとしなかったんだ。……いや、正確に言えば近づいては来た。俺を親と認識して、な」
もしここでラグナロクが俺の言うことをちゃんと聞いてくれる性格なら、戦争なんて起きなかっただろう。
だが、元魔物のラグナロクは思考回路がおかしかった。
「ラグナロクは、俺を親と慕ってきて、それで『生んでくれたお礼に貴方の邪魔者をすべて消しましょう』とか言い始めた」
「邪魔者って……」
「俺も迂闊だった……。ラグーンに閉じ込められているのを心の中で恨んでいたからな。それをラグナロクが察してしまって曲解した」
『貴方が外に出られないのは、存在してはならないと言う輩が居るからですね?』って。
無茶苦茶だった。もしそれが正しいとしたら、この世のすべての生き物を皆殺しにする必要がある。
俺は世界に嫌われている存在だ。だから世界の方を壊してしまえばいいと、ラグナロクはそう判断した。
「俺は勿論止めた。恨んではいたが、殺したいとかは思ってなかったしそもそも俺の子供だと言うラグナロクが本当に危険だとわかっていたからな」
でも、無理だった。無駄だった。
「ラグナロクは俺が洗脳されていると思い込んだ。俺が自分自身を憎むよう洗脳されているから殺しに行くのを止めるのだと」
「自分が存在してはいけないという考え方そのものが洗脳である、と?」
「そういうことだ」
自分を全否定してしまったから余計に不味かった。
ラグナロクからすれば俺はなんでもできる親で、全能の神だ。
そんな人が自分を蔑ろにするのは思考回路として間違っていると思ったらしい。
「ラグナロクの動きは早かった。俺を死なない程度に毒で弱らせて部屋に閉じ込めたんだ。『すぐに終わらせてきますから』って……」
俺は人殺しなんて望んでないと何度も言ったが、聞き入れてくれなかった。
毒がある程度抜けて、動くことができるくらいにまで回復したとき外を見て驚愕した。
「まさに死地だったんだ。草木一本すら生えてなくて、生物の呼吸が感じられない土地になっていた」
もう取り返しのつかないことをしてしまったと、その場に座り込むしかなった。
地上では、感覚が鈍いのでなんとか動けることの出来た人間と生き残った俺以外の神々がラグナロクと戦っていることをしった。
屋敷に縛り付けられているから加勢に行くこともできなかった。俺は加害者のくせに、ただ離れたところから見ることしか出来なかった。
「それで、どうなったんだ」
「……神々と人間は全滅。隠れて生き残った獣人種や魔物はなんとか地下に逃げることができた」
「負けたのか」
「負けたんだ」
だから歴史が変わっていたのかもしれない。この話はどちらかと言えば世界の汚点だからな。
「ラグナロクはどうなったんですか?」
「……わからない。ただ、力を使いきって反応が無くなったのは確かなんだ。流石に全面戦争で勝ち残れてもそこから先は体力が持たなかったみたいだね」
だけど、反応が無くなっただけで死んではいないかもしれない。どこかで眠って力を蓄えているかもしれない。
地上に降りてきた理由のひとつに、ラグナロクを探すというのがある。多分あいつなら俺を放っておかないから。