49ー8 とある男の小さな冒険
ゆっくりとバレない範囲で背の弓を握る。
息を吸い込んだ瞬間、聞きなれた声が聞こえた。
「待て、カストル‼」
「レヴェル……」
彼、ポルクス改めレヴェルだった。俺は弓から手を離す。
「王子⁉ なぜここに⁉」
「貴様らの脳は欠損しているのか⁉ 危うく全滅の危機になるところだったぞ‼」
「全滅?」
「そこの男の強さは桁外れだ。村の者が全員かかっても一分も持つまい」
今のうちに逃げ出そうとも思ったけど、彼が説得してくれているからとりあえずこの場を任せることにする。
彼でも説得が無理だったら実力行使に出るしかないかな。
「無事で何よりだ。カストル」
「カストルって設定は続けるんだ」
「私はいいが、お前は隠す必要があるだろう」
「そう? コカゲは?」
「無事だ。何故こうなったのかはコカゲを迎えに行く間に話そう」
彼曰く、俺たちがここに入ったのは実は掟破りだったらしい。
事後報告に行く前にバレて捕まったんだとか。じゃあなんでここに案内してきたのか、という疑問だが。
彼は各地を転々としている。だから長い間故郷に帰っていなくて、余所者近寄るべからず、みたいな掟ができていることは知らなかったらしい。
ここ数ヵ月前に侵入者が来て、盗難された事件があったかららしいんだけど。
元々排他的な種族だから他種族の出入りは制限されていたらしいんだけどね。
「私が買い物に出ている間にあやつらが家に侵入し、そのまま私を拘束しに来たものだからお前に事情を話す時間ができなくてな」
「ふーん。相変わらず龍族の他種族嫌いは健在だね」
俺が小さい頃からずっとそうだったからね。
「有名なのか」
「結構ね。とはいっても千五百年くらい前だけど」
「エルフでも三代入れ替わったくらい前ではないか」
「そうだね。当時のことを知っている人は俺以外には存在してないと思うよ」
外に出ることはできなかったけどこれでも大分長生きしてるからね。
コカゲはどっかの部屋に軟禁されていたらしい。どっか、というのは何処にいるのかコカゲも把握していなかったからだ。
コカゲがあっさり捕まったのは俺の邪魔をしないためにわざと捕まってくれたらしい。そこまでしなくてもよかったのに、と思わないでもないがこの薬を待ちわびているのはコカゲだから当然かもしれない。
「カストル様。よくぞご無事で」
「コカゲこそ、色々大変だったって聞いたよ。そのお陰でなんとか予定の分は回収できた」
採れた分の半月草を渡すと、コカゲは割れ物を触る時みたいに優しくそれを受け取って鞄にしまった。
それを調合し、薬にするために彼女の隠れ里に向かうことにする。歩き始めてすぐ、気になっていたことを質問した。
「ところで、黒雷病ってどんな病気なの? 感染症?」
「感染症、ですね。黒雷蛇に噛まれると感染する病です」
確か、魔力が変質する病気だっけ……。
? ……蛇?
「蛇って言った?」
「? はい。その蛇が持つ毒素で体が魔力に異常反応を示すとか」
「アレルギーの一種みたいなものか……。だとすると」
なんだか、頭の片隅に引っ掛かる。
「蛇……噛まれると感染……。魔力のアレルギー反応……」
ぱちり、と足りないピースが埋まった。
「まさか……いや、そんなはずない……あれはもう」
「どうした?」
あり得ない。そうだとしても、感染力が低すぎる。
じゃあ、亜種が? もしそうでもどこでその因子を……
「カストル‼」
「っ! ………ああ、ごめん」
「どうしたんだ突然」
「コカゲは黒雷蛇って見たことある?」
コカゲは首を横に振った。
「実物はありません。ですが絵でなら」
「そっか。ちょっと待って」
急いで紙に絵を描き、コカゲに見せた。
「これ、違う?」
「よく似ていますが……恐らく別物です。こんなにトゲはありませんし」
可能性は捨てきれない。嫌な予感にガシガシと頭をかく。
「おい、私にも分かるよう説明してくれ」
「……ラグナロク、って知ってる?」
「知らないわけがなかろう」
「その話、詳しく俺に聞かせてくれる?」
レヴェルは怪訝な顔をしながら伝説を話してくれた。
暴れだした黒の神を白の神が自分を犠牲にして抑え込んだ。その時に人族が神々を手伝って神格化された。
……やっぱりだ。
「これに、なにがあるんだ?」
レヴェルがなんでこんな話をする? と付け加えながら訊いてきた。
「……歴史が改竄されてる」
二人が顔を見合わせた。なに言ってんだこいつ、みたいな表情だ。
「ですが、某の故郷でも同じ内容ですよ?」
「ラグナロク。その名前はかつて起きた大戦争の名前なんかじゃない」
俺はこの歴史をよく知っている。
「ラグナロクは魔物の名前だ」
さっき絵にかいて見せたものがそれだ。
蛇の体に猛毒のあるトゲ、呼吸するだけで周囲を死の土地に変えることのできる魔物。
神々の戦争?
黒の神が悪い?
そんなんじゃない。本当は、
「俺が作りだしてしまった魔物………ラグナロクをこの世界の全戦力で迎え撃った。それが本当の歴史」
悪気はなかった、なんて言って許される問題じゃない。
世界を滅ぼしかけたんだ。俺の親友が。
「……何を言っている?」
「だから、ラグナロクは俺のせいで起こった戦争だったんだよ」
コカゲは静かに話を聞いている。もしかしたら、俺のことに呆れているのかもしれないけど。
「カストル。ちゃんと話せ。なぜその話が今出てきたのかも」
「……わかった。けど場所を変えたい。今は辺りに人の気配はないけど誰か来ないとも限らないから。夜営のときにでも話そう」
できることなら、なにも言いたくなかった。唯一の話し相手であるレヴェルとコカゲに幻滅されたくなかったから。
でも、ここまで内容が歪められているのは放っておけない。
俺はあの戦争の当事者であり、加害者だ。あの惨劇を忘れることなど許されることではない。
罪に向き合わなければならない。
二人がこの話を聞いてどう思うかはわからない。人の心は覗けない。
二人の思考回路を読めるほど、俺も頭がいいわけではない。
「ごめん……。少しだけ話しかけないでくれるか……? 気持ちの整理をしたい。勿論ちゃんと後で話すから……」
「ああ」
「はい」
即答してくれた二人に感謝しつつ、頭のなかを整理する。
思い出したくもない記憶だが、瞼の裏に鮮明に焼き付いている。忘れたくとも忘れられない。
あの時の光景がフラッシュバックしてきて一瞬吐き気がした。
気持ち悪さを飲み込んで深呼吸をする。震える手をポケットに突っ込んで前だけを見て歩いた。
二人は、本当の歴史をどう受け止めてくれるだろう。