49ー6 とある男の小さな冒険
半月草。俺も知らない植物なんだけど、コカゲ曰く魔力が変質して体のなかを暴れまわる黒雷病という病の特効薬になるらしい。
「某、半月草を探すために旅に出ているのです」
「半月草って珍しい物なの?」
「はい。それに見つかったとしても少量しか生えないので薬として使うためには何ヵ所も回らないといけないのです」
薬を作るために必要な半月草は50グラム。半月草は一ヶ所に10グラムほどしか生えないらしい。栄養を取り合うから一緒には生えないんだそうだ。
俺にこれを頼んできたのはそういうことか。
「俺に半月草を量産して欲しいと?」
「もし、できるならお願いしたく」
「……どうだろうね。薬草生やしたこと無いし、そもそも必要なかったからな……。ポルクス。もし無理そうだったらラグーンに飛んでくれる? 確か敷地内に植物園があったと思う。どこにあるかわかんないから地上を探した方が早い気がするけど」
俺は病気しないし、庭と自分の部屋くらいしか知らないから植物園の場所も知らない。
そもそもどれだけ敷地が広いのかもわかってないから。
「それは構わないが。いいのか? 折角降りたのに」
「命には変えられないよ。もしまた領域が発動しても、仕方がないと受け入れるしかないしね」
俺の両親が作ったものだ。あんなに簡単に壊れてそのままってことは多分無いだろう。
次に戻ったとき、俺の力を吸い上げてまた領域が復活する可能性も十分にある。でも今こうやって地面に足をつけていることが満足だ。
「水の匂いがするね」
「そうか?」
「はい。ほんの少し。カストル様は獣人ではないのによくわかりましたね?」
「なんとなくね。こっちだよ」
水の匂いに向かっていくと沢があった。
深さはそれほど無いが、透明度の高い水だ。陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「綺麗だ」
「お前ラグーン出てからそればかりだな」
「ポルクスも俺と同じ境遇ならきっとこう思うさ。見たことの無いものばかりで、全てが新鮮だ」
赤い器を取り出して水分補給をしているコカゲ。俺も真似して水を手で掬って飲んでみる。
雑味の無い、サラサラした水だ。ほんの少し甘味を感じる。
「これが、自然の水……」
「ラグーンにも水はあっただろう」
「あるよ。けど所詮魔法で作った水だから。人の手が加わっていない水は初めてだ」
ポルクスも水を飲み、軽く顔を洗う。俺も真似して顔に水をかけてみた。ひんやりして気持ちいい。
水の味を覚えてからまた歩き出す。
「あ、そうだ。半月草の種と現物はある?」
「乾燥させたやつならあります」
「ちょっともらっていい?」
ほうれん草に近い見た目のそれを小指の先くらいの大きさに千切って口に放り込む。
口にいれた瞬間から分かってたけど、滅茶苦茶青臭い……。
「どうだ。生やすことは出来そうか?」
「不味い。青汁を煮詰めて凝縮してまたその凝縮したやつに凝縮したやつを混ぜてまた凝縮したみたいな味がする……」
「意味がわからんが……とりあえず不味いのはわかった。それと聞きたいのは味じゃない」
「生やすことは問題ないと思う。時間はかかるけど」
「本当ですかっ!」
コカゲが飛び付いてきた。
頭のなかでどれくらいの難易度か、どれくらいの時間が必要なのかを計算して日数を弾き出す。
「普通に栽培したら三年ってとこだね」
「そんなに遅いのか」
「特性が面倒なんだよ。月の光に、それも半月以上の大きさの月に六ヶ月当たらないと育たないんだ。普通に自然界で育てて、しかもなんの障害もなしに育っても一年かかる。これは植物自体が弱い種だから余計に育ちにくいから三年はかかる」
俺の力を使わなければ、の話だけどね。
「俺の力を使うなら……そうだな。一週間でできるよ」
「「一週間⁉」」
「うん。多目にとってそれくらいかな。まぁ、本物よりかは効力が弱まるかもしれないけど」
月の光という工程を俺の場合すっ飛ばせるのでそれだけ早く育てることができる。
「カストル様は豊穣の神ですか……?」
「違うよ。どちらかと言われれば真逆だしね。……ポルクス。君の故郷に植木鉢とかはあるよね?」
「それくらいはあるが……」
「じゃあそれ頂戴。そこでつくる」
「どれくらい必要だ?」
「100個は欲しい」
「……はぁ?」
この植物の難易度から考えると、ちゃんと育ってくれるのは俺の力を使っても三分の一くらいだろう。
薬を作るために必要なら、一気につくる必要がある。
「100個って、正気か」
「冗談言ってる顔に見える?」
「……しかたない。わかった。100集めよう」
その日から、俺の半月草の栽培が始まった。
鉢はとりあえず魔法で三つ作ってそこにコカゲの持っていた種を植える。100個つくるにしても、まず種がなければ話にはならないからな。
種をつくるために鉢に力を注ぎ続け、ポルクスの故郷に着くまでの二日間、不眠不休で種を量産した。
……精神的に疲れてしまった。
「ここから先が私の故郷だ」
「滝だけど?」
「こっちだ」
ポルクスの後についていく。因みに半月草の種はもう回収して俺のポーチに入っている。
彼は滝の裏側に入り、滝つぼに飛び込んだ。
「……はいれってこと?」
「恐らく」
彼が上がってくる気配がなかったのでコカゲと目で合図して同時に飛び込む。
すると、滝のちょうど真下に穴が開いているのが見えた。
これ、ここから飛び込まないとわからない位置に穴が開いている。反対側からじゃ水の動きと泡でここに穴があるなんてわからないだろう。
「おー。穴が開いてる」
コカゲがこくんと頷いた。……? ……ああ。コカゲは水のなかじゃ息できないんだっけ。直ぐに魔法で空気の膜をつくってあげる。
「す、凄いですね、これ」
「あんまりいくつも穴開けると割れるから気を付けてね。一ヶ所くらいなら問題ないけど」
穴に泳いで行くと、真っ暗なトンネルみたいになっていた。俺の目には割りとハッキリと見えているけどコカゲはそうではなかったらしく、壁に頭をぶつけていたので俺の腰を掴ませて俺が泳ぐことにする。
結構な距離を進むと、彼が待っていた。彼は種続柄コカゲとは違ってここでも呼吸ができる。
「遅かったな」
「ちょっと色々あってね。で、君の故郷はどこ?」
「こっちだ」
なんで全然追い付けなかったのかわかった。
泳ぎが速すぎて全然追い付けない。
俺はそもそも泳ぎ自体がはじめてに近い。だから相当無駄ができてしまっているし、腰にコカゲをくっつけているから余計に遅くなる。
「あ、ちょ、まって……」
必死にポルクスを追った。彼が止まった頃にはこっちがぐったりしていた。
「では行くぞ。ふっ‼」
彼が壁に蹴りをいれると、壁の一部が横にずれて道を新しく作った。これはたどり着けないな。まず滝つぼに飛び込もうって発想がないし。
そこを進むと陸が見えたので上がってみる。
「ここが、君の故郷か……!」
「そうだ。中々綺麗だろう?」
「ああ」
天然の谷に囲まれた広大な翠の世界が、そこには広がっていた。
集落も見えるが、森や谷、今立っている岩場まで、すべて苔のようなもので覆われている。
なにもかもが、翠に多い尽くされている。
「翠の箱庭……。ここだったのか」
「箱庭、ですか?」
「古い文献にそんな場所の記述があったんだ。どこの誰が住んでいるのか、どうやって行くのか。それすらも書かれていないほどの古いものだけどね」
文献自体は1000年くらい前の物だったかな。
「綺麗だ」
地上に来てから何度目かわからないこの言葉を呟く。本当にこっちにきてから驚くことが多い。
俺はあと何回この言葉を言うんだろうか。
きっと、一生言い続けるかもしれないけどね。