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49ー7 とある男の小さな冒険

 濡れた体を魔法で乾かしてから集落に近付いていく。


「結構規模は小さいんだね」

「種族の絶対数がまず少ないからな。それに外に出たまま帰ってこない者も多い」


 ポルクスが集落の一番端にある石造りの家に案内してくれた。ここが彼の家らしい。


「立派なお家ですね」

「なに、カストルの家に比べれば文字通り天と地の差がある」


 確かに俺の家は空に浮いてるけど。


「なんと。ではやはりカストル様は名家の方でいらっしゃるのですか?」

「うーん……名家、なのかなぁ……。昔はそこそこ有名だったらしいけど」


 俺が生まれる前は、だけどね。


「鉢植えを探してくる。ここで待っていてくれ」

「わかった」


 彼の家は広くはないけれど、面白いものがたくさんあった。


 引っ張れば水の出てくる管に、回すと日を吹き出す机。食べ物を冷やす箱もあった。


 俺の家はどこに何があるのか俺も把握していない。動き回ることが許されなかったから。


 唯一、庭だけは監視の目もほとんど届かない場所だった。


 だから避難経路だけは妙に熟知している。子供の頃は避難経路を見つけるのが遊びだったから。


「ここまで沈む椅子は初めて座りました……」

「そうなの?」


 俺の部屋にあるやつはもっと沈むけど、あれは一般的ではないのかな。やっぱり世間知らずなのは早めに直すべきだ。


「ねぇ、コカゲ」

「なんでしょう?」

「知ってること教えて。世界情勢でもなんでもいいから。俺いつまでもなんにも知らないのは嫌だ」


 毎回二人に訊ねるわけにも行かない。話ができるときに、できるだけ多く知識を吸収しておかないと。


 コカゲは少し驚いたみたいだったけど、色々と教えてくれた。


 どこにどんな国があって、どんな文化があるのか。何が名産で、誰が有名なのか。


 知りうる限りのことを教えてもらった。


 彼が帰ってくる頃には世界情勢を粗方頭に叩き込めていた。


「見つけてきたぞ、100個」

「ありがとう。これで多分栽培はできるよ」


 鉢植えひとつで1グラム分くらいの薬草しか採れないだろうからこれだけの数は必要だ。


 自然界で一ヶ所に10グラム分生えるとはいえ、俺が無理矢理に時間を狭めて作った物は本物より質も量も劣ってしまう。


 とりあえずコカゲが既に持っている分と合わせて50グラム目指すのが当面の目標だ。


 半分以上は失敗するだろうし、それ以前にこんなに一気に力を使ったことがないからどうなるかはわからないけど。


「じゃあ早速やってみる」


 鉢を部屋一杯に広げて窓を閉め切り誰も入ってこないよう伝える。数個程度なら別にそこまでする必要はないんだけど、100個ともなると直接力を流すのは不可能だ。


 空気に混ぜて吸い込ませるしかない。だから空気の入れ換えもできないし俺もここから離れるわけにはいかない。直接ではなく間接的なものだから時間もかかるしね。


 目を瞑って集中し、力を流すイメージを強く持つ。


「さて……俺はどこまでいけるかな」


 ふぅ、と息をついてゆっくりと作業を開始した。








 部屋にこもってから4日が経っていた。鉢の半分からはもう芽も出てすくすくと成長していっているがもう半分からは芽も出ていないものが多く、出ていても枯れているものがある。


「やっぱり難しいな……」


 少し俯くと鼻から血が垂れた。どうやら力を使いすぎるとこうなるらしい。使ったことがほとんどなかったから初めて知ったよ。


 でもまだ予定の半分を過ぎた頃でしかない。丁度折り返し地点くらいだ。


 ここでへばっていては薬を作ることもままならない量しかとれない。これは俺のテストでもあるんだ。


 グッと血を拭って更に集中する。まだ、まだ。まだいけるはずだ。


 鼻血に伴って酷くなってきた頭痛を奥歯を噛み締めることで耐えていると扉がノックされた。


「ここを開けろ」


 聞き慣れない声だ。冗談を言っている風にも聞こえない。


「聞こえんのか‼ さっさと開けろ‼」

「それは容赦してください。三日待っていただければここも開けることができますので」

「三日だと⁉ ふざけるな侵入者が!」


 ……侵入者?


 どうやら俺は気づかないうちに侵入者になっていたらしい。


 ガンガンと扉を叩かれ、乱暴に蹴りつけられているが俺のかけた魔法の支配域だ。


 そんな柔な方法では壊すどころかむしろ反射してしまいそうだ。もっとも、反射(危険と感じる)の域まで達していない攻撃を恐れる意味もないのだが。


「ちっ、どれだけ固いんだこの扉」


 どうやら諦めたらしく帰っていったのがわかった。いったい何をしに来たのだろうか?


 ……予定より急いで育てた方がいいかもしれないな。








 二日後、急ピッチで作業を進め何とか育て終えることに成功した。


 直ぐに劣化しないように丁寧に摘み取ってポーチに入れる。


 何らかの襲撃があったら怖いからと弓と矢を持ち込んだが結局は使わずに済んで良かった。これから使うことになるかもしれないけど。


 久しぶりに外に出ると太陽の光がギラギラと照りつけてきた。


 咳をすると一緒に血も出てきたが多分これも力の使いすぎによるものだろう。休めばなおるかな。


 一旦家にもう一度入って手を洗うと何かの物音がした。


「……確定だな」


 弓をいつでも引き抜いて構えられるように背負い直し、玄関の扉を開ける。


 目の前に数本の剣が突き出された。それも抜き身の。


 刃が太陽の光を反射して余計に眩しい。


「……なんでしょう?」

「とぼけるな! 貴様が王子を誑かした帳本人だろう! 素直に従えば痛い目にはあわせない」

「今は、ですか? それとも即死させるって意味ですか?」


 どちらもいい意味ではない。俺としては、どっちかはっきりして欲しかった。


 俺を殺す気で今対峙しているのか。とりあえず捕らえる気であるのか。


 どちらかであることによって対処を大幅に変える必要がある。


 それとポルクス達はどこに行ったんだ。


「ポル――じゃなかった。レヴェル達はどこに?」

「敬称をつけろ、愚か者が!」


 怒るところ、そこなの?


「えっと……レヴェル、さん? はどこですか?」

「様、だ!」

「えっ」


 レヴェル様って似合わない。凄く、とてつもなく似合わない。


「レヴェル、様」

「そうだ」


 呼び名にここまでこだわる必要ってあるのかな。俺にはよくわからないけど……。


「で、そのレヴェル様はどこに?」


 レヴェル様、という言葉に若干笑いがこらえられなかったが。


「貴様が大人しく捕まるのなら教えよう」

「それはお断りします。友人の安全が保証されているのなら構いません。貴方はレヴェル……様を人質にとるつもりですか?」

「そんなわけなかろうが‼」

「貴方の言葉はそれと同義ですよ? 彼を貴方が殺している可能性も十分にあるのですから」


 情報を知りたくば捕まれ、というのはこの状況では悪い手だ。


 何も知らされていない相手に友人の安全を餌に大人しくしろというのは当人からすれば楽な手ではあるかもしれない。だがそれは相手が自分よりも圧倒的に弱い場合にのみ該当する。


 今俺は攻撃をする理由もないから戦う姿勢を見せていないだけで多分彼らより弱いことはないと思う。


 そんな相手に友人の情報を人質にするのは無駄だとしか言えない。今俺が本気で抵抗した場合、とれる方法はいくらでもある。


 例えば、皆殺し寸前まで追いやって情報を吐かせる。全員を殺してから自分で情報収集する。


 首に刃物を突きつけられているからと言って抵抗できない訳じゃない。寧ろ彼らの動きはそこそこではあるものの俺の敵ではない。文字通り的になるだけだ。


 矢の本数が少なかろうがたった十人弱、一秒もあれば無抵抗にすることはできる。


 それらを考慮していない彼らの自信はどこから来るのだろうか。それとも俺がどう見ても弱そうだからだろうか。


 いずれにしても、俺が従う意味は無いよな?

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